そうだったのかー
次話投稿します
「会長、初めから壊れていたってどう言うことですか⁉︎」
カナンの驚きも無理はなかった。ハルトナの領主であるメルトリアに献上する予定だったものが、壊されてしまったなどと言えるはずもない。
それが例え自分達が壊していなくとも、こうなる事を予想していればあらかじめ壊さない所へ逃しておく事もできた筈だ。
ならば事のあらましを素直に伝えて、謝るしかないだろう。せっかく瑞樹が繋いでくれた得意先をこんな事で潰されてしまうかと思うと……と思っていた矢先のモールの発言であった。
「この情報は知る人が少ないほど成功率が上がるために、私とソレイユ様、そして瑞樹さんしか知らない事でしたので。要するにこうなる事を予想していたので、私とソレイユ様で一芝居打ったわけです。言い換えれば出来レースです。」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
出発は遅れるわ、積荷は荒らされるわ、大事な置き時計は壊されるわで散々だったのは全てモールとソレイユの想定内だった事にカナンは愕然とするばかりだ。
「じゃ、じゃああのミスリルの置き時計は……?」
「あれは元からソレイユ様の物ですよ。あの方が昔うっかり壊してしまったらしくて、それをそのまま利用したのですよ」
「ひょっとして私が積荷がとヤキモキしている間は……」
「面白いほど事が運ぶなと、ソレイユ様と私は心の中で細く笑んでましたね。いやはや、あぁも上手く事が運ぶと後が怖いですね」
「せめてあの場にいる私だけでも教えてくれてもよかったじゃないですか……?」
「そう言うなって、出来レースがバレてその裏で何かあるとバレちゃ元も子もないんだからな。それにしてもあの有名なソレイユ様とモールさんが知り合いでしたとは」
そう言って抗議するカナンの横から声がかかる。
今回ハルトナまで一緒に護衛するパーティー『雀の涙』である。
実は、瑞樹達がハルトナを出発して僅か二日後に王都までの護衛依頼でモール達を追いかける様に向かい、無事に依頼が終わったその足でモール商会へと向かい、戻りの依頼を受けたのであった。
王都に用事がないならそのままハルトナへ戻る依頼を受けた方が効率的に良いため、基本的にこの方法を取る冒険者が大多数である。
「知り合いと言うほどではないでしょうが、王都に着いて直ぐに顔を知る機会がありましたので」
「それがさっきの奴だったと?」
「そう言う事ですね、着いたときにもあのホルターという衛兵が瑞樹さんに絡んできましてね。その時に助けて頂いたのがソレイユ様という事です」
なる程、と納得すると同時に、ずっと黙っていたユミルやガリュウ、それにマルトもそれならとモールに質問する。
「えっと、それでバレたらいけない物って何なのですか?」
「そうですね。そろそろ教えてくれてもいいと思うのですが」
「ベリットは知っているのか?」
「一応な、俺も直前に知らされた口だ」
『雀の涙』の一同の視線がモールに集まると、当のモールも辺りを見回しカナンに指示する。
「そうですね、この辺りまできたら大丈夫でしょう。カナンさん、そろそろお願いできますか?あそこでは窮屈ですし、荷台から顔を出さなければ大丈夫でしょう」
「わかりました」
カナンは御者台から荷台に移ると荷台側の一番前部分、御者台の椅子の真下の板をずらし蓋の様に開けると、中から金髪の少女が出てきた。
言わずもがな、ミューゼルである。
「大丈夫ですか? 王都からだいぶ離れましたが、あまり大ぴらに顔を出すのは控えて下さいね」
「えぇ……でも流石に門の所ではもうダメかともいましたわ……」
門での一件の事を思い出して涙目になるミューゼルに、事情を知るモールとカナンは同情しかなかった。
それに対して、まさか人を匿っていると思っていなかった四人は驚きを隠せないでいる。
「ベリットは知られてるんじゃなかったの?」
「いや、まさか女の子だとは思っていなくてな。まぁでも今回の依頼は、この子の分の依頼料も別口で支払われるからしっかりやるぞ」
ベリットを含めた四人は事情の詮索はしない。
