またお前か……
「皆さん方申し訳ありやせんでした!」
『申し訳ありやせんでした!』
「瑞樹の護衛か? 中々に頼もしいな。誤解も解けた事だからそんなに畏まらなくてもいいさ」
ワイズ達『猫の額』がギルドホールに飛び込んで来たと思えば、突然ベルムに喧嘩をふっかけてきた。
まぁ理由は簡単、俺が依頼の途中でハルトナに寄っていることを聞きつけてきたんだろう。
そして急いで来てみれば、大男に詰め寄られているのを見ての判断だって事だ。
大事になる前に誤解が解けた事だし、取り敢えずは良しとしとこう。
「改めて、ランク『B』パーティー、『猫の額』のリーダーのワイズだ。誤解ついでに言っておくが、俺らは姉さんの護衛じゃない。舎弟だって事だ!」
おい、何余計な事を口走ってんだ。言い切った感マシマシでドヤ顔してんじゃないよ。
そのままにして立ち去ってくれれば良いものを、予定な手間を増やすってどう言う了見だ?
「ランク『B』が舎弟?」
「瑞樹、どう言う事?」
ほら見ろ、ビッターとニーナが信じられない様な目で見るし、ミーリスに至っては無言で白い目を向けて来る。
「やるではないか瑞樹。お主ならこのハルトナを制する日も遠くないだろう」
「当たり前だ、姉さんならハルトナどころか、王国すら手にするぜ!」
ベルム、俺は別にハルトナを制しようとか考えてない。そして、ワイズは滅多なこと言うな。俺は国に属してないけど、その思想は国家反逆罪で捕まりかねないからな。
「単に私が初めてハルトナに来たときに、ワイズさんが絡んで来たのを返り討ちにしただけですよ。それ以来、こう言う感じです」
「ま、姉さんがいなけりゃ俺たちはただのチンピラ冒険者で終わっていただろうからな。それで、指名依頼だと言うのは見てわかりますが、俺らにできる事があれば遠慮なく言ってくだせぇ」
そうだな、確かにこのまま一日過ごしてハルトナを出るのももったいない気がする。
ワイズに出来る事、ワイズに出来る事……
「…………ワイズさん、私たちは明日の朝ここを出て南のダームに向かいます。少しでいいので、そこのギルドの情報を集めてもらっていいですか?」
いいね、無難かつ確実なお願いだ。情報は金なり。事前に知れることは自分と相手の行動に予測を立てやすくなる。
それにこの街にどれだけダームの情報が流れてきているかで、帝国からの侵食度と言うのも計れるかもしない。
「お安い御用でさぁ。では早速行ってきます。行くぞ、野朗共!」
『おう、姉さん失礼します!』
「あ、うん。よろしくね……」
けど、そう言うのは大声で言うのはやめて欲しい。
ベルム以外の三人の無言の視線が痛い……ワイズ達が望んで動いているんだから多めに見てよ。
「で、では初めに武器屋へ行きましょうか」
そう言って俺が先頭で武器屋へ案内する。
ハルトナは大深林が近く冒険者稼業も活発なせいか、それなりに質の良い武器を扱っている店が多い。
その中で上位に入る武器屋が俺の馴染みにしている武器屋だ。
「こんにちは、エリンさんいますか?」
「おぉ瑞樹ちゃん、いらっしゃい! 今日はどうしたのかな?」
扉を潜り、店員が挨拶する前にこちらから声をかけると、店の奥から元気な声で俺の方に駆け寄ってきた。
俺たちのパーティー『エレミス』の回復薬であるマリンの両親が製造販売する武器屋、『天剣屋』である。
そしてマリンの母親で、『自称看板娘(笑)』のエリンだ。
「今変なこと考えてなかった?」
「やだなーきのせいですよー」
「じゃあ何で棒読みなのよ?」
「気のせいですよ。それよりお客さんを連れてきました」
そう言って俺の後ろで立っているベルムを紹介する。
「お嬢さん初めまして。王国騎士団のベルムと言うものだ」
「いやだ、お嬢さんだなんて。これでも年頃の娘を持つ母親ですのよ?」
確かに凄い若くは見えるけど、お嬢さんは盛りすぎでしょ。ベルムも口が上手いな。
「瑞樹ちゃん、また何か考えてなかったかしら?」
「いえいえ、それよりもベルムさんの方を」
「すまないがこの剣の修理をお願いしたい。瑞樹が言うには、この店なら何とかなると聞いたのだが」
そう言って背中に背負っていた大剣を店のカウンターに置いてみせると、さっきまで乗せられてクネクネしていたエリンも真剣な目つきに変わりじっくりと大剣を眺める。
そして鞘から引き抜き、大剣を片手で持って折れた刀身と残った柄の方を眺めて唸る事五分……
