そこにはいない
「お待たせ〜!」
俺は乗合馬車の発着所でアレンの見送りで喋っていると、背中から声がかかる。
そこには屋台で買ったであろう食料を両手いっぱいに抱えて満面の笑顔でやってくるマリンがいた。
「瑞樹、見送りに来てくれたの?」
「まぁね、マリンこそ予定通りに来たのは安心だけど、向こうは大丈夫だった?」
「うぅ〜ん…………大丈夫だと言われれば大丈夫だったけど、そうでもなかった様な……?」
俺が首尾を尋ねると、何だか曖昧な返答が返ってくる。
どう言う事だろうかと聞き返す前にマリンがさらに付け加えた。
「あぁでも、瑞樹の計画通りならこのまま進めても大丈夫だよ」
余計に意味がわからない。
向こうで何かあったのは確かなんだろうけど、要領を得ないな。
「俺は何となくわかった。瑞樹、恐らくマリンにも俺達と似た様なことが起きたんじゃ無いかな?」
俺はそれを聞いて、成る程と頷いた。
マリンが来る暫く前にアレン達と合流し、乗り合いの発着所へ向かう道すがらで執事であるヨーゼフとの事を聞いていた。要するにマリンにも同じことが起きたのだと言いたいのだろう。
ちなみに、ベスティとコリンとはミューゼルと顔を合わせた後に帰ってもらった。二人ともアレン達の見送りをしたいと言ってくれたけど、これ以上俺たちが一緒にいる所を見られると怪しまれるから、遠慮させてもらった。
「瑞樹もミューと会えばよかったのに」
「いや、私は今アレン達以外の人と会うのは一番危ういからね。全部終わるまではやめておくよ」
「そうだな。ならこの話しもここで止めておこう」
ケニーの提案通り、この話はこれで止めておいた方が良さそうだ。誰が耳を大きくしているかわからない。
アレン達が予想より早めに到着した為、出発までマリンが買ってきた屋台の串焼きを摘んでいると、遠くから物々しい雰囲気を纏った人達がこっちに向かって歩いて来て俺達の目の前で止まった。
「ミューゼル様を出してもらおうか。お前らが連れ出したことはわかっているんだぞ!」
乗合馬車の発着所という旅人が多く集まる場所で大声を張り上げて威嚇するのは、恐らくミューゼルの父親が手配した追っ手だろうな。
「ミューゼルさんがどうかしたのですか?」
「とぼけるな! お前らが訪ねて来た後にお嬢様が消えたのだ! お前らが連れ出したのだろう!」
当然そうだけど、ここは知らぬ存ぜぬで行くのが定石。
「アレン、どうなの?」
「いや、確かにベスティ様とコリン様の護衛で訪ねはしたが、結局喧嘩別れして部屋を追い出されたからな。その旨は先のお二人と、屋敷の人が声を聞いているから確認をとってくれ」
「そう言うことです。私はここに来る前まで宿にいましたので。連れ出したとか無理ですね」
大声で話すものだから周りの人たちからも何事かと注目を集め始めている。
そんな中で、引っ込みがつかなくなり始めた追っ手達はケニーの隣にいるフードを目深に被ったマリンに目を付け、少し考え込むと、全く訳のわからないことを言い始めた。
「おいそこの女。フードを取れ、その中身がお嬢様なら見つけられたら困るから取れないよな? 逆に人違いでもお前らが連れ去った事は間違い無いのだから、拘束して吐かせるまでだ」
うん、全く意味がわからない。
「いくらミューゼルさんが見つからないとは言え、証拠も何もない人を言い掛かりだけで拘束するのは乱暴過ぎやしませんか?」
「うるさい、黙れ! 我々も連れ戻さなければ処罰されるんだ!」
あ、成る程ね。この人達も色々必死なんだ。
「そっか…………マリンフードを取ってくれる?」
「はいよぉ!」
串焼きを咥えたまま勢いよくフードを取ると、ドヤ顔で追っ手の人達を睨み返した。
「これでミューゼルさんじゃないとわかったでしょ? その上で無理矢理連れて行こうと言う考えなら、私達も然るべき処置を取らせてもらいますね」
俺はそう言って胸元のポケットからある物を取り出す。
「処置だと? お前らの様なただの冒険者が……ん? それが何だと言うんだ」
「バカよく見ろ! 紋