ハルトナ出発
清々しい朝だ。
しかし、起きた部屋はハルトナにある自分の家じゃなくて宿屋の一室だ。その証拠に、別のベッドにはニーナやミーリスがまだ寝てるし、なぜかユミルが俺の隣で寝ていた。
昨日は久しぶりにお酒を飲んで、いるはずの無いユミルと何やら話していた様な気がするけど、思い出せない。うーむ、何やら大事な事だった様なそうでない様な?
そうして頭を捻っていると、ニーナも起き出した。
「おはようございます。昨日は酔い潰れてしまっていた様で申し訳ございません」
「おはよう瑞樹、頭痛とか体調の変化はない? そのまま寝ちゃった瑞樹をユミルが運んでくれたのよ」
「問題ないよ、瑞樹ちゃん。何しろ一緒のベッドで寝れて幸せだからね!」
それは申し訳ない事をしたと思っていた矢先、いつの間にか起きていたユミルが朝からテンション高めで俺に抱きついてくる。よく見ると俺はいつもの冒険者用の服じゃなく、誰のかわからない大きめのシャツと下着だけの格好だった。これも恐らくユミルがやってくれたのだろうけど…………変なことされてないだろうな?
「それでもありがとうございます。って朝から何してるんですか!」
「スキンシップだよ、スキンシップ」
本当に何もされてないんだろうな!?
「よう、瑞樹。体調はどうだ?」
一回に降りると、既に起きて朝食を摂っているベルムとビッター、それに『雀の涙』の男たち三人もいた。
「ありがとうございます、体調の方は問題ないですよ。と言いますか、昨日の事はあまり記憶がないもので、私が何か迷惑になることをしてませんでしたか?」
昨日の事はあまり記憶がないけど、一応のお礼はしておく。
お店の様子を見ると暴れた様な形跡はないし問題なさそうだけど、聞いた俺に対してなぜか全員が優しい目をしてこっちを見てくる。
「瑞樹、人にはそれぞれ役割があるんだ、皆を頼ってくれていんだぞ」
「そうだとも、俺で良ければいつでも頼ってくれ」
「そうよ、お姉さんに相談してくれれば相談に乗るからね」
「私も及ばずながら力になろう」
「は、はぁ……ありがとうございます」
そして、一人一人声をかけて来るのに対して生返事しか返せない俺がいた。一体何なんだ? ある意味怖いぞ。
それでも悪意や敵意といった嫌な感じはしないから大丈夫なんだろうけど、何に対しての優しさかちょっと気になるがとりあえず後回しにしておく。
その理由は、ワイズが来ているからだ。話の終わりを待ってこちらへ寄って来ると、俺たち二人は部屋の隅の机に向かい合って話し始めた。
もちろん内容は、ハルトナに到着してからワイズにお願いしたダームのギルドの情報集めだ。事前に指名依頼の内容を話して、半日という短い時間の中でどれだけ集めれたのかは疑問だが、ここにいると言う事は少なからず何かを掴んだと言う事でいいのかな?
「ワイズさん、お疲れ様です。早速ですが報告してもらっていいですか?」
「勿論です。姉さんから貰った事前の情報を元にしてかき集めて精査しました。その結果、帝国には強くなれる薬が秘密に出回っているらしいですぜ。それがどう言った代物でどこで手に入るかまではわかりやせんが、簡単に強くなれるとか噂してます。あと、帝国方面へ依頼に行ったパーティーが帰還予定日を過ぎても帰らないとか。それだけならただの依頼失敗で片付けられる話なんですが、どうやらそのパーティーの知人には指名依頼って言ってたらしいんで、先ほどの件と何か関係あるかと推測しやす」
半日しかなかったと言うのに大した成果だ。二年前の時もそうだったけど、偵察や諜報活動の方が得意だったりするのかな?
