唯一の生き残り
俺の【探索魔法】にかかる山の中腹あたりで人とそれ以外の複数の反応があった。その反応はかなりの速度で麓まで降っている……これは追われているのか。
ダームを出て一日足らずで当てるとは思わなかったが、ある意味幸運と言える。
しかし、まずは救出が最優先だ。
「よし、ならば救出だ。御者の方、彼女の指す方へ向かってくれ」
ベルムがそう言って荷馬車を俺の指す方へ向かわせる。と言っても護衛対象に無茶な要望はできない。だから麓の手前まで来た所で荷馬車を止めてベルムとビッターに先行して貰うと、正面から一人の冒険者が傷つきながらも必死に降りてくるのが見えた。
「間違いない、あれが探していたやつだ。その後を追ってきている奴は魔物……か?」
ビッターが首を傾げるのも無理はない。
この世界に来て二年と少しだけど、俺の知っている魔物はそれこそファンタジー世界に生きる『ザ、魔物』って感じのやつだ。
けれど、今こっちに向かってきている奴は全く違う印象を受けるものだった。その証拠に、追ってきている奴の何体かはビリビリに破れた布切れを纏っていた。
「取り敢えず助けるわよ! ビッターとベルムは追ってきている奴を倒して、抜けた奴はミーリスと瑞樹でお願い出来る?」
「「わかりました」」
ニーナが号令を取り逃げてきた冒険者を保護すると、そのまま回復魔法を使って癒す。
その間俺たちは追ってきた魔物の様な何かを相手にするけど、数がそこそこ多いだけで倒すのにそんなに苦労は無かった。
「これで最後か、全員無事だな?」
「あぁ問題ないよ。で、こいつらは何なんだ? って何だこりゃ?」
ベルムが最後の一体の首を飛ばしてから全員の無事を確認する。ビッターもそれに答えてから、敢えて全員が思っている疑問を口にして改めて自分たちが倒した奴らを見た瞬間、驚愕の光景を目の当たりにした。
「と、溶けてる……何なのよこいつら」
四人は驚きで言葉を失っているが、俺だけは違った。
そう、この光景は二年前の鉱山での戦いが終わった後と全く同じ光景だからだ。
と言う事は、この襲ってきた奴らも帝国の奴らか?
「そいつらは、冒険者や旅人だった人たちの成れの果てだ」
そう言ってきたのはニーナに傷を治してもらった冒険者だった。
「貴方はダームの冒険者のザットね?」
「あぁ、大方戻りが遅いから救助隊が来たてところか。感謝しないとな……」
「そうだな、瑞樹に感謝してくれ。その娘の【探索魔法】で異変を感じて来てみれば、まさかの大当たりだったんだぜ」
「そうか、感謝する。町娘の様な服装は変装か?」
「お気になさらず、ただの変装です。それで、この場はザッツさんだけですか?」
服装の事を突っ込まれるとは思っても見なかったけど、今はそれどころじゃ無いから話を進める。
「あぁ、ここに残りのメンバーのがな……」
そう言ってメンバーの分であろう三枚のギルドカードを取り出して見せる。
ザッツ達は情報を掴んだ後、四つに分かれてそれぞれダームを目指したが、既に帝国に察知されていた様で追っ手を巻くために街道から外れて山へ逃げ込んだと言うわけだ。
「取り敢えずザッツだけでも助けれた事を嬉しく思う。ここから少し進んだ場所に宿場町があるからひとまずそこへ向かおう」
ベルムはそう言ってザッツに荷台に乗ってもらい、宿場町に向けて再び移動を開始する。
俺は一度だけ振り返りさっきの魔物のいた場所を確認するが、やはりドロドロに溶けて跡形もなく消えていた。
二年前とそっくりなこの光景は、薬の副作用なのかそれとも仕様なのか。わかる奴がいない以上、いくら考えても答えが出ない。それも含めて調べるしかないか。
「皆、助けてくれて感謝する。俺はダームの冒険者パーティー『豚の尻尾』のリーダーのザッツだ」
