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一組の少年少女の為に

「またそれを読んでいるのか?」


「はい、何度読んでも読み足りませんわ」


 荷馬車の淵に寄りかかりながら大事そうに手紙を読むミューゼルを見てアレンが声をかける。

 余程嬉しくそして愛おしいのか、何度も内容を読み返しては噛みしめる様に空を見上げていた。


「ミューゼルさん、アレンはその手紙の内容が気になって仕方ないんですよ」


「おまっ、マリン! 余計なこと言うなって!」


 あの一件で一行は出発した宿場町に引き返すことになり次の日に再出発する事になったが、それ以降は順調に進んでいる。


「結局の所、俺達は瑞樹に振り回されっぱなしだったな」


「そうですね。これだけ人数がいて瑞樹さんに手も足も出なかったのは辛い所ですが……そう言えば、繋げた腕は大丈夫ですか?」


「おう、全く違和感ないぜ! マルトもまた腕を上げたな」


「いえ、杖の性能による所も大きいので……まだまだ精進が足りないって所ですよ」


 アレン達のやり取りを尻目に見ながら、ベリットとマルトが今回の事について話し出す。

 一方的に瑞樹にやられた後に突然現れた黒ずくめの三人組のことだ。

 現れた三人組が只者でない事は雰囲気や気配でわかっていたベリット達だが、それ以上に焦ったのはそれを見た瑞樹の雰囲気が一気に変わった事だ。


「一方的な蹂躙だったな。あの三人は暗殺を生業にしているのだろうが、あの時の瑞樹の判断と初動は凄まじいものがあった」


 ガリュウにも思う所があったのだろう、普段は自分から話に加わらないのだが、俺も混ぜろと言わんばかりに参加してきた。


「そうよね、今だから言える事だけど、最初の会話だけでいきなり斬りかかるんだもん。即決即断が半端ないわね」


 そしてその反対側からユミルも現れる。

 今は護衛依頼中で本来は荷馬車を護衛しながら周囲の警戒に当たらなければいけないのだが、先日の出来事に対してどうにも話し足りないのか、みんな一ヶ所に集まってしまった。

 モールにとっても今回の出来事は多少の被害はあるものの、それなりに実利も見込めた事もあり、この位はと大目に見ておく事にしたのだ。


「ベリットさん、その事なんですが」


「あぁモールさんすみません、陣形を壊してしまいましたね」


「いえいえ、今回は色々ありましたしね。それより、その瑞樹さんと三人組の話を詳しく聞かせてもらえませんか? 私達は隠れていたのでその辺りの事はよく解らないのです」


「えぇ、もちろんですとも」


 一部始終を教えて欲しいと言われてベリットも快く返事をする。

 雇い主の希望という事もあるが、モールの耳に入れる事でこれからハルトナで暮らす事になるミューゼルの手助けになるだろうと言うベリットの計らいでもあった。


「あの時の瑞樹は何を言ってたんだけ?」


「『ちょうど良い落とし所』ですね。瑞樹さんの目的はミューゼルさんの殺害でしたからね。あの時点ではその目的はまだ達成されていませんでしたから」


 そして当時に遡る。

 三人組を正面に見据え、その体格から男二人に女一人と判断した直後からの瑞樹の行動は早かった。

 抜身の刀を手に持ったままリーダー格の男に目標を定めると、踏み出す左足に魔力を込めて一気に間合いを詰め、その胸に刀を突き立てた。


「まずは一人……」


 残りの二人はおろか、ベリット達も何が起きたのか解らず固まっていた。

 それは知覚が困難なほどの速度で相手を殺した事なのか、はたまた目的が同じはずの相手に対して刃を向けた事なのか。

 そして一瞬の硬直後、残りの二人の暗殺者は我に帰ると二手に分かれ距離を取り腰に刺してある武器を手に取り構える。


「どう言うつもりだ、貴様も裏切りか?」


 しかし、瑞樹は何も答えない。

 答えないと言うよりは、この好機を逃すつもりは無いとばかりに距離を取った女暗殺者に向かいスローイングナイフを投げる。


「ぎゃぁっ!」


 投げた数本は武器で払い落とすが、瑞樹の本命は逃げられない様にするために狙った足であり、それを見事に命中させた。

 次に狙ったのは、女暗殺者の悲鳴に気が逸れた男暗殺者だ。その一瞬のうちに詰め寄り、鳩尾を掬い上げる様に殴る。そして、くの字になってそ浮いた体をそのままハイキックで女暗殺者の方まで吹き飛ばした。


