潜入
お店が店仕舞いをし、周りのお店も明かりを消して帝都全体が寝静まった頃俺は動き出した。
目標は、帝城への侵入で、目的は薬の出所を探る事だ。
本来はもっと下調べをして確証を得てから侵入したいけど、最近の状況を考えてもう少し急いだほうが良さそうと判断したわけだ。
マルニカへの戻りの乗合馬車の出発が明後日の午前中と考えると、それまでに何かしらの情報を掴んでおきたい。
帝都本店の裏口から出て路地裏伝いに帝城の方へ向かう。
帝都全体が寝静まったと言えど、それでも明かりのついている場所もある。
それが冒険者ギルドや風俗街だ。
冒険者という自由業からか、深夜にも出入りする者はゼロと言うわけではない。怪我をして救護室を利用する者もいれば、さっさと完了の報告を上げて色とりどりの明かりのある方へ消えて行く者もいる。
ハルトナにもそう言った店は王都や帝都程じゃないけど存在していて、やはり独身冒険者の間では依頼完了後の定番コースとなっていたりしていた。
以前近くを通った時に、アレンがそっち系の店を横目でチラ見していたのをマリンに見つかってこっぴどく怒られてたっけ。
目の前に映る光景で、露出の多いお姉さんに誘われて行く男の人がいるけど、不思議と羨ましいとは思わないんだよな。寧ろ、それで心が満たされるのなら有りじゃない? って感じだ。
これほどギブアンドテイクが成り立っている商売はあまり無いんじゃないかな。俺はどちら側もごめんだけどな。
さて、路地を一本越えた向こうに城壁があり帝城が見える。昼間にも遠目から見たけど、実際に間近で見るととんでも無い壁だ。
王都の場合は、城壁自体が街を囲んで城を守る壁はそこまで大した事はないんだけど、帝都はその城壁が二重になっていて更にお城自体が城塞だもんな。
って感心している場合じゃ無い。あの城壁を越える手段だけど、生憎俺は浮遊魔法や飛翔魔法は覚えていない。こんな事なら覚えておくべきだったと今になって後悔だ。
そうなると、あの壁の向こうに気付かれずに入る方法として手っ取り早いのは飛び越える事だ。しかも、今日は幸いな事に雲は多めで月明かりはそんなに多くない。
城壁に一番近い建物の屋根に上り正面に見据えて、自分の体に【身体強化】の魔法を強めにかける。魔力は余分に消費するけど、そうする事で魔法の効果率をあげることが可能だ。
そしていつもの様にダガーとスローイングナイフを装備する。流石に刀は目立つから今回はお預けだ。
マントをしっかり羽織り、フードも目深に被る。ちなみにお店の制服じゃなくていつもの冒険する時に着替えてる。じゃないとあの制服は特徴がありすぎるしな。
「さて、あの壁の向こうには何があるかなっと」
そう言いながら助走をつけてジャンプし、自分でも惚れ惚れするくらいその綺麗に着地した。
よし、百点だ。左右を確認し、周囲に見張りがいない事を確認してから城壁の通路から内側を覗き込むとびっくりする光景が広がっていた。
普通、お城の庭園って綺麗に植えられた花々や、剪定された樹木が広がっている光景を想像するだろ?
