モールとソレイユ
今回も三人称視点になります
王都を守る城壁では出門による手続きでいくつか列が出来ていた。
冒険者が依頼に行くのに冒険者カードを見せるだけで簡単に通過できるのに対して、乗合馬車や商人達の荷馬車はそう言うわけにもいかなかった。
これはハルトナでも同じく、違法な薬物や盗品や人攫いの出入りを厳しく検査するためである。
けど、今回のモール達の荷馬車に対する検査は些か度を越えていた。
「これは一体どう言う事ですか⁉︎」
モールが声を上げるのも無理はない。通常一つの荷馬車に対し大体一人か二人で検査するのだが、モールの荷馬車にはどう見ても五人は付いていた。
「モール商会のモールだな? 先日貴族の令嬢が拐われ、この馬車に乗せられていると言う知らせが入っている。故に積荷を改めさせて貰うが構わないな? やましい事がないのならば問題ないはずだが?」
ニヤニヤしながら言ってきたのは、王都に来る時に立ち会ったホルターと言う男だった。
このタイミングでこの男が出張ってきたと言う事は、その知らせが入ってきた時に立ち合いを自主的に申し出たのだろう。
「わかりました、積荷の確認をお願いします。しかし、中には大事な荷物も含まれますので丁重に扱って下さい」
「そう言って俺をビビらせようとしてもそうはいかんぞ。中を見るぞ!」
そう言って、馬車一台に五人と言う異例の検査に、何事かと周りの注目を集める事になってしまった。
思わぬ注目にホルターは舌打ちしながらも残りの四人と共に荷台に上がって行った。
「会長、積荷大丈夫ですかね?」
「こればかりはね。でも、これだけ人の注目を集めてやり過ぎるとなると、彼も後に引けなくなりますね。そうなるとこちらも少々危なくなりますから。予定ではもうそろそろの筈なのですが……」
カナンは自分の質問に対してモールが他の事を気にしている様だが、目の前の出来事を目の当たりにして黙っている訳にもいかなく前に出ようとした所を止められた。
「皆さん、積荷を引っ掻き回すような事はしなくても十分検査は可能では無いのですか? それに先程も言いましたが、大事な荷物もあります。それに傷つくような事があれば、あなた方全員で弁償してもらう事になりますが、よろしいですね?」
モールも流石に積荷を漁られ過ぎると今後の商売に影響が出るため荷馬車に近寄り注意を促すが、逆にそれがホルターの神経を逆撫でする事になってしまう事になった。
「あぁ⁉︎ 何か見られて困るようなものがあるのか? 傷が付こうが出るものが出りゃそれで終いなんだよ! そうすりゃ俺達がわざわざこんな事をしなくてもいいんだからなぁ!」
そうやって乱暴に言い放ちながら積荷を漁る行為を流石に周囲の人たちも看過できなくなってきたのか、「乱暴だ!」「やり過ぎだ!」「職権濫用だ!」と声を発する人たちも多くなってきた。
そして止めとばかりにモールとホルターに声をかける人物が登場した。
「モール殿すまない、少々遅れてしまった」
人混みと喧騒の中でも良く通る声の方を振り向くと、そこには数日前にも訪れた際に世話になったソレイユがいた。
そして登場と同時にモールまでの人混みが真っ二つに割れ、その真ん中を優雅に歩いてモールのそばまでやって来るとこの状況に対する疑問を口にした。
「これは何の騒ぎですか?」
「ソレイユ様、えぇ実は私の荷馬車に嫌疑がかけられているようで……中には大事な荷物もあると言うのに……」
それを聞いたソレイユは「ほほぅ」と一言言うと、未だに荷馬車を荒らしているホルターの元まで歩いていくと素直な疑問を口にした。
「仕事熱心だなホルター、目当ての物は見つかったか?」
「こ、これはソレイユ様。今回はオルネイト子爵様から王都警備隊への捜索願が出ているためこのような事になっており、正式な取り調べですので邪魔立てはしないで貰えますかな?」
ソレイユを見て若干の焦りを見せるものの、今回は正式な依頼と手続きを通していると言って書状を突きつけて見せた。
それを受け取るソレイユも「確かに」と書状を確認するも、「しかし」と付け加えてホルターを見据えた。
