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ミューゼルと荷馬車

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「ミューゼル様、朝食です。貴族様のお口に合うかわかりませんが」


「ありがとうございます、カナンさん。ご迷惑おかけしている立場なので、わがままを言うつもりはありませんわ」


 瑞樹がアレン達を見送った次の日、ミューゼルはまだ王都の中にいた。

 執事のヨーゼフが屋敷から逃し、目立たない場所で降ろされてアレン達の案内で向かった先は、モール商会の倉庫だった。

 倉庫街にそれなりの大きさの倉庫を持つモール商会。申し訳程度に設えてある仮眠室に身を隠すミューゼルは、モール商会の女性従業員、カナンから出された朝食を文句を言わず受け取った。

 王都で平均的な暮らしをする人間なら誰でも食べるであろう、パンと果実水である。

 屋敷で寝起きしていた時に出される朝食はそれなりに良いものを食べていたが、今食べているパンが不満と言うわけでは無い。

 それはミューゼルが冒険者という所に起因していた。いくら貴族の冒険者といえど、一日がかりとまでは言わないまでも、こなして戻れば昼越えるような内容の依頼も多数ある。その様な時に食べるのが、今まさに出されている様なパンであった。


「…………あ、あの何か?」


 ミューゼルが食べている間、朝食を持って来たカナンがずっと視線を向けていた。

 流石に見られながら食べるのが辛くなって来たために、ミューゼルの方から声をかけたのだ。


「いえ、貴族様でも同じものを食べるのですね?」


 初めに手渡した時、簡素な食事内容にきっぱりと拒絶されると思っていたのだ。

 その為、初めに渡した時も嫌味の様に言ったのだが、それをあっさりと受け取り、あまつさえお礼まで言われるとは思っていなかったのだ。


「先ほども言いましたが、こちらがご迷惑をおかけしている立場ですので、文句を言うつもりはございませんわ。このくらいの非常食は食べ慣れています」


「ひ、非常食……」


 普段から自分達が朝食で食べているパンが非常食。この辺りが貴族との差であった。

 それでも文句を言わず食べてくれているミューゼルに、こめかみをヒクつかせつつもぐっと堪えて、この後のことについて説明を始めた。


「コホン、そのまま食べながらで良いのでお聞きください。この後、ミューゼル様には出発準備をされている荷馬車に荷物と共に乗ってもらい、そのまま王都を出発します。そして一日目の宿場町である、ファスタンで待っているアレンさん達と合流して翌日から再びハルトナを目指すことになります」


 アレンと合流できる。カナンの一言に反応し、沈みかけていた心が再び浮上する。

 さっきも朝食を受け取り謙虚な姿勢で食べてはいたが、昨日アレン達と別れてからさっきまで不安に押し潰されそうになっていたのだ。追っ手を撒くのに色々と手を尽くしてくれているとはいえ、王都の中やその周辺はまだ向こうのテリトリーの中だ。いつここにも追っ手が来るかも判らない、その中で間接的にとは言え自分の想い人の名前が出てくるのは嬉しい事だ。

 今日を乗り切れば夕方頃にはアレンに会える。その為に今は指示を聞いて確実に行動するしか無いのだ。


「わかりました。とにかくあなた方の指示に従います」


「まぁ大丈夫でしょう。モールさんと一緒に私も聞きましたが、乗り切れると確信しています。その為に急増とは言え、荷馬車まで改造しているので」


「私の為にそこまでして頂いて、このお礼はいつか必ずしますので……」


「えぇ、その時にはぜひモール商会をご贔屓に! それに、改造の費用は頂いていますし、確かにリスクは大きいですが他ならぬ瑞樹さんからの依頼、そして先行投資という事もありますので!」


 そこは商人、自分のお得意様になる人から持ち込まれた案件ですら、後の利益にも繋げようとする逞しい商魂だ。


「カナンさん、先行投資とは?」


「私たち商会が、今後の利益につながると判断した方に対しては優先的に投資していくと言うことです。今回のことで言えば、この計画を立てた瑞樹さんとミューゼル様ですね。ミューゼル様を無事に送り届けると言うお願いを、計画と資金を込みで持ち込まれました。貴族を隠して移送すると言うのは大変なリスクですが、まぁ瑞樹さんの信用とこれからの事も含めて引き受けたわけです」


 この数日で、たびたび出てくる瑞樹の名前。

 初めて会った時は、地味な格好で煽っても直ぐに引いた()でミューゼルの印象は薄かったのだが、実際はアレン達のパーティーリーダーで、ソレイユとも物怖じなく話し、更にそれなりに大きな商会とも懇意にしている。