けれど俺の今見ている光景はそれとは真逆の様相なんだよ。
「え……林?」
城壁を越えたら実は外でした何て冗談が言えるくらいに目の前に広がるのは、庭園の半分近くを木々が埋めている光景だ。
雲の隙間から時折月明かりが差し込み、うっすらとだけどその全容が見え隠れしてより一層不気味さが増している。
けど、その月明かりのお陰で発見したこともある。
目の前に広がる木々の中に一か所だけ直線的なフォルムを発見する。
「あんな所に建物? 離れにしては物々しい……」
どこを探ると言う目標もないし、なら行ってみるしかないよな。
ひとっ飛びで登った城壁を今度は底無しの様な真っ暗な闇に向かって垂直に降りる。
顔を上げて目の前に見えるのは、獣道すらない鬱蒼とした林だ。夜空を見上げようにも木々の枝葉がそれを遮り闇の空間を更に暗くする。
「魔法と、あとは気配を探って目が慣れてくれるのを待つしかないか」
【探索魔法】の効果範囲を城壁内に留めて情報の精査を始める。
俺の場合、魔物と人間としか区別がつかないからそれ以外の生き物がいたらどうしようも出来ない。あとは気配と目視でなんとかするしかない。いや、暗いから目視は厳しいな。
で、精査の結果と言えば、真っ黒だ。いや、頭の中の【探索魔法】に表示される反応は赤だから、真っ赤とでも言うべきか。とにかく、城壁の上から見えていた建物から無数の魔物の反応があると言うことだ。帝都の、それも皇帝のいる城壁の内側に魔物がいるってだけで既に大問題だな。
それともう一つ気になる反応もある。俺の魔法は人間は青、魔物は赤と二種類で示されるんだけど、それとは別に同じ建物から紫の反応もあるんだよ。こんなのは今まで見たことも無いんだけどなぁ。
とにかく、あの建物には何かがある。それだけは間違いない。
「あっさり着いてしまった」
【探索魔法】の効果だけでみるなら人間の反応は主に帝城だけで、俺のいる林の中や目標の建物に反応はない。
それでも油断せずに慎重に来たんだけど、何事もなく到着してしまった。番犬くらいいると思ったんだけど、肩透かしを食らった気分だ。
しかもだ、そのままどこからか入れるところは無いかとぐるっと一周回ったら、裏口っぽい扉が少し開いているんだよ。どんだけ無用心なんだ、いやこの場合助かったんだけどな。
さて、お邪魔しますよっと。
入って直ぐは、休憩室か。この扉は勝手口ってやつだな。ここはスルーして、階段過ぎて通路の正面のここは……食堂か。ここもハズレだな。
って事はさっき見た階段か。とりあえず下へ降りよう。
「ぐ、当たりだけど……これは……」
地下へ降りて扉を開けると案の定と言うか、嫌な予感が的中した瞬間だった。
本来街の外にいるはずの魔物がここにいる理由、即ち実験だ。一体一体檻に入れられているにも関わらず叫びもしなければ、鳴きもしない。じっと座っている魔物もいれば寝ているやつもいる。けれど、目の前を通り過ぎれば必ず目だけは俺を追う。
そして、紫の反応の正体………これも予め予想はしていた。していたけど、実際に目の当たりにするとキツイなんてものじゃない。
「タ……ズ……ケ…………デ……」
しかもいるのは魔物だけじゃない。恐らく例の薬の実験台にされていたんだろう。その過程で人間にも戻れず、かと言って魔物にもなりきれない。そんな成れの果てが俺の目の前にいる。
助けてと言われても、俺にはそんな魔法も手段もわからない。
「ごめんなさい、私には直す方法がわからないんです」
「ゴ……ロ……シ……デ……」
それが叶わないならいっその事殺してくれと……
冒険者だったのか、それとも罪人だったのか。どちらにしろ常軌を逸した行為には違いない。何の目的があってこんな実験をするんだ。
「わかりました……」
今の俺にはこの人を楽にさせてあげる方法はこれしか思い付かない。
そうして人差し指に魔力を込めてを詠唱をしようと瞬間、一階の扉が開く音がし誰かが入ってきた。
中に侵入した事に安心して【探索魔法】を解除したのを忘れていた。完全に俺の油断だ。
そうこうしているうちに真っ直ぐ地下への階段を降りてこようとする。スムーズにここに向かっている感じだと、この施設の関係者か、それに準じた人だろう。
流石に見つかるわけにはいかないよな。相手が一人なら制圧してもいいけど、複数人となると流石にまずい。ここは隠れて穏便にやり過ごすしかないな。
物陰に隠れて入ってきた人の様子を伺う。薄暗くて見えにくいけどマントを羽織っているあたり、ひょっとして俺と同じく侵入者か?
俺もまだ全ての部屋を見ていないけど、ここは実験場で有益な証拠とかを探すなら一階に戻るか、二階を探すしかない。
けど、侵入者にしてはやけにスムーズに歩く。まるで向かう場所が分かってるような歩きだ。そして止まった場所は正に俺が殺そうとした人の目の前だった。
「お父さん、大丈夫? 無事だった?」
「ナ…………オ……」
「そうよ、ナオよ。回復薬を持ってきたわ、飲んで」
ナオ? 今ナオって言ったか?