「いえ、それだけ調べてもらえれば十分ですよ。ワイズさん達はこう言った活動の方が得意だったりするのですか?」
「どうなんでしょう、姉さんと出会う前のちょっとした裏の情報網もまだ生きていますからね。こう言う所で役に立ってもらえれば本望です」
「ありがとうございます。これは少ないけれど私からのお礼です。メンバーの皆さんとお好きな所で食べてきてください」
きっと質より量だろうと思って多めにお礼を渡してワイズを見送る。荒れてた頃のワイズの経験も無駄じゃなかったって所か。
この情報を今手に入れてもどうすることも出来ないが、帝国に入る前の心構えだったりあれこれと想定するのは結構好きだったりするから、ダームのギルマスから追加情報を手に入れて帝国に入るまで色々考えるか。
「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」
「何の何の、瑞樹ちゃんを待つのに苦労なんてないぞい」
「そうですか。なら次はもっとゆっくりしてからきますね」
ギルドに到着して早々、朝から調子のいいことを言うギルマスだが、さらっと流しておく。じゃないと話がいつまでも終わらない気がするし。
「でじゃ、これを渡しておこう。ダームのギルマスに渡しておいてくれ」
そう言って一通の書簡を預かる。ギルドの封蝋にギルマスであるデンの名前。王都で預かったのと同じ仕様だ。
普段から会う度におかしな事をするギルマスだけど、流石に内容は真面目なものだと思いたい。
「馬車は表に用意させたし、食糧も補給しておいたぞい。大森林付近を通過するから油断は禁物じゃが、瑞樹ちゃんがいればまぁ大丈夫かの」
悪戯っぽく笑うギルマスにドヤ顔してやろうかと思ったら、先に残りの四人に力強く頷かれてしまった。信頼されていると言う表れなんだろうけどね。
「ありがとうございます。ではそろそろ出発しますね」
そう言って執務室から出て一階に降りると、見知った顔の二人と知らない青年一人がギルドのカウンターに来ていた。
そのうちの一人は勿論、武器屋の看板娘(自称)のエリンだ。そしてもう一人は、エリンの旦那のガーダックと言う。普段は店の工房に篭っていて俺も数回しか会った事ないけど、見た目が若いエリンに対してガーダックは寡黙で礼儀のあるナイスミドルな感じな人だ。
だからこうして見ると正直、親娘としか思えない。
そしてもう一人は……誰だ? わからないけど、予想はつく。
「お、瑞樹ちゃん発見! 出発する前に会えてよかったよ。昨日ね、あれから直ぐに旦那に話したら、物を見せてからだって言うんだよね。私の目が節穴かって言いたいけど、旦那の気持ちもわからなくもないからさ、こうやって一緒に瑞樹ちゃんのところに来たわけなのよ」
「久しぶりだな瑞樹、相変わらずエリンが騒がしくてすまない。どうしても買い取りたい剣があると聞いてな。あいつの目を信じないわけじゃないが、そこまで言わせるほどの物を実際に見たくてな」
そう言う事か。しかし、エリンは相変わらずのマシンガントークだ。こう言う人と結婚できるのは、ガーダックみたいな後ろで支える人じゃないとダメなのかね。
「わかりました。それで、この方は?」
俺が顔を向けると、青年と目が合い一礼される。
ガーダックほどマッチョと言うわけじゃ無いけど、筋肉もしっかり付いていて身長も引けをとらない。そして何よりイケメンだ。
「初めまして、マリンがお世話になっています。兄のホランドと言います。つい最近まで父の知り合いのところへ修行に出ていて帰ってきたばかりです。今日は無理言って付いてきてしまいましたが、お気になさらず父達とお話しください」
マリンの兄か。と言う事は、この二人の息子って事だよな。なるほど、じっくり見ればマリンに似ていなくも無い。けれど、どちらかと言えば父親似か。
まぁ本人も気にするなと言っている事だし、俺もこの件を済ませて早いところ出発しないとメンバーに迷惑をかけるしな。
「初めまして瑞樹です。では別室で一緒に見てくれますか? メリッサさん隣の部屋を借りますね」
そう言うとメリッサに断り別室に入ると、ポーチからミスリルの大剣とヒヒイロカネの大剣を机の上に出す。
その瞬間、エリンは勿論のことガーダックまでもが目の色を変えて机の上の剣を一振りずつ見定めていく。そして暫くすると、ガーダックはため息をつきながらホランドに向いた。
「ホランド、これを見てどう思うか言ってみろ」
「正直言って初めて見る代物です。はっきり言わせて貰えば、父さん、いや親方のより数段上の代物だと思います」
歯に絹を着せぬ物言いにガーダックは怒りもせず、寧ろその通りだと言わんばかりに笑って見せて俺の方に振り向いた。
「久しぶりにいい物を見させて貰った。自分で言うのも何だが、それなりにいい物を造っている自負はあったんだ。しかし、この二振りを見てまだまだだと実感した。それで良ければだが、二振りとも買い取らせて貰ってもいいか? これらは売り物としてじゃなく、俺の研究材料として買い取りたいと思っている」
なるほど、確かに好奇心という意味ではエリンと同じだけど、ガーダックの場合自身の腕の向上としての素材として欲しいというわけか。そう言うことなら断る理由も無い。
「そう言うことでしたら。価格については、お二人にお任せします」