「全員目を瞑って耳を塞いで! 『炎よ熱よ 我が力となりて 怨敵を焼け』」


 一部始終を見守るベリット達は、一瞬瑞樹の言っていることがわからなかったが、マルトだけは瞬時に理解し更に声を上げた。


「皆、瑞樹さんの言う通りに!」


 マルトの声でやっと何かが起こると理解し全員が体勢をとったが、既に瑞樹の手には魔法陣が宿り赤々とした炎が踊っていた。


「【バーン・フレア】」


 そしてその炎は折り重なって倒れている二人の暗殺者の身に降りかかる。


「ぎゃぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁぁあああ!!!」


「熱い!! 熱いよぉぉぉぉおおおおお!! やめてぇぇえぇええええ!!」


 着弾した炎が螺旋の渦を巻きながら火柱を上げて敵を襲う。

 そしてその中心からは生きながらにして炎に焼かれ、逃げようにも魔力による炎が絡みついてその場でのたうち回ることしか出来なかった。


「何? 何が起きているの!?」


「どうしたって言うの!?」


「ベリットさん何が起きているんですか!?」


「お前ら、全員絶対目を開けるな!」


 その絶叫は耳を塞いでいる筈の全員に漏れ聞こえ、マリンやミューゼル、アレン達は何が起きているかわからず思わずベリットに縋った。

 そのベリットはと言うと瑞樹の忠告を聞かず、この状況を見届けるために耳も目も塞がずにいたが……


(これは確かに見ないで正解だったな……)


 ベリット達『雀の涙』は護衛依頼などで対人戦の経験があり、こう言う事もあると言った覚悟があるからこの絶叫の原因は想像がついたが、魔物としか戦ったことのないアレンやマリン、そして王都ではそう言う経験が無いであろうミューゼルには決して見せれない光景であった。

 それから程なくして火柱が収まると、その中心には折り重なる様に出来た黒く焼け焦げてはいるが、辛うじて性別だけを判別できる程度の遺体が残されていた。

 瑞樹がその遺体に歩み寄り持った刀を振りかぶった時、後ろから声がかかる。


「瑞樹、この一連の出来事を説明してもらえるか?」


「ベリットさん、もう暫く待って貰えますか? 片付いたら話しますので」


 それだけ言うと刀を遺体の首目掛けて振り下ろした。

 胴体と分離した頭部を確認してポーチに入れると、その後に残りの胴体と初めに殺した暗殺者も収納する。


(流石に魔物と違って、遺体をポーチに収納っていうのは気分が良く無いな……けど、依頼の偽装をより完璧にするにはこれも必要なことなんだよなぁ。アレンにも手伝わせるべきだったかな?)


 発端の一部であるアレンにも手伝わせるかと考えるも、ここまで来て今更感が積もる瑞樹はイベントは好きでも面倒ごとは嫌いだ。けど、このまま自分一人で進めてしまった方がベストと考え、既に隣に立って様子を見ているベリットに話を進めた。