冒険者としての暗黙のルールだが、モールが了承し決めた事をベリットに持ち掛け、ベリットもそれに賛同し引き受けた。
お互いを信頼し合っていないとこの構図は成り立たない。
それでもモールは全員にことの成り行きを一から順に話し、この先の宿場町にアレン達も待っている事を話したら、何故かベリットは指を鳴らし始めた。
「アレンのやつやるじゃねえか」
「そうね、でも何で指を鳴らすのよ?」
「いや、向こうで会ったら鍛え直してやろうかと思ってな」
「支離滅裂ですね……それに依頼中ですから、そう言うのはハルトナに戻ってからにして下さい」
ベリットのよくわからない言動に、ユミルとマルトは突っ込みつつ荷台の奥から顔を覗かせるミューゼルの方を見る。
ミューゼルも、アレンの名前が出るあたり知り合いなのだろうと推測はできるが、誰が敵か味方かわからない今の状況で全てを信じるのは難しい。だからこそか、アレンが信用して預けてくれたカナンに必死に視線を送った。
「ミューゼル様、この方達はハルトナでもベテランのパーティーで『雀の涙』です。私達の商会でも信用に足りる方達ですので大丈夫ですよ。何せリーダーのベリットさんは、アレンさんの剣の師匠に当たる方ですから」
「アレン様の師匠なんですか⁉︎ その様な方とお会いできるとは……皆様、今回は護衛を引き受けて頂きありがとうごおざいます。ミューゼル・フォン・オルネイトと申します。どうかハルトナまでよろしくお願いします」
「……様?」
『雀の涙』四人の声が一斉に揃った。
今回の護衛対象が貴族の少女と言うよりも、その貴族が平民の自分達に頭を下げるよりも、アレンの事を『様』付けする方が衝撃が強かった様だ。
「なぁ、アレンのどこに『様』付けする要素があったんだ?」
全員一致の疑問をリーダであるベリットが代表して声に出す。
ベリット達のハルトナでのアレンの評価といえば、やっと一人前になった程度の認識だ。
瑞樹達のパーティー『エレミス』は瑞樹以外の三人は『雀の涙』を師事している。
アレン達はこの二年で確実に実力を付け、ギルドの中でも有望株となっているが、それでもベリット達からしてみればまだまだと言う評価であった。
そのアレンに敬称を付ける貴族がいるのは驚きを通り越して寧ろ美人局や詐欺では無いかと疑ってしまいそうだった。
「嫌悪を向けて敵対した私に対しても優しい配慮をされ、それでも尚勝てる実力。そしてギルドの最高権力者である、ギルドマスターに対しても物怖じしない姿勢。確かに師匠であるあなた方にはまだ遠いかもしれませんが、それでもアレン様はいつか大成する方ですわ。そんな方に惚れるなと言う方が無理に決まっていますわ」
そんな疑惑の目も、追われている事も些細なことの様に、自分の世界に浸りながら語り出すミューゼルに御者台で黙って聞いていたモールがそっと援護をする。
「ははは、恋は盲目と言いますしね。アレン君が言いますには、初めて会った時はとんでも無く口が悪かったそうですよ。けど、根はいい人と言うので、瑞樹さんとアレン君の話に乗ったわけです」
「いや、まぁ良いんですけどね」
同性としてユミルは一目惚れとかの経験も無く、皆とひたすら冒険を繰り返していたから、ミューゼルの心酔っぷりが少し羨ましく見えた。
ならば、無事にアレンと合流をさせてやり、ハルトナまで送り届けてやるかと思いミューゼルに優しく声をかけた。
「ならまずは、アレンと合流を果たさなきゃね。私はユミルよ、よろしく」
「そうですね、僕はマルト」
「ガリュウだ」
「そしてリーダーのベリットだ、よろしくな」
「改めてよろしくお願いします。ミューゼルですわ」
全員の心が一致団結した頃、街道の先に宿場町の外壁が見えてきた。この街道は魔物はほとんど出なく比較的穏やかなので、出発が少し遅れても今日中に着くことはわかっていた。
だからこそ、モール達はのんびりと話しながら進むことができたのだが、どうにもそうで無い人たちが少なからずいた様だ。
「皆さん、今日の宿場町が見えてきました」
モールの声に全員が先を見ると、その門の側に数人の人影が見えた。
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