 そうなると、否応にも興味と疑問が湧いてくる。


「あの、瑞樹さんと言うのは何者なのでしょうか……?」


「そうですね、初めて会ったのは二年と少し前ですね。当時、モールさんと一緒にハルトナへ移動中だった時に魔物に囲まれまして、護衛の冒険者もいましたが、多勢に無勢だった所に瑞樹さんが空から降って来まして」


「空から……?」


「えぇ、どうも遺跡の強制転移に巻き込まれたらしく、それで丁度私達のところに飛ばされまして、そのまま加勢してくれまして。そこから色々と懇意にしてくれまして。ハルトナのギルドマスターとも顔の繋がりがありまして、良くしてくださいます」


「なるほど……随分と顔の広い方なのですか?」


「私も詳しくはわかりませんが、依頼は、討伐・採取・巡回など幅広く受けているらしいので色んなところで顔を覚えてもらっているっぽいですね」


 ミューゼルの思っていた瑞樹の人物像は、地味で田舎者で簡単に人に道を譲ると言う、典型的な王都の貴族が他者を見下すだろう考えそのままであった。

 あったが、カナンの説明で色々と自分の思っていたものとは違うことがわかり、更にこの後衝撃的な事実を知ることになる。


「ちなみに二年前にハルトナであった、事件の事は知っていますか?」


「確かランク『S』のオークキングがハルトナを襲撃したと聞いているわ」


 大筋は大体合っているが、そこは深掘りすべき所じゃないとカナンはスルーし続きを話し始めた。


「大体それで合ってます。その時にも瑞樹さんは大活躍しまして、なんとオークキングと真っ向から立ち向かって一人で倒したらしいんですよ! しかも最後は一撃で首を跳ねたと言いますから凄いですよねぇ」


「…………え? あの、それって誰かから又聞きして誇張されたのではなくて?」


 自分より年下っぽい背の低い少女が、身の丈四メートル以上もありそうなオークキングの首を跳ねるなど眉唾を通り越してデマなのでは無いかと疑ってかかってしまうのも無理はなかった。

 しかし、そんなふうに言われてもカナンは自信満々にミューゼルの言葉を否定した。


「いえいえ、その襲撃に立ち会った冒険者さんから直に聞いた話ですので、間違いはないですね。そんな瑞樹さんと早くに出会えたモールさんは幸運と言えますね! 現にそのお陰で瑞樹さんの紹介で、顧客の幅も広がりましたので。ちなみに一番の顧客はハルトナの領主様で、瑞樹さんは領主様のお気に入りらしいですよ!」


(あの人そんなに凄い人でしたの……? じゃあギルドで出会った時は猫を被っていたのかしら? いえ、それ以上に実は私を試していたとか? でもあの時は初対面でしたし、その後に謝った時も許してくれましたし……そもそも、アレン様は私を逃して下さいますけど……協力する理由が判りませんわ……)


 既にミューゼルの耳にカナンの言葉は届いていなかった。

 貴族ではないものの、その強さや顔の広さ、そして聞いているだけで判る人望。初対面で知らなかったとはいえ、自分はそんな人にぞんざいな態度を取ってしまったと。一応許して貰えてはいるが、今度はその優しさに裏があるのではと考えが堂々巡りに入りかけてしまっていた。


「……様……ゼル様、ミューゼル様!」


「…………はっ! ごめんなさい」


「大丈夫ですか?」


「ごめんなさい、少し考え事をしてしまいまして。どうしましたか?」


「荷馬車の準備が整いましたので案内します」


 その堂々巡りを遮るようにカナンの呼びかけに意識を戻すと、準備が整ったと言う事で自分の答えの出ない考えを中断する。

 案内されて付いて行った先には荷物が満載された大きめの荷馬車があった。ミューゼルはこれに乗れば良いのかと思ったけど、カナンはそのうちの一つの木箱に指を刺して促す。


「ミューゼル様はこの中に隠れていて下さい。荷馬車に乗っただけでは追っ手に見つかる可能性がありますので」


「わかりました。全て皆さんにお任せします」


 元々何も出来ずに屋敷で塞ぎ込んでいた身だ。それをアレン達が連れ出してくれたんだからとことんやるしかない。ミューゼルはアレンに会うまで、諦めないと改めて決意して木箱に入っていった。


「それでは蓋をしますね。何が起きても決して声を上げないようお願いします」


 そして荷馬車を馬と繋ぎゆっくりと動き出した。


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