自己嫌悪だわ
久しぶりになりますが更新します。
放心状態である。
自分で言うのも何だが、びっくりするほどの放心ぶりだ。何せダームに到着するまで確か三日ほどかかるはずだったのに、気づけば到着していたくらいだ。
「瑞樹、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「いや、そんなわけないわね。ハルトナを出てからずっとそんな状態よ」
たまりかねてミーリスやニーナが声をかけるけど、俺は依然として心ここにあらずと言った感じだ。
いや、わかっているんだよ。依頼に集中しなきゃと思っているんだけど、手紙の内容が余りにも衝撃的過ぎてね。
『瑞樹ちゃんへ 大事な話って言うのは、あなたの寿命についてです。実はこちらの手違いで、瑞樹ちゃんの種族を『人族』じゃなくて『亜神』にしてしまいました。それによって寿命がおよそ一万年ほどに伸びています。これはいくら私たちと言えど変更の効かない事情がありますので、ご理解のほどよろしくお願いします。お詫びと言えるほどのものかはわかりませんが、事象の事柄を大きく歪曲させる以外の要望でしたら叶える事をお約束します』
この手紙の内容の半分くらいの所で頭が真っ白になったよ。
一万年って何だよ? 神が神として産まれたのなら、それは自然な事として真っ当できるかもしれない。けど生憎、転生前は社畜なただの人間で、それは今でもしっかりと記憶が残っているんだ。二年経って身長とか全く変化がないから少し気にはなってたけど、まさか『亜神』で寿命は一万年ほどありますって……もはや何から考えたらいいのかわからなすぎる。
「よく来てくれた。ダームの冒険者ギルドのマスターのベスターだ。先ほど預かった手紙によれば、それぞれが素晴らしい騎士や冒険者だと書かれていたが…………そっちの小さいのは大丈夫なのか?」
「この子のホームのハルトナで少しショックな事が起きたらしくてですね。もう暫くすれば立ち直ると思いますので、それまでは私たちが話を伺います」
ベスターが俺の方を見ながら他のメンバーに尋ねる。
まぁ心ここにあらずの様な奴がいたら不安にも思うだろう。皆が苦笑いをしながらも何とかフォローをしてくれて話を進めてくれる。その間、ずっとニーナが手を引いてくれて連れて回ってくれていたのはわかっているのだけど、内容が全く頭に入っていなかった。
そして気づけばダームに到着して最初の夜を迎えていた。
「瑞樹は大丈夫なのか? 一体どうしたんだ?」
「ギルドで預かった手紙を見て以来ずっとこんな感じで……」
「そうか、それなら作戦はどうする?」
何となく頭で考えている様で考えていない、思考の纏まらない状態の耳にメンバーの話し声が聞こえる。
俺も話に参加しなきゃいけないとは思っているんだけど、その気になれない。一万年と言う長い寿命の中、今俺自身がやっている事に意味があるのかわからなくなってきていた。
今この瞬間逃げ出して、それこそどこか知らない山で隠遁生活を送っても生きていける自身がある。そしてそのまま自分の寿命を迎えるのも悪くないかもしれない。
そう思っていると、不意に後ろから優しい匂いに抱かれる感触があった。それはさっきまでずっと手を握ってくれていたニーナだった。
「瑞樹は何かお悩み事かな? お姉さんに何か聞かせてくれれば嬉しいかな」
ニーナは事情を聞かず、俺に語りかける様な、それでいて独り言の様な感じで話してくる。
その優しい笑顔の語りかけに何故か俺は反論する事なく、思った事を聞いてみた。
「ニーナさんは長い長い人生の中(およそ一万年)で、この先どうやって生きて行こうって思った事はないですか?」
こんな事普通の人に聞いてどうするんだと思ったけど、ニーナに聞く事で何か俺自身の心の緩衝材になればと思ったのは事実だ。
