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実は何も解決していない

 ユミルが弓を構えていつでも撃てる準備をしている。しかし、意識は馬車の脇にいるマリンの方へ行っていた。

 そのマリンは俺のナイフで負傷したマルトを治癒魔法で治しているがもう少し時間がかかるだろう。

 そして肝心のベリットはと言うと、斬り飛ばされた傷口を布で縛り流血を遅らせている。あの様子ならこちらの戦闘には割り込んでくる心配はないだろう。


 意識を正面に戻す。

 ガリュウを真ん中にアレンとケニーが剣を構えて俺の様子を見る。少し力みすぎな気がしないでもないけど、十分に気合は乗っている。

 けど、さっきの戦闘を見たせいか攻めあぐねているのも確かだった。


「相手の観察も結構だけど、いい加減来ないのかな?」


「うるさい、今のお前は敵だ! ガリュウさん!」


「わかった、俺の後に続け!」


 そう言ってガリュウが盾を正面に構えて突っ込んでくる。

 その声を聞いたユミルは牽制射をし、アレンとケニーは……見えない。恐らくガリュウの後ろに隠れて付いて来ているんだろう。

 飛んでくる矢を左に躱してガリュウ達を横から捉えようとした瞬間、まるで吸い込まれる様に避けた俺の正面にアレンが剣を振り下ろして来た。


「もらったぁ!」


 気合を乗せた良い一撃だ。俺もそれに合わせて刀で受け止める。

 本来、刀で受け止めれば刃こぼれしそうなものだけど、武神ガレルから貰ったこの刀は素材がわからないが今まで全くもって無事だから大丈夫なんだろうとの判断だ。

 話がそれた。

 アレンの一撃を受け止めて感心していたのも束の間、いつの間にか更にその横からケニーもコンパクトな横薙ぎを繰り出して来た。


「おっと、これは……」


 ケニーの横薙ぎを避けた瞬間、またもやアレンがその先を回って攻撃して来る。そしてそれを受け止めるとまたケニーが素早い攻撃を繰り出すと言った、二人の息のあった緩急自在の剣撃を目の当たりにされた。

 俺が距離を置こうとする前に回り込んで機動力を封じる作戦、悪く無いけど、このままじゃ決定力に欠ける。


「俺たちが……いつまでも瑞樹に任せっきりだったと……思うなよ!」


「そう言う……事だ!」


 まだ何か来るはず……そう思った瞬間、二人が同時に下がり視界が開けた先には真っ赤な魔力に包まれたユミルが弓を目一杯引き絞って俺に狙いを定めていた。


「耐えてね瑞樹……【マーシャリングショット】」


 これは二年前にユミルがオークキングに向けて放った一撃だ。

 あの時とは明らかに威力が違う。弓の特性を理解して、性能をきちんと引き出せている証拠だ。

 ならこれも正面から受けなきゃ失礼ってもんだ。


「来たれ 来たれ 魔力の円環 その円環満ちて我を守護せよ……【バーサティール・シールド】」


 ユミルの必殺の矢を正面から受け止める。

 その威力はシールドを構えた俺の後方をV字に地面を削って草木を焼いた。

 これだけの威力があれば二年前のオークキングを難なく倒せただろう。と言うか、俺も死ねるんじゃないか……?

 

「やったか……?」


「いや、()ったらダメだろ?」


 凄まじい一撃で当たりが煙で充満し視界が悪い中でアレンとケニーが俺の様子を伺う。

 ユミルも正面を見据えているけど、さっきの一撃に全てを込めたのか、膝が笑っていて今にも崩れ落ちそうだった。


「二人とも、ベリットさんの代わりはできないと言ったことは撤回するよ。寧ろベリットさん一人ではこれは出来ないと言ったほうがいいね。ユミルさんも、弓の性能を引き出している様で安心したよ」


