帝都
「帝都って遠いんですか?」
「マルニカから三日って所だね、瑞樹ちゃんは王国出身なんだっけ?」
「そうです。ダームから出た事ないので、色々と新鮮ですね」
マルニカから帝都行きの乗合馬車に乗って移動中、俺は護衛依頼で馬車の後ろについて来ている冒険者と雑談していた。
昨日の午後から必要な物を街に買いに行ったついでに冒険者ギルドへ寄ってベルム達に伝言を頼もうとした所、店の常連客に見つかってしまい俺が帝都に行くことがバレてしまったのだ。
その結果、馬車の護衛依頼は取り合いとなったらしく、前代未聞の殴り合いにまで発展してしまったのだ。
「ランク『D』の依頼でこんな事は初めてです……」
とは受付嬢の言葉だ。
いや、俺もこんな展開になるとは予想外だったよ。それでも自分たちの拳だけで勝ち取ろうとしている辺りはまだ理性的だと思うべきか?
まぁ生傷をたくさん作ってまで依頼に臨むのはどうかと思うけど、満面の笑顔で護衛されては何も言えんわ。
あと問題は俺の格好だ。いくら店の代表で買い付けに行くんだとしても、制服での移動はいかがなものかと思うぞ。せめて移動中の間は私服にさせて欲しい所だ。
そして願わくば帝都でこの格好が浮かない事を願おう。
そんな事を考えながら出発して二日が過ぎ、三日目。噂をしていた様なことも起きずあと半日もすれば帝都が見える所まで来た時、唐突に事件は起きた。
「ニク……にぐぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ!!」
街道から離れた林から何かが出て来たかと思えば、件の魔物だった。
乗合馬車に乗る一般人から見たら普通の二足歩行の魔物だけど、冒険者から見たらそれは違和感だらけだ。
冒険者たちが目にする魔物の図鑑のどれにも該当せず、それなのに人間と呼ぶにはあまりにも異形すぎる存在だ。
「敵は一体だけだ、遠距離で牽制しながら迎え撃て!」
そう言って護衛を任された冒険者達が迎撃に入る。見た所、現れたのは一体だけだから迎撃する方も落ち着いている。
【弓手】が魔物に向かって矢を放ち命中するが苦しむ素振りも見せずに向かってくる。
「ッチ、止まらないか。止めに入るぞ!」
護衛パーティーのリーダーが叫んで残りのメンバーに指示を出すと、待っていましたとばかりに【盾屋】と【剣士】が前に出て魔物の相手をする。
「瑞樹ちゃん、顔を出していると危ないから中に隠れていな」
馬車から顔を出して見ている俺に、護衛パーティーのリーダーが注意を促して来た。
好奇心で見ていると思われたのかはわからないが、魔物が遠くに離れている今なら多少の質問は許されるかもしれない。
「あれって、最近噂になっている魔物ですか?」
「あぁ、俺達は『街道の魔物』って呼んでいる」
「何ていうか、よくわかりませんが魔物っぽくないと言いますか」
「み、瑞樹ちゃんはよく見ているな。俺たちもあれの正体はわからないが……お、襲ってくる以上倒さなきゃいけないんだよな」
わざと知らないふりをし、リーダーの様子を伺いながら会話を切り切り込んでいく。
けれど、リーダーもあいつの正体を知っているのか、額に流れるのは大量の脂汗だ。嘘がつけないと言うか、感情がもろに顔に出る人なんだろう。
まぁ知らないふりをするなら無理には聞き出さないでおこう。そしてそうこうしているうちに魔物は倒され、一般のお客も安堵している。そんな中、俺だけがこの話を蒸し返すこともあるまい。
「おう瑞樹ちゃん、帝都が見えて来たぞ」
その日の夕方近く、馬車に揺られてウトウトしかけていたら護衛パーティーの一人から声をかけらた。
「すいません、少し寝てました。もうすぐ着くのですか?」
「あぁ、もう暫くしたら着くぞ」
そう言われて幌から顔を出すと、街道の周りにはいつの間にか田園が広がっており、のどかな光景を俺の目に映し出していた。
しかし、そののどかな風景の向こうにある帝都の城壁だけはまるで画風の違う絵画の様に場違いな雰囲気を纏っていた。
「何でしょう、王国と違った雰囲気があります」
「そうなのか。俺は王国の首都に行った事がないからわからんな。わかるのは、王国に比べて帝都は歴史が浅くて、この国の歴史はここ二百年以内と新しいからな。まぁ外見は見ての通りだが、あれでも内装は王族らしく豪華らしいぜ」
「なるほど……」
そう呟きながら目の前に迫る帝都、そして眼前に聳える帝城。それはもはや『城』と言うより、『城塞』だ。
王都に建つ王城は、どちらかと言えば国王の権威を示す感じで荘厳な感じがするが、帝国の方は恐らく建国と共に建てられてその身を守る為に強固になったんだろう。ある意味では実戦的だ。
「止まれ、通行証を見せてもらおう」
帝都の衛兵に止められて、御者と護衛パーティーのリーダーが通行証とギルドの依頼書を見せて確認を取ってもらう。
そして無事に通過して入ってみると、王都と同様に圧倒的な人と物量で賑やかに活気付いていた。
帝都って名前からか、どうも俺のイメージでは背後に立つ城塞と相待って物々しい雰囲気を想像していたけど、実際は人々もやる気に満ちていて明るい雰囲気だ。
それ故に、冒険者の裏に蔓延る薬の話が余計に浮いてくる。
「じゃあ瑞樹ちゃん、俺達はここまでだ。また用事があったらギルドの方に顔を出してくれよな」
「わかりました、またよろしくお願いしますね」
この三日間護衛に精を出してくれたパーティーの全員に笑顔で答える。
「くぅーーー、この笑顔だけでメシが三杯は食える!」
「俺は五杯だな!」
「俺は十杯だ!」
いや、張り合わなくていいから、食事バランスに気を付けろな。
さてと、俺もまずは店長から頼まれた買い付けの方を済ませないとな。夕方までまだ時間があるから今のうちに済ませれるものはと……
そう思って店長から預かったメモ帳を広げてそこに書かれている文字に驚愕する。
「『にゃんにゃん食堂 帝都本店』だと……?」