「ではベリットさん、ミューゼルさんとイニアスを呼んでください」


「わかった。ちょっと待っててくれ」


 頼まれたベリットは全員の所に戻り、いまだに目を瞑っていたことを忘れ元に戻させると、瑞樹の頼みを二人に伝え連れてこようとするが……


「何で二人だけなんだよ! 瑞樹が殺すかもしれないじゃ無いですか!」


 やはりと言おうか、アレンがごねていた。

 さっきまでミューゼルを殺そうとしていた奴が呼んでいるのだ、はいそうですかと連れていけるわけないというのもわかる。


「今更瑞樹がそんな事するわけないだろう? オメーも頭の硬い男だなぁ、誰に似たんだ?」


「「じー……」」


「それはまぁ、この二年間ずっと教えていたベリットに似たんだろうな。剣筋も大分お前に近いしな。けど、俺もアレンを連れて行くのには別の意味で賛成だ」


 呆れながら答えるベリットに、ジト目で見るマルトとユミル。それとは別に、ガリュウがアレンの意見に別の角度から差し込む。


「まぁそうですね。今回の件はある意味丁度良かったのではないでしょうか? 幸か不幸か、恐らくこれで瑞樹さんが回収と報告をしてくれれば落ち着くと思うので」


「……あーそういうことね」


「え? 皆さんどういうことですか?」


 マルトがガリュウの意見に賛同を示すと、それを聞いたユミルもようやく理解するが、アレンだけは未だに考えが及んでいなかった。


「わかったよ。じゃあおめぇもな、まぁ行けばわかるさ」


「じゃあ私も!」


「俺も行きます、ベリットさん」


 ベリットがそう言うと、それに乗っかるように後ろからマリンとケニーの声がかかる。

 ずっと話が聞こえていて我慢ができなかったのだろう、アレンが行くのならとここぞとばかりに二人も割って入ってきた。


「あー、もう好きにしてくれ……」


 結局全員かよと、呆れと共にずらずらと瑞樹のもとに歩いていく。

 それを遠目で見ている瑞樹も苦笑いで出迎えているあたり大方予想していたのだろう。


「予定とは大分違ってしまったけど、二人を連れてきたぞ」


「随分と大所帯で来ましたね。まぁやることは変わらないので大丈夫なのですけど。ではミューゼルさんとイニアスは……」


 そう言いながら瑞樹は、自分が呼び出した二人を前に出てもらうよう促そうとすると、またもアレン達が立ち塞がる。


「そうはさせんぞ瑞樹! お前がそんな奴だったとは「いいから黙って見とけ!」がっっっ…………くーーー」


 立ち塞がるが、言い切る前にベリットに後ろから拳骨をもらいその場で蹲った。

 ミューゼルも心配そうにするが、これで自分に決着がつくと思えばどちらを優先すべきかは自明であろう。


「では改めて問います。いま現状、二人は引き返せない状況にあることは理解していますか?」


「「はい」」


 静かに、そしてしっかりと頷く二人を見て瑞樹が次の言葉を紡ぐ。


「そうですか。ならこのまま王都を離れても、自分たちの置かれている立場が変わらないということはご理解いただけると思います」


「「はい……」」


 そう、この二人は継承権こそ低いが、曲がりなりにも貴族家の一員だ。瑞樹はまず二人にそのことがわかっているかを理解させたかった。


「という事は、このままでは一生お二人の背には(しがらみ)というものが付いて回るということもおわかりですね? そして、特にミューゼルさん。私がここに来た理由も初めに話したとおりです」


「そこから解放れるには死ぬしかない、ということですね?」


「そういうことです」


「むぐー!! もがー!!」


 ミューゼルが覚悟を決めたその背後で、必死に止めようとするが拳骨をもらった直後からずっとベリットに押さえつけられているので、もがくだけになっていた。


「では、よろしくお願いします」


「わかりました。では……」


 そう言ってミューゼルが膝を付き目をつぶると、瑞樹が横に立ち自分の刀を上段に構える。


「うがーーー!! もがーーーー!!」


 その切れ味はアレンも知っている通り、オークキングの首をあっさり跳ね飛ばす程だし、外すこともない。

 それなのに、なぜ皆は見ているだけなんだ。なぜ誰も止めないんだと必死に講義し暴れるが、抑えは一向に解けないまま瑞樹の刀は無情にも振り下ろされた。


「…………もが?」


「ベリットさん、アレンを解いていいですよ。ミューゼルさん、ごめんなさい……大事な髪を」


「いえ、これだけで良かったのですか?」


「十分です。あと二人にはギルドカードと、今使っている剣を差し出してください」


「わかった」


 そう言うと二人は素直にそれらを差し出し、瑞樹は切った髪とともに回収する。


「これで、二人は死んだ事になりました。この先、二人がどうするかは自由です。しかし、王都周辺には寄れない事だけは覚えておいて下さい」


「「はい、ありがとうございました」」


 満足げにやりきった感を出す瑞樹、やはりそうだったかと納得した顔をする『雀の涙』、そして信じて見届けたけど、どういうことかと狐につままれたように呆然とするマリンとケニー。