「先程貴様が乱暴に扱った木箱から嫌な音がしたが、中身は大丈夫か?」
「何をおっしゃいます。これは正式な捜索ですよ。オルネイト子爵様の令嬢が見つかればそれで全て解決ですよ」
「では見つからなかった場合はどうする? モール殿、あの木箱には何が入っている?」
「あの木箱には、ハルトナの領主様へ贈る純ミスリル製の置き時計が入っています。大事な荷物があると言ったのですが、あの有様ですね」
純ミスリル製の置き時計。一般の平民には馴染みはないが、一部の裕福な平民や貴族の間では時計と言うものが大変人気だったりする。
普通の壁掛け時計や置き時計でも重宝されるが、それがミスリルとなると細工の差異があれど、その見た目の美しさや魔法金属故なのか時間の誤差が全く出ないという正確さで、一生をかけてでも手に入れたいと言う人もいる位だ。
そんな木箱は今や真横を向いていたりする。
モールとソレイユの会話を聞いたホルター以下四人の隊員の動きが一斉に止まる。
「お、おい俺を脅そうなんてそうはいかんぞ? この様な平民の荷馬車に、その様なものはあるわけなだろ?」
「では、中身を確認しましょう」
そう言ってモールが荷馬車から木箱を持ってソレイユの元へ行くと、カナンを含めた三人で中を覗き込んだ。
「…………ダメですね。完全に壊れてます」
「あぁ、どう見ても壊れてるな」
「これ、直るんですか?」
「直すにしても、相当な額だな。何せ技師が大陸に数人しかいないって話だからな。で、ホルターよ、令嬢が見つからない今、これをどう説明するんだ?」
モール達との会話の雰囲気から一変、ホルター達を向くソレイユの目は冷たく冷え切っていた。
「あ、いえ、まだです。これから見つけるんです。そうすれば全ては……」
「解決するとでも思っているのか? そもそも、数日前にも衛兵とは王都の顔だと言わなかったか? …………貴様の行為は王都どころか陛下の顔までも泥を塗る行為だとまだわからんか!」
「ひぃ! ……お、お許しを!」
肩を震わせながら激昂するソレイユに、ホルター達どころかまるで関係ない衛兵達までも直立不動の姿勢になった。
「モール殿、カナン殿本当に申し訳ない。荷を整理しておいてくれ、その間にハルトナ領主宛の手紙を認めておく。そしてこいつらの始末は今私に一任してくれると嬉しいのだが」
モールとカナンに深々と頭を下げると、この一連の出来事の処理を任せて欲しいと願い出た。
二人は顔を見合わせると、どちらからとも無く頷き合いモールは二つ返事を返した。
「ソレイユ様になら安心してお任せできます。この時計の事もこちらから追って返事を書きますので……」
「あぁよろしく頼んだ。そこの衛兵達、この四人を連れて行け!」
ソレイユに命令された衛兵達は、抵抗し言い訳を叫ぶするホルター達を縛り上げ、先頭を歩くソレイユの後について行った。
「さぁカナン、私たちも荷物の整頓とチェックをしましょう」
そして、小一時間程で全てのチェックが終わり、異常がないことを確信し終わる頃にはソレイユもモール達の所に再び顔を出した。
「ではモール殿頼んだぞ」
「お任せください。……差し出がましい様ですが、よろしかったのですか?」
「ん? あぁ構わんさ。国の事を思えばだ」
「さようでございますか。出過ぎた意見をお許しください」
「気にするな、さぁ大分遅れている。早く出発するといい」
「ありがとうございます。では!」
そう言ってモール自ら手綱を握ると、荷馬車を引く二頭の馬も足早に門を通過して行った。
「あの、会長? さっきの時計の事なんですけど、あれどうするんですか?」
王都を離れて少しした後、カナンは先程の出来事での疑問をぶつけた。
出発する直前のよくわからない会話など聞きたい事はいっぱいあるが、まずは置き時計のことが気になった様だ。
「あぁあれですか、まぁ一応当てはあるのでこのままハルトナまで持って行きますよ。それに……」
「それに?」
「初めから壊れていた物ですからね」
「…………えぇぇぇぇ〜〜〜〜⁉︎⁉︎」
まさかの衝撃的な事実だった。