 そんな中で俺は皆の目の前に堂々と歩いて来て見せた。

 俺の使った魔法は展開した方向に対して完全な防御シールドを展開するものだ。

 ただ問題なのは、完全が故に魔力の消費が激しい事だ。

 アイラやマルトに教えたら使えると思うけど、マリンにはまだ厳しいかな。


「あれを耐えるのか……」


「さっすが瑞樹ちゃん、私の全力を受けるなんて……ごめん、ギブアップだよ」


 ガリュウが驚愕に震え、ユミルは地面にへたり込むと、アレンとケニーもどうして良いか分からずにいるが剣だけは俺の方に向け悔しそうに睨んでいた。


「アレン、ケニー剣を下ろせ。瑞樹…………俺たちには為す術はないんだな?」


 どうやら俺達がやり合っている間にマルトもベリットも回復が済んだ様だ。俺が切り飛ばした腕も綺麗にくっ付いている。

 アレンとケニーを自分の背中に隠して真剣な表情で俺の前に立つ。さっきと違うのは、ベリットの剣が鞘に納まっていることだ。


「そうですね、初めて対峙しましたが皆さんがこれだけ動けるのは正直驚きました」


「俺たちの攻撃を涼しい顔で受け流しておいてよく言うぜ」


「そこは実力差……と言うことで。それで、剣を納めていると言うことは、これ以上は戦わないと言うことでいいですか?」


 肩を窄めて答えると、俺もベリット達の意思を確認する。納刀していると言うことは、ベリットやマルトには意図が伝わっていると言うことだと思うけど、確認のためだ。


「何を勝手な……!「そう言うことだな」……え?」


「ベリットさん、何故ですか!」


 アレンの反発の声を遮ってベリットは俺の質問に答える。そうなると当然ながらケニーも抗議の声を上げる。

 それもそうだろう、ユミルの必殺の一撃を止められたとは言え、ベリットの傷は治りマルトとマリンは戦線に出てこれる様になったんだ。後衛が心許ないが、戦力的には充実している。それなのに自分たちを呼び止めて武器まで納めている姿に納得しろとは到底難しいと言うことだ。


「何故って、お前ら……俺ら全員と戦って、瑞樹が抑えれていたと思ってるのか?」


「そうですけど……諦めたらミューが!」


「アレン、こうなったら俺たちだけでも!」


「まぁ待てよ……マルト!」


「わかってるよ……さぁこちらへ」


 二人の講義に対して行動で示そうとベリットは後方にいるはずのマルトに声をかけると、マルトもそれに答える様に前に出てくる。……金髪の少女と共に。


「ミュー! ベリットさん、マルトさん……何で!」


 アレンが声を荒げるのも無理はない。俺が抹殺対象とし、アレン達が護衛対象としている本人を戦いの真ん中に連れ出しているのだから。

 けど、この場合は無視だ。いちいちアレンを相手にしていたらキリが無いし、日が暮れてしまう。


「ミューゼルさん、久しぶりというわけじゃないけど。こんな形で会うのを許してくださいね」


「えぇ、それで何故私が狙われる事になったのか教えてもらっていいかしら?」


 確かにミューゼルは知らないだろう。アレン達がオルネイト邸から連れ出した後に、入れ替わりで持たされた縁談だ。

 ただの縁談ならここまで大事にはならなかったんだろうけど。


「そうですね、それは私からじゃなくて彼から聞いてもいいのではと思います……イニアス」


 俺がそう呼ぶと、イニアスは黙って俺の横まで歩いてくる。それをミューゼルは眉をひそませ、目を細めて俺の横に並んだ男をじっと見つめると一つため息を吐いて話し出した。


「イニアス……貴方がここにいる理由は、私の死を見届けにきたと捉えても間違いないわね?」


「あぁ、そうだ……瑞樹の依頼の見届け人だ」


「それで、狙われる理由は?」


「君の嫁ぎ先がエーデンバール伯爵家のマルディン様だからだ……」


「はぁぁぁ…………なるほど。それを決めたのはきっとお父様で、依頼元は……ベルドス家ってところかしら?」


 深く、深くため息をついた後に俺とイニアスに確認とばかりに聞くが、一応守秘義務と思って肩を窄めるだけに留めておく。

 けど、そのリアクションでミューゼルは全てを悟った様だ。


「そう……冒険者は全て自己責任と言えども、あの時煽ったのは私よね……。イニアス、貴方は許されぬ恋の果てに私が死ねば満足なのかしら?」


「そうだな……一つのケジメだとは思っている。しかし、庇われて守りきれなかった俺も同罪だ。ならば俺も同じ罰を受ける義務があるのかも知れない……」


 いや、その義務って何なのさ?

 その罰を誰に頼もうとしているのかわからないけど、俺は心の中でお断りしておこう。

 そうして、二人して色々な思いを語り納得している中ではあるが、逆にそうで無いものもいるわけだ。


「何言ってるんだ、ミュー! こんな所で諦めるのか⁉︎ そこのイニアスとか言ったか? 結局自分の手を汚さずに復讐を果たした事にして逃げるのか!」


「何だと……?」


「だってそうだろう? 事情は知らないが、自分の想い人が死んでそれまで何もしなかったんだろう? それで瑞樹が行動起こしてその後ろからついて来るだけなんだから、楽な復讐だよな!」


