清々しい一撃
「瑞樹様、お館様がお会いになるそうです」
そう言われて入ったのははオルネイト家の客間だ。
本当は依頼書を持ってそのままカウンターで依頼を受けようと思ったんだけど、気になる文面があったから通さずにここに来たわだ。
「わ、私の娘、ミューゼルの情報を持っていると言うのは貴様か?」
「初めまして、オルネイト子爵。ハルトナの冒険者、瑞樹と申します」
「き、貴様の名前などどうでも良い、我が娘の情報と言うのを教えてもらおうか。む、無論偽り無く全てだ!」
一見、俺に向かって高圧的に話しているように見えるが、娘のミューゼルの事がよほど心配なのだろう、その顔や仕草の端々に落ち着きのなさが窺えた。
そんなオルネイト子爵の内心を察したか、その傍にいる美青年が前に出て来た。
「父上落ち着いてください……ここは私が代わりに。父上の失礼な物言いを謝罪する。私の妹でもあるミューゼルの失踪に気が動転していて落ち着いて話せないようだから、長男である私、コルデアが代理で話を聞こう」
長男と言う事は、次期当主か。現当主とは違って落ち着きがあって話しやすそうだ。
「話す前に聞いておきたい事があります。ミューゼル様の失踪に心当たりはありますか?」
「そうだな……恐らく妹は父が無理やり決めてくる婚約者が嫌で逃げ出したとしか考えられないな……」
うん、アレンの事はバレてないっぽい。それならそれで隠し通して行けば良いな。
そう思っていたら、コルデアは更なる一言を付け加えた。
「けど、ギルド本部で手に入れた話では、模擬戦を行ったハルトナの田舎冒険者に一目惚れしたっぽい情報も手に入れている。きっとそいつ逃がしたに違いない! ミューゼルが可愛いから唆したんだ!」
前言撤回、ここままじゃアレンが捕まって拷問にかけられる可能性が大きい…………取り敢えず話題を逸らさないと。
てかこの美青年も失礼だな。出身を名乗った俺を目の前に田舎冒険者と言いきりやがった。
くそぅ、聞く耳を持っているだけマシと思ったほうがいいのか……?
「でも、その人が乗った乗合馬車にはいなかったのですよね?」
「よく調べているね。更にそれと一緒にいた可能性のあるモール商会という、これまた田舎商人の荷馬車も調べさせたんだがね。やはり何も出なかったそうだ」
「へ、へぇ……それで、わずかな情報でも欲しいと……」
やべぇ、この親子を今すぐ殴り倒したい……けど、今はまだ我慢だ。
「では……ミューゼル様が命を狙われる心当たりはおありですか?」
しかし、俺のその一言を聞いて長男の顔が険しくなり、元々落ち着きがなかったオルネイト子爵は更に慌てふためき出した。
「どど、どう言う事だ⁉︎ 何でミューゼルが狙われなきゃ行けないのだ⁉︎ 貴様か? 貴様が狙っているのか⁉︎」
「父上、落ち着いてください。命を狙っている人が屋敷まで訪ねるわけがないでしょう? 瑞樹とか言ったか? 続きを聞かせてもらっても良いか?」
いや、オルネイト子爵が正解だ。けど、まだ依頼を完全に受けていないから、半分ってところか。
興奮して詰め寄ってくる父親をコルデアが抑えて続きを促した。このおっさんがいると話が前に進まんな。
「ある情報筋で、ミューゼル様の命が狙われている事が判明しました。しかし、今まで冒険者をして塀の外へ頻繁に出歩いているミューゼル様が急に命を狙われるなんて言う事は難しいと考えます。となると、直近で何かあるとすれば、ギルド本部で騒動なのですが、あれはどちらかと言えばミューゼル様にとってのマイナスでしかありません。となると、あとは…………」
「父の選んで来た婚約者候補との関係性か…………父上、婚約者候補とは一体誰なのですか?」
まさか命が狙われているとは思っていなかったのか、コルデアが狼狽する父親に詰め寄って問い詰める。
しかし、それは父親であるオルネイト子爵も同じ事だ。まさか命まで狙われることになるとは思ってもおらず、しかも知らされるまでただ居なくなったとしか考えていなかったのだ。
「え、エーデンバール伯爵様の次男のマルディン様だ……歳はまだ十五だが、なかなかの非凡な方だ……」
俺には名前を聞いてもわからんが、隣にいるコルデアはそうでもなかった。
少しだけ考え込むような素振りを見せ、お俺の方に視線を移したかと思うとその向こうにいる父親に辛辣な言葉を投げかけた。
「父上……確かに政略結婚という観点で言えばエーデンバール家は良いかもしれません」
「そ、そうだろう! マルディン様と顔を繋げれば、我が家もこの先の未来を見据える事ができるのだ!」
「それがダメだと言うのです。マルディン様の許嫁が誰か忘れたのですか⁉︎ そして……」
ダメだ、話が全く見えない。
「すいません、コルデア様。取り敢えず、結論だけ伺ってもよろしいですか?」
「あぁそうだね。ミューゼルに殺しの依頼を出しているのは…………十中八九……ベルドス子爵家だ。ベルドス子爵の次女にサンティアと言う快活な娘がいたんだが。その子はかつてマルディン様と許嫁だったんだ……」
あー……なる程ね。
そのサンティアって子が亡くなってしまって、そこに自分の娘を当てがおうとしていたと言う事か。
でもそれでミューゼルが狙われる理由には遠いな。