「うん、大丈夫。修理可能だね。これは王都で打ってもらったもの?」
「そうだ、俺だけの一品物だ」
「これを打った人は相当な腕だね。材料はミスリルとアダマンタイトの複合材なんだけど、これだけ綺麗に金属を混ぜ合わせるなんて相当な腕よ」
そうなのか。以前ベリット達に渡した武器より凄い物だとはわかっていた。
それに、金属の名前はよく耳にする名前だけど、それが混ぜ合わさって凄いと言われてもどれだけ凄いのかわからんのだよ……
「瑞樹ちゃん、普通金属って言うのは混ざり合わないものなのよ。それを可能にするのが『鉱物錬金』って言うものなのよ。しかもそれは鍛治師が持っていて初めて金属を混合させる事が可能なの」
「そ、そうなんですか。とりあえず修理は可能なんですね?」
俺の頭にハテナマークが付いているのを見逃さなかったエリンが語ろうとするが、長くなる前に軌道修正させる事に成功した。
「そうね、大体十日位で出来上がるわよ」
「…………何と、そんなにかかるのか」
マジか。俺もベルムと同じ感想で、正直そんなにかかるとは思わなかった。
「そりゃぁね、糊でくっつけるわけじゃないんだから。元の部分と折れた部分を一度全部溶かしてそれから作り直さないとまた直ぐに折れるわよ。十日って言うのも瑞樹ちゃんの紹介で、特急で修理した時間よ。本来なら一ヶ月は見て欲しい所ね」
エリンの説明に俺とベルムは悩む。
正直十日もここで止まるわけにもいかない。剣が折れてからハルトナまでの間はベルムが持ってきた予備の剣で過ごしていたが、ここから先は正直厳しいと思う。単純に魔物のランクが一段上がるって言うのもあるけど、ダームや帝国の事情が不明な以上、準備は万全で望みたい。
「と言うかね、これだけの合金でできた大剣を、何を斬ろうとしたら折れるのよ」
エリンが折れた原因を聞いた瞬間、四人が一斉にこっちを向く。いや、向くなし。手合わせで大技出してきたベルムにも原因はあるんだぞ。と言うか防がなきゃ死んでるぞ。
「ベルムの剣が時間がかかるのはわかりました。どうでしょう、その間代用品となる剣があれば貸して頂けたら嬉しいのですが」
なるほど、代用品か。ミーリスの意見に俺やビッター、ニーナはなるほどと頷くけど、エリンとベルムは難色を示す。
「いや、それは難しいかな。同等の武器というなら幾つかあるけど、この位のレベルの武器になると逆に武器も使い手を選び出すんだよ」
「すいません、もう少し詳しく教えて貰ってもよろしいですか?」
「いいわよ、今三人が手にしている杖と剣。その二種類の武器はそれなりに良い武器だけど、それでもそれは量産品。それ自体は悪くないわ。使用者のパフォーマンスをある程度のレベルで維持してくれて、折れても量産品だから直ぐに手に入るわ。けど、この大剣の材料はさっきも言ったけど魔法金属の複合材で、しかも使用者に合わせて作られた武器なのよ。だからそのレベルの他の使い手が手にしても合わないと感じた瞬間、それは違和感に襲われて無理に使う位なら量産品の方がマシと思える程になるわ」
「と言うことは、ベルムが自分のパフォーマスンスを最大に発揮できる武器は、この折れた大剣のみと言うことですか?」
エリンの解説にミーリスが結論とばかりに聞き返す。
エリン曰く、魔法金属と言うのは、それ自体が意志を持ち自分をしようとする者を選ぶと言う。だから、使用者が現れる前の武器というのは売ったはいいけど、すぐに返ってくる場合が結構多いのだとか。
そして、この問題は振り出しに戻る。
結局は自分で持っている予備の剣で我慢してもらうしかないんじゃないかと言う皆の意見なんだけど、俺だけは渋い顔をしている。
この問題を解決できるかも知れない方法がある。
それは、以前のベリット達みたいに俺が修行時代に手に入れた武器だ。未だポーチの中に死蔵してあるそれをいくつか出して合う物を使ってもらおうかと考えているけど、安易に渡しても良いものかどうかを迷っているんだよ。
それにもう一つの懸念がね。
「瑞樹ちゃんどうしたの? 瑞樹ちゃん?」
エリンの呼びかけに気づかないまま考え込んでしまう。
本来の諜報活動なら予備の武器のままで問題ないだろう。けど、いざ二年前のような戦闘になったら? 予備の剣のせいで自分の実力が発揮できなくて死ぬのか? 俺がやらなかったことでベルムに死なれても寝覚がわるいのも確かか。