「何も知らないくせに、言わせておけば……」


 ここに来て初めてイニアスが感情を露わにした。と言うか、剣を抜いた。

 初めて見た時も、そして昨日改めて会った時もまるで俺に興味がない様で、死んだ魚の様な目をしていたけど、アレンの煽りには我慢ができなかった様だ。


 お互いに剣を構えて対峙する。


「言わせておけば何だってんだ? 本当の事だろう? 依頼とは言え、人に復讐を任せておきながら自分は楽して想い人の後を追うなんて……楽以外の何があるって言うんだ!」


「うるせぇぇ! 何も知らない奴は引っ込んでろぉ!」


 がむしゃらに剣を振り回しながら突っ込んでくるイニアスを、冷静に剣で捌く。

 感情的に叫んでいると思っていたアレンだけど、イニアスが自分だけに剣を向ける様にコントロールしている。ちゃんと周りを見ている証拠だ。

 けど、ミューゼルやマリンは見ててハラハラするのか、ベリットに止めて欲しそうに近寄って行った。


「ベリットさん、あれは止めなくていいのですか?」


「ん? あぁ大丈夫だろ。むしろ、あれでいいんだよ」


「えぇー……本当かなぁ?」


「アレン様……」


 止めて欲しいのに、寧ろもっとやれと言わんばかりに観戦に徹している。

 更にベリットだけでなく、他のメンバーやケニーまでも剣を降ろしているのを見て、二人も見守るしかないと目を離さない様にしていた。


「叫ぶしか無いってことは、図星ってことじゃ無いのか? 確かに俺は事情は知らない。けど、あえて知った風な口を聞いてやる……」


「言うな……」


 アレンが真っ直ぐな目で見つめる。

 その口から出る言葉を予想しているのか、それとも既にわかっているのか、アレンの口を閉ざせようと更に剣による攻撃は激しさを増す。

 しかし、イニアスの剣の腕は俺も一度見ているが、お世辞にも上手いとは言えない。二年前の会ったばかりのアレンに毛が生えた程度と言えるだろう。

 その程度の攻撃だからアレンの『口撃』を許してしまう。


「いや言うね…………君の想い人は復讐を望んで君を庇ったのか? そして後を追えと言ったのか?」


「クソがぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そして、イニアスの上段からの斬り下ろしの瞬間……アレンは剣を手放し、懐に飛び込んで正面からイニアスの剣を受けて見せた。


「アレン様!」


「「アレン!!」」


「ぐっ……」


 ミューゼル達が叫ぶ中一瞬くぐもった声を出すが、イニアスの剣はアレンの革の鎧を斬り、肩口に食い込んだ所で止まった。


「お、お前何で……」


 自分から斬られに行ったアレンに驚き、自分の剣を伝って流れる血を見て思わず剣を手放してアレンを支える。


「た、確かにお前の事情はわからん。けどな、何も出来なかったお前の悔しさはわかってやれるつもりだ……ぐっ」


「それだけの為に……」


「それだけだなんて言うなよ……死者を美化するのは構わない。けど、その人の思いを胸に生きるのがお前の役目だろ? なら、お前の道はこれからだろ! もっと前を見ようぜ……」


 それだけの為に、たったそれだけの為に剣を手放してイニアスの懐に飛び込んだアレン。

 けど、それがイニアスに響いたのか、顔を上げミューゼルに向ける目はさっきの様な悲壮感はどこにもなかった。


「ミューゼル、今まですまなかった。俺自身、どうする事も出来なかったとはいえお前に向ける感情ではなかった。それに、お前が俺のために叱咤して訓練場へ出向いていた事もわかっていたはずなのにな……」


「そ…………そんなの(わたくし)の気まぐれですわ! ……でも、こちらこそ申し訳ないとは思っているわ……」


 そう言いながら自分の為に戦ってくれたアレンのもとに寄り添う所を見ると一応の決着が近いと見て取れた。

 けど、まだ問題もある。


「瑞樹、俺にはもう見届け人としての役割は果たせない」


「そう、それは困りましたね……私の依頼はまだ達成してないんですけどね」


 俺はそれだけ呟くと、周囲の空気がまた変わった。

 そう、それは何も解決していないと言う事だ。

 俺の依頼はミューゼルの抹殺だ。イニアスとミューゼルの(わだかま)りが溶けたと言うだけで、根本的な所の依頼は達成できていないのだ。


「瑞樹……お前本当に……」


「まぁ待て、その前にお客さんだ」


 アレンが回復魔法をかけて貰って何とか動かせる様になり俺に話しかけるが、その会話にベリットが割って入った。


「ベリットさん、お客って……」


「さっきからずっといるんだろ? 出てこいよ」


 ベリットの言葉で木の影から黒ずくめの三人組が姿を表すと、俺以外の全員が警戒態勢に入った。

 実はこの三人、この騒動の初めからいたりするのだ。


「貴方達が本来の見届け人、もしくはミューゼルさんを抹殺する人達って事?」


「そう言う事だ。お前が失敗した場合の保険となっている」


 失礼な言い方だとは思うけど、落とし所としては申し分の無いのが来たかな。

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