「凄い哲学的な質問ねぇ……けど、そうね。ふとした瞬間に我に帰って、急に冷めた考えで私何してるんだろうって考えた事はあったわね」
「その後はどうしたんですか?」
「考えはしたけど、取り敢えず目の前の事は全力でがんばったわ。私だってまだ若いけど、長い人生の中(およそ八十年)で立ち止まって考える事は悪い事じゃなないと思っているし、これからまたその時が来るかもしれないわ。けど、放り出すわけにはいかないと思っているわ。だから私たちの事が嫌じゃなければ、今この依頼は頑張って欲しいかな。そうすれば、瑞樹の悩みを解消する何かが見えて来るかもしれないし、そうじゃ無ければその後にゆっくり考えてみるのも良いかもしれないわね。あ、ごめんね。偉そうな事語っちゃって」
俺はちょっと自己嫌悪に陥りそうになっていた。理由は簡単だ、誰か死んだわけでもなく、不幸に陥ったわけじゃ無いのに自分自身を悲劇のヒロインに仕立て上げようとしていたわけだ。
確かに手紙を見た時は驚きを隠せなかったけど、冷静に考えてみればやれる事も考える時間もたっぷりあると言う意味では一種のチャンスなのかもしれない。
「おや、何か元気が出てきたかな?」
俺の瞳に力が戻って来たのを見て、ニーナも笑顔になる。
けど、この綺麗な笑顔の裏にも俺にはわからない苦悩があったんだと思うと、俺なんかよりずっと大人だと感じてしまった。
そのせいなのか……
「うん、ありがと。お姉ちゃん……ってご、ごめんなさい。私つい口走っちゃいました」
「いいわね、お姉ちゃんって響き。妹とかいなかったけど、こんな感じなのねきっと。瑞樹、これからも私のことは『お姉ちゃん』か『ニーナお姉ちゃん』と呼んでね」
本当に意識ぜずに口走ったけど、どうやらニーナには好評なようだ。更に呼び方まで指定されてしまうくらいだ。
けれどまぁニーナのおかげでメンタルを回復できたのも事実だから、呼び方くらいはお安いものだ。
「どうやら、元に戻ったようだな」
「ずっとこのままだと思って内心心配していたんだぜ?」
「私の事も『ミーリスお姉ちゃん』と呼んでくれても良いんですよ?」
他の三人にも心配をかけていたから、深々と謝罪をする。
一人おかしな事を言っているような気がするが、そこはあえてスルーだ。って言うかミーリスはそんなキャラだったか?
「さて、明日の朝から帝国に向かうんだが、その際の作戦のおさらいをするとしよう。特に瑞樹はちゃんと聞いておいてくれ」
ギルマスのベスターの所にいた時はほぼ何も聞いていないも同然だったから、ベルムにはもう一度最初から説明してもらった。
その内容はやはりと言うか、薬の方も指名依頼で行方不明になったパーティーの方もワイズから聞いた内容で概ね間違いなかった。
俺達の依頼はダームのギルマスから受け取った情報を元に、更に深く帝国内部の偵察に入り込む事だったんだけど、このままだと大した情報もなくまた一から集め直しをしなければいけなくなると言う事だ。
噂程度でもハルトナまで情報が来るくらいだから、帝国内の闇は相当深そうだ。それらを精査して持ち帰るのは結構苦労しそうだな。
さっきのニーナとの話じゃないけど、今は目の前の事にがんばるしかないな。
「さて、ここからは明日からの行動予定なんだが……」
コンコンッ
「ベルムさん、ベルムさん達にお客様が訪ねて来てます。ギルドマスターのベスター様です」
ベルムが内容を一通り話し終えて明日からの行動予定を煮詰めようとした所、宿の主人から客人の来訪を伝えられた。
俺ら全員が顔を見合わせ、頭の上に疑問符が並ぶ。ベルムから聞いた内容だと不備は無かったはずだけど、俺らの知らない新しい情報が入って来たのか?
そう思って全員で宿屋の食堂へ降りてみると、ベスターの他に子連れの母娘がいた。
「どうかお願いします。主人を、主人を助けてください!」
……誰?