ベリット達の時は思いつきで出したミスリル製の武器だから全員扱えたけど、ベルムの武器はそれよりも上だ。下手な物を持たせるわけにもいかない。
「エリンさん。今から出す大剣の中でベルムさんの力に耐えそうな武器があるか見てください」
「え、大剣? どこからか持ってくるの?」
そうか、エリンの目の前でポーチを使わなかったか? まぁ実際見て貰った方が早い。
そう思ってポーチから三振りの大剣を出して並べる。エリンを含めた五人は、俺のポーチからそんなに大きなものが出て来るとは思わなかったのか、目を大きくしたまま固まっている。
けど、いつまでもそうしているわけにもいかないからエリンとベルムに見定めて貰った。
「そ、そうね。まず一振り目はミスリルで、二振り目はアダマンタイトね。と、単純に言っても相当に高い精度で仕上がっているわね。単鉱石でここまで精度が高いなら、これから修理する剣と比較しても何ら遜色ないわね。問題はこっちね、こっちの大剣はヒヒイロカネね、気希な鉱石をこれだけ使ってこの仕上がりは正直見たこと無いわね。ベルムさん、この中で貴方に使えそうなのは……これね」
全ての大剣を見定めて、ベルムに渡したのは二振り目のアダマンタイトで出来た大剣だった。
それを渡されたベルムも緊張した面持ちで握ると、何かを感じたのか目つきを鋭くして開けたスペースで軽く素振りをしてみせた。
「これは凄いな。初めて握る剣なのに、ずっと前から使っているような錯覚を覚える……瑞樹よ、これを代用品として貸して貰えると言うことでいいか?」
「そうですね、ここに戻って来るまでその剣はベルムさんにお預けします」
俺がそう言うと、ベルムもお礼を言い納得した表情で剣を鞘に収める。まぁぶっちゃけベルムの体格で普通の長剣を握らせたところで軽すぎて棍棒にもならないだろう。
背中に背負っている大剣が様になるなと感心している所で、思っていた懸念材料の主が俺に寄ってきた。
「みっずっきっちゃーん。所で所で、残りの二振りの事なんだけどね〜、ぜひ良ければうちのお店に卸さな〜い?」
エリンが猫撫で声で俺に擦り寄って来る。これが嫌だからここで出したくなかったんだよ。
「ダメですよ。店主である親方さんに失礼ですので、これはまた元に戻します」
「そ、そんなこと言わずに! うちの旦那はちゃんと説得するから! せめてミスリルの方だけでもぉぉ」
「嫌ですよ、そんなこと言ってとばっちり受けるの私じゃないですか!」
ペットをねだる小学生か!
これだよ……普段は愛想もよくお客の目線に立ってくれて、相談にもきちんと乗ってくれる素敵な人なのに、一度珍しい武器や希少価値のある物を見ると何としても手に入れたくなると言う、一種のコレクター癖みたいなものを醸し出すのだ。
「そこを、そこを何とか! 二割、いや三割アップさせるからぁぁあ!」
そもそも相場知らないから、そんな事言われても無理だっつーの。
けれど、このままじゃずっと張り付かれたままかよ。
「はぁ、わかりました……じゃあ明日の朝私達は出立しますので、それまでに親方さんを納得させてギルドまで来てくださいね。それまでは渡しませんよ」
そう言って残った二振りをしまうと、名残惜しそうな顔をしながらも待っててねと言って店番を他の人に任せて作業場の方へ一目散に走って行ってしまった。これが無ければ本当に美人な人なんだけどなぁ……
「まぁ目的は果たせましたし、私たちの依頼が達成するときには既に修理も終わってますでしょ」
「そうだな。改めて瑞樹には俺を言わせてもらおう。ありがとう」
そう改まって言われると照れるものがあるけど、元々は俺たちの立ち合いで折れてしまったものだから、俺の中の申し訳なさも少しは薄れるってものだ。
「やっと終わったか。そろそろ腹も減ってきた所だし、買い物しながら宿屋目指さないか?」
ビッターの提案に全員が賛成する。
と言うか何もついて来なくても良かったのに、自分たちの用事は大丈夫なのか?
「この街のことだからね、瑞樹の地元の暮らし方を見たかったのよ」
「中々おもしろいものがみれましたけどね」
俺の心配にニーナとミーリスがからかって来る。
三人がそれで良ければ問題無いとしておこう。
「では、ギルドが取ってくれた宿屋に案内しますね」
俺たちはそう言ってまた来た道を少しだけ戻るように歩き出した。
エリンにはもう少し落ち着いて貰えるようにマリンにお願いしておこう。