宿場町の宿へ移動した後、俺たちは大部屋に集まってザッツの話を聞くことにした。
要するに一体何が起こったのかを詳しく聞こうってことだ。
で、その前に。
「私たちが貴方を助けた理由は、貴方の指名依頼と被る筈だと思うけど内容を聞かせてもらっていいですか?」
そう言って俺はポーチからギルド本部からの依頼書をザッツに見せる。
いちいち秘密事項だの何だのと言っている場合じゃない。ザッツも傷は塞がっているけど疲労までは回復しきっていない。なら必要な事を話して貰ってさっさと休んでもらったほうがいいし、俺らもそのあとの事の相談に移りたい。
「ダームのギルマスから聞いているだろうが……そうだな、二年前ハルトナでテロ行為も同然の襲撃を受けたことの関連性を調べてこいと言われてな。まぁ所謂諜報活動って奴だ。期間は一週間程だったが、それなりの情報を集めたからバラバラでダームに戻ろうとしたらこの様だ」
そう言って予め報告を纏めたであろう紙を俺に手渡して来た。
そこには帝国内で分かった事を箇条書きで記している事の他に、逃げている最中に体験した事も付け加えて書いてあった。
「……この内容を疑う訳ではありませんけど、これが事実なら私たちはもっと深い所まで探りを入れなければいけませんね」
そう言って俺はベルム達にも読ませると、全員がその内容に驚愕していた。
「こ、これは本当のことなの?」
「と言う事はさっき俺らが倒した魔物は……」
「元は人間ということになるな」
「何という事を……」
それはそうだろう、自分たちが倒した異形の魔物が元が人間だったとは夢にも思わないさ。
アンデッドなら死んでいるし、初めからそう言うものだとわかっている分は幾らか楽だろうけど、今回の場合は生きている人間が変化したものだしな。
「瑞樹だったか、君はあまり驚かないんだな」
俺が今後の事について考えていると、ザッツが平然としている俺に違和感を感じたのか尋ねて来た。
「そうですね、私は実際に人間が魔物になる所を目の当たりにしているので」
「それは味方がか?」
「いえ、敵ですね。しかも自分から進んで薬を飲みました。そして倒した後にはやはり溶けてなくなったところも同じですよ。ザッツさんの場合は仲間が、って所ですか?」
「そうだ……」
それは辛いだろうな。ギルドカードを持っているところを見ると、自分の手で仲間を手に掛けたんだろう。
かける言葉が見つからない。いくら任務とはいえ、こんな死に方をしょうがない何て言葉では到底割り切れないだろうな。
取り敢えず今はそっとしておくしか無い。
「この紙は一晩預からせて貰います。明日の朝にはお返ししますので、今日の所はお休みください」
「ありがとう、そうさせて貰おう」
ザッツはその一言だけを呟いて隣の部屋へ移動した。
鎮痛な空気が流れるが、それを無理矢理破る様にビッターとニーナが言葉を絞り出した。
「俺らからしたらザッツだけでも生きていてくれて良かったと思うが……」
「当の本人からしたらそんな訳ないわね……」
言いたい事はわかる。俺だって『エレミス』や『雀の涙』、それにメルに何かあれば正気ではいられないだろう。
『たった二年』と思われるか、『二年も』と思われるかは人それぞれだけど、少なくとも俺の中では後者であり他人に言われた日には間違いなく怒る問題だ。
だからこそベルムやニーナも配慮して去った後に口にしたんだろう。
「私たちも明日からの計画を話しましょう。幸いにも情報が手に入りましたので」
ミーリスも気分を切り替えるために話題を切り替えて来た。これから帝国に入る俺たちが今から沈んでいてもダメだしな。
結局、計画の煮詰めが難航して寝るのが夜半過ぎになってしまった。
けれど、その分お互いの役割を把握できたから明日からの調査はスムーズに行けると思う。
ここからが本番だな。