お任せと言うか、ぶっちゃけ相場がわからない。この世界に降りてきてからと言うもの、日曜雑貨や食料品などは度々買うためわかってきているけど、装備品に関しては、疎いを通り越えて無知に近かった。
だって俺の武器壊れないし、メンテいらずなんだもん。
「そう言うことなら……こんなもんでどうかな?」
そう言うと、エリンが少し考えた後に紙に金額を提示して渡してきた。
恐らく盗み聞き対策なんだろう、手慣れた感じだ。そして受け取った紙を見ると、ゼロがいっぱい並んでいる。これお店が潰れないか? 受け取る方が心配になる額だ。
「こんなに渡して大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。安く無い額だけど、先行投資だと思えばいずれ安い買い物だったと思う時が来るわよ」
普段の喋りを見てると、勢いで言っているのかと思ってしまうけど、旦那であるガーダックや息子のホランド、そして店の未来の為だと考えて動いているとわかる。それも一年後とかじゃなく、五年や十年。恐らくもっと先の、孫の代まで続く技術や発想を取り入れようとしているに違いない。
その前にホランドにいい人がいればの話だけどな。これは余計なお世話か。
取り敢えず商談は成立だ。お金は直接貰わずにメリッサに頼んで俺の冒険者の口座に入れておいて貰った。
今の所は使うあても無いしな。
「時間を取らせて済まんな」
「いえ、まだ大丈夫ですので」
ハルトナの南門の前でガーダック一家の他に『雀の涙』や『猫の額』の一行が見送りに来ている。
エリンやガーダック達が満足げに見送ろうとしている反面、ユミルやワイズはせっかく再開したのにまた行ってしまうのかと名残惜しそうな顔で見ている。
別に今生の別れでもあるまいが、そんな顔で見られると後ろ髪を引かれるから勘弁してほしいな。
それはそうと、ハルトナに来てから会っていない人が何人かいる。
「そう言えばユミルさん、今更ですけどアレン達は今何しているんですか? 全く見かけないのですけど」
「あぁ今は確か、近郊にある農園のホーンラビットの駆除に行ってるかな。何でも指名依頼だからと言ってたけど、何か知ってる?」
「あぁ〜、うん、わかります。次に会ったときによろしく伝えておいて下さい」
あの若旦那の農園だな。ホーンラビットならあの依頼の後も何度も狩ってるし、一度やっているから大丈夫だろう。
次はアレンとマリンがケニーに教える番だし、これも経験と思って頑張ってもらおう。
「オッケー。あとね、ミューゼルさんの事なんだけど……」
ミューゼルがどうしたんだ? 歯切れも悪いし、少し声のトーンが落ちているんだけど何か問題があったのか?
「問題って程のものじゃないんだけど、実は……」
「ミューゼルは私が預かってるぞ。全く、しっかりしていると思えば、抜けたところもある。しかも顔も出さんと出発しようとするし、なぜ私が気を使わなきゃいけないんだ」
ユミルが続きを言う前に背中から聴き慣れた声で文句が飛んでくる。
その声を聞いて俺自身も、そう言えばと思い出す。いや、忘れていたわけじゃないんだ。ただ色々と多忙でね、ここはホームだけど今は経由地にすぎないからいいかなと思ってね。
「あーうん……申し訳ございません、メルトリア様……」
「話し方!」
え〜……ここ外だし、早朝だけど多少人の目がるんだけど? え、ダメ? マジですか?
「ん〜…………ごめんねメル、任せちゃって。預かっていると言う事は」
何でもアレン達がハルトナに戻ってギルマスに報告した直後、メルの使者がミューゼルを回収しに来たとか。
先触れで出した手紙をギルマスがメルにも相談したって事か。まぁ確かに貴族絡みの事は貴族が一番知っているって事だな。
「あぁ、事情は全てミューゼル本人と、アレンと言う冒険者とデンから聞いている。その上でミューゼルの身柄を盤石にするまでは私の屋敷で保護するさ」
メルが言うには、俺が焼いた暗殺者は一端に過ぎず、更に周りの護衛が多過ぎて近寄れないから遠くから見張っているだけに留まったとか。その上、今度はメル自身がミューゼルを保護したものだから余計に手出しができない状態だとか。
「まぁ王都に書簡も送ったから時間の問題だな。私に言える事は、瑞樹が戻る頃にはミューゼルも街を自由に歩けるようになってるって事さ」
権力なんて煩わしいだけだと考えているけど、それで上手く行くときもあるんだからメルには感謝だな。
「メル、ありがとう。それなら帰ったら何かお礼をしないとね」
「ほ、本当か!? じゃあ私が考えていいか!?」
お礼を何がいいか考えながら言うと、メルが前のめりになって話に食いつく。
美味しいスイーツでも見つけて食べに行きたいのか? 領主ともなると勝手気ままに歩けないから連れ出してほしいのだろうか?
「わかった、じゃあメルが考えておいてね」
「あぁ、しっかり考えるぞ!」
その返事を聞くと、ゆっくりと馬車が動き出す。
もっと静かに出発する予定だったけど、随分と賑やかになってしまった。
けれど、やっぱりホームの顔ぶれは安心感がある。早いとこ戻ってまた平穏な日常に……あ、そう言えばエレンの手紙をまだ読んでなかった。内容は………え?
そこからダームに着くまでの三日間、俺は魂が抜けたように真っ白な状態で、誰が呼んでも空返事だったそうな。
来週から本業の方が少し忙しくなり、更新が遅くなります。
楽しみに待ってくださる方のために頑張って書き上げますので、よろしくお願いします。