 最後に、一から十まで何もわかっていないアレン……


「いや、本当にどういうこと?」


「瑞樹、説明してくれる?」


 無事、すべてを回収し終わった瑞樹はアレン達に向き直りゆっくりと話し始めた。

 ミューゼルを連れ出したあとに結婚相手が決まったこと。その相手に以前婚約者がいて、ミューゼルの従兄弟のイニアスと依頼中に命を落としてしまったこと。

 そしてその逆恨みで、ミューゼルに対して殺害の依頼をギルドに出し、ギルマスがわざと瑞樹に振ったこと。


「そんなの受けずに俺らに知らせて一緒に倒せばよかったんじゃないのか?」


「アレン君、あえて聞くけどその後はどうするんだい?」


「どうって? 来たやつを片っ端から倒せばいいんじゃないのか?」


「その次も、その次もずっと倒すのかい?」


「え……」


 アレンは瑞樹が初めから俺らに付けば話が早いと言い出すが、それをあえてマルトが聞き返す。

 結局来るやつばかりを倒すだけではずっと堂々巡りだ。

 しかも、命を狙われるという精神的負荷はいずれ日常生活にも支障をきたす。

 そこまで説明すると、マリンが何かをひらめいたように瑞樹に向かって説明をはじめた。


「そっか! だから瑞樹はあえてその依頼をうけたんだね。で、二人の所持品を受け取って死んだことにすると!」


「概ねあってるよ。こういうのは黙ってやったほうが周りに疑われずに済むしね」


 暗殺者が言っていた様に、本来はギルドには見届け人だけを用意させるつもりだったのだろう。その真意はギルマスにしかわからないが、瑞樹は指名依頼ということを逆手に取りイニアスと二人で動くことに決めた。

 決められた日数だけで達成しなければいけないと言うことを考えれば、この落としどころは上々だったんじゃないかと瑞樹は思っていた。


(終わりよければって言うわけじゃないけど、普通に魔物倒している方がよほど楽だよな)


「最後にミューゼルさん、これ預かりものです」


「こ、これは……?」


 そう言ってポーチから一通の手紙と巾着をミューゼルに手渡す。

 渡された巾着は中身の重さと感触からお金だと判断したが、その手紙の裏の封蝋を見た瞬間、整った顔が驚きの表情に歪んだ。


「伝言を預かっています。『生きろ』だそうです」


「…………はい、生きます。生き抜きます! ありがとうございます!」


 その伝言にどれだけの思いが詰まっていたのだろう。

 しかし、手紙の内容を知らずともその思いはたしかに伝わったのだとミューゼルの涙が雄弁に物語っていた。





「これが全容ですね」


「なるほど。しかし、王都のギルドマスターはなぜそんなことをやろうとしたのでしょうね?」


 その疑問はベリット達も考えていたが、結局のところわからずじまいであったが、思わぬところからその答えが帰ってきた。


「それは恐らくギルマスの自己顕示欲だと思われます。あの人はよく強くあれ、優雅であれと言っていました。支配下にいる私達がそうであれば、それが己のステータスになる。それがハルトナから来たアレン様に負けた私に我慢がならなかったのでしょう。簡単に切り捨てると共に、これ幸いにとその暗殺依頼に乗っかったんだと思われます。それが成功すればギルドに泥を塗った私を殺せる。失敗すれば、それを理由に瑞樹さんにあれこれとマウントを取れると踏んでいたのでしょう」


 とはミューゼルの意見である。


「本当にギルマスはそんなことを考えていたのか?」


「いえ、全ては私の所見です。ですが、あながち間違ってはいないと思いますわ」


 王都で生まれ育ち、清濁渦巻く政争に揉まれ、少なからずその影響下にあるギルドに席を起き、常日頃からギルマスの支配下にいたミューゼルだからこそその思惑が見て取れた意見である。

 とは言えそれも全て終わり、ミューゼルの所見も可能性の域を出ない。


「まぁひとまずは片付いたんだろ? ならそっちの心配はせずにいつも通り行こうぜ」


「そうですね。でも僕としてはアレン君にはリーダー代行としての自覚をもう少し持ってほしいところですけどね」


「はーい、賛成です!」


 ベリットが綺麗に締め括ろうとしたところで珍しくマルトからの茶々が入り、マリンがそれに乗っかる。

 事の始まりは致し方ないとしても、瑞樹が出てきてからの先程の行動には目に余るようだったらしく、ケニーも無言ながら力強く頷いていた。


「ぐぐ……あれと一緒にされても困るけど、がんばるよ」


「アレン様、微力ながら私もお手伝いさせていただきますわ」


「お、ミューがいてくれるなら安心だな。俺にもそういう目と考え方を鍛えさせてくれ」


「お任せくださいませ!」


 いや、そんな雰囲気になる様な会話をした覚えがないと、アレンとミューゼルを微妙な目で見るベリット達。

 そんな事は傍目にもかけずに馬車の後方で甘い空気を垂れ流しながら一行は、十日後には無事にハルトナに到着するのであった。



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