「でもどうしてミューゼル様が?」
「ミューゼルが問題じゃないんだ………実はサンティア様は冒険者として修行もしていて、半年ほど前に私たちの分家にあたるイニアスと言う同じ歳の冒険者と一緒に依頼に出ているときに魔物に出くわして……それでイニアスを庇ってサンティア様だけ亡くなると言う……ね。わかるかい?」
向こうにとっては自分の娘が分家の子供を庇って死んでるのに、本家の娘を当てがおうとしている……と。
まぁ図的にはそう見えるんだろう。
「で、その辺も考慮せずにオルネイト子爵様はその話を取り付けてくると。どうやってとかは聞きませんが、考えが足りなさ過ぎますね。せめてコルデア様に相談されてもよかったのではと考えますね」
「おや、初対面の私を随分と買ってくれているようだね」
「この短時間のだけのやり取りを見ても、計り知れると言うものです」
いや、父親が酷いだけに息子がよく見えるだけと言うことにしておこう。
それに情報を持ってきた客の前で見せる態度じゃないよ。これなら初めからコルデアが対応してくれたほうが話がスムーズに済むってもんだ。
「瑞樹の話を信じるとして、ここからはオルネイト家の問題だ。今、謝礼金を……」
「そのお金は必要ありません」
謝礼金を用意させようとするコルデアに言葉を被せながら断る。
貴族に対して失礼かと思う対応だけど、ここで必要なのはお金じゃない。
「その代わり、情報と温情を頂きたく存じます」
「情報と温情?……何のだ? いくらミューゼルの為の情報を持って来た貴様とて、その内容によってはタダで帰すわけにはいかなくなるぞ?」
コルデアの目つきが変わる。それはそうだろう、ただ情報を持って来ただけの冒険者ならそれに見合ったお金を渡せば喜んで帰るだろう。
コルデアの瑞樹に対する評価も察しの良い冒険者程度だと思っていたら、要求が違っていた為に思わず牽制の言葉を投げかけてしまっていたのだ。
「そうですね……この要求が過大と捉えるか、それ相応と捉えるかはコルデア様そしてオルネイト子爵様、あなた方第です。何故ならこの先の私の言葉はミューゼル様の安寧につながるかもしれない言葉だからです」
「貴様……何者だ? ただの冒険者がこの様な情報を掴んで来るわけがないと思っていたが……まぁまずは要求を聞こう」
コルデアがギュッと握りしめる拳を見逃さなかった。本来なら俺を捕縛して無理やり情報を吐かせたいのだろう。実際、コルデアの後ろにいるオルネイト子爵は今にも俺に掴みかからんとしているしな。
現状、ミューゼルが見つかっていない以上、解決策は俺の一言にかかっているのだから。
「まずは温情と言いましたが、これは私にではなく、ミューゼル様にです。実際ミューゼル様は逃亡しました。しかし、そこは問題になりません。問題はオルネイト子爵様による失策です。先ほど話された様な事情であれば、今後ずっとミューゼル様は狙われるでしょう」
「そうだな、続きを話せ」
「ならば、婚約を取り消しではなく、一層の事殺してしまいましょう」
「貴様っ!!」
そりゃ血相も変えるだろう。今さっきまで解決法を聞かされていると思えば、まさか殺そうなどと言われれば誰でもそう言う反応になる。
けどそれこそ早まるなと言いたい。
「話はここからです。殺すと言いましたが、『殺したと言うこと』にしましょう。今の私にはそれが可能な位置にいます」
「可能な位置とは…………まさか!」
お、冷静じゃない様に見えて、俺の立ち位置に気づくとはやるね次期当主。
「えぇ、そのまさかです。その依頼を指名されたのがこの私です」
俺の言いたい事が見えて来たコルデアは深く深呼吸して握手を求めて来た。
「この一件、全てを君に……」
「貴様がミューゼルを殺すのかーーー!! そうはさせんぞーー!!」
そういって歩み寄ろうとした瞬間、遂に暴走したオルネイト子爵が斬りかかってきた。
俺にとってはその程度の攻撃なんて止まっている様に見えるから避けるのは簡単だし、ちょっとは落ち着けよと突っ込みたい。
が、ここに来て遂に息子のコルデアがキレたようだ。
「てんめぇのせいで話が進まない上に拗れるじゃねぇかーー!! 暫くすっこんでろや!!」
そう言ってコルデアの後ろから剣を抜いて振り上げるオルネイト子爵を、彼の方を振り向き様の勢いでそのまま殴り倒してしまった。
そして自分の息子に殴られると思っていなかったオルネイト子爵は、モロにカウンターを受けて派手に転がりそのまま気を失ってしまった。
「じぃ、こいつを寝室に隔離しておいてくれ!」
「かしこまりました」
ハンドベルを鳴らして執事を呼び、自分の父親をこいつ呼ばわりして追い出してしまった。
一応現当主だぞ、大丈夫か?
「あーあ……大丈夫なのですか?」
「あぁ、問題ないさ。寧ろスッキリしたと言ったほうがいいかな。さぁ話の続きをしようじゃないか」
俺の心配をよそに振り返ったコルデアのその顔は、やり切った感の清々しい笑顔に満ち溢れていたのであった。
まぁさっきからいない方が話が進んでいいと思ったのは確かだけどね。
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