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帝国って……

「改めて礼を言わせてくれ、ありがとう。まだ気持ちの整理はつかないが、戻ったら色々考えてみるよ」


 翌日、ザッツはダームに向けて帰って行った。馬を一頭用意したから到着にはそう時間はかからない筈だ。

 一晩ではさすがに整理がつかないのは当然だが、怪我や体力が回復しているからゆっくり考える時間はできるだろう。

 そして俺たちも帝国に向かって出発だ。と言っても、宿場町からだとおよそ半日で帝国に到着したわけだが。


「よし次、ダームからの商人とその護衛四人それに出稼ぎに来た女の子が一人か。ハルトナじゃなくてこっちなのか?」


「えぇ、ハルトナよりこちらの方が近いので。それに他国の人ともお話できて色々楽しそうなので」


「随分と前向きだな。まぁでも最近はこっちは色々物騒な話を聞くから気を付けろよ。取り敢えずは、ようこそマニルカって所だ。よし行っていいぞ」


「ありがとうございます」


 何と言うか、王国から一番近い街のはずなのにあっさりと通過できてしまったわけだ。

 通常他国から一番近い街や主要都市などは積荷などの検査は厳重に行うものだと思っていたし、実際王都やハルトナに出入りするときもそうだった。


「随分とあっさり通してくれるんですね。この街はいつもこんな感じなんですか?」


「いや、割と最近だな。それこそ一年も経ってないんじゃないかな。それまでは門に行列が出来るほど待たされたんだけど、今では積荷の目録と冒険者達のカードの確認、それと簡単な積荷のチェックだけだな。ま、俺らとしてはさっさと入れるからありがたいんだけどな」


「そうですね、私も宿でゆっくりしたいです」


 門を通過して御者台で手綱を引いている商人のおじさんに尋ねてみたら、曖昧だけど有益な情報をもらった。

 ハルトナの襲撃事件以降という事は、その間に帝国内で何か変化があったと見てもいいのだろうか? 考え過ぎて空振りでもいいんだけど、一応頭の隅にでも置いておこうか。


 そして、護衛依頼を終えてマニルカの冒険者ギルドで報告を行った後、若干遅めの昼食を併設された食堂の隅っこで食べる事となった。

 国を跨いでの冒険者ギルドに初めて入る身としては、そんなに変わらない内装でも何故かキョロキョロしてしまいお上りさんよろしく、周りから浮いた存在になってしまった。


「瑞樹、ちょっと浮いているから大人しくしようか」


「まぁ冒険者じゃない格好とその目立つ容姿だからな」


「まるでお上りさんですね」


「ある意味街娘って感じでいんじゃね?」


 皆して言いたい放題だな。

 確かに自分でも浮ついてるなとは思ったけど、そんな辛辣な意見を貰うとは思わなかった。


「し、失礼致しました。それでは気を取り直しましてこれからの事なんですが、私はここから少し先にある大きめの食堂で、住み込みのバイトを商人の方から紹介されているのでそちらに行きます」


「わかったわ、何かあればそちらに行くわね」


「俺らは予定通り二組に分かれて活動だな」


「そうですね、では早速別れて開始しますか」


「それで何か変化があれば瑞樹のいる食堂に集まろう。情報は欲しいが無理はするな?」


 ベルムの言葉に全員が頷き、それぞれ行動を開始した。

 俺の行き先はさっきも言ったが、護衛した商人の紹介による食堂での住み込みのバイトだ。

 ギルドから近く値段もリーズナブルと言うこともあるのか、お昼の時間帯を過ぎたにも関わらず食堂はそこそこ賑わっていた。これなら色々と情報が集まるのも早そうだ。

 と、思っていたんだけど、店員の格好を見て硬直した。そして紹介状の裏に書いてある屋号を確認して驚愕した。


「あ、あのすいません、ここって『にゃんにゃん食堂』と言う屋号で間違いないですか? 住み込みのバイトをしたいのですが、一応紹介状もあります」


「お、バイト希望者かな。ちょっと待ってね、てんちょー!」


 一番近くにいた食器を片付けているボーイッシュな女の子に取り次ぎをお願いすると、大声で店長を呼ぶ。その屋号の名の通り頭には猫耳のカチューシャ、短いスカートから覗く黒いしっぽ、そして胸を強調したような制服。

 これは完全にコスプレ喫茶じゃねぇぇか! 何でこの世界にあるんだよ? いや百歩譲ってあるのはいいけど、こんな大通りにあっていいのか? 帝国って大丈夫か?

 そんな大いなる不安な気持ちで待っていると、店長の登場で俺の不安は更に増大した。


「はぁぁぁぁぁぃ、バイト希望の子猫ちゃんはあなたねぇぇぇん?」


 やべぇ、アゴ割れのオネェってネタの世界だけだと思っていたら本当にいたのか……さっきから情報過多で俺の脳はパンク寸前だよ。


「あ、あ、あ、はい。え、えっと紹介状を持ってきていますので、読んでいただけると詳細も省けると思います」


「あらそぉなのぉ? じゃあ読ませてもらうわね。むぅぅぅうううん!」


 手紙を読むのに何故力むんだ……

 店長から発するよくわからない圧と目力で、ただ立っているだけなのに背中に変な汗をかいているのがわかる。

 それが一分なのか五分なのかそれとももっと経っているのかわからなくなった時、店長の圧が消えて俺ににっこりと笑いながら答えてくれた。


「事情はよぉぉぉくわかったわぁぁん。これからわぁアナタを住み込みで働いて貰うからぁみんなの指示を聞いてがんばってちょうだいねぇぇん!」


「は、はい……」


 うん、採用してくれたのは嬉しいんだけど、この濃ゆい店と店長の元で一体どれだけ頑張れるのか俺自身が心配になるぞ。

 最低でもザッツから確認した以上の情報と証拠が欲しい所だ。じゃないと無駄骨を折ることになる。

 しかもこれからあの格好で接客しなきゃいけないのか、来て一日目で早くも疲れてきたぞ。

 今日はもう休みてぇぇぇ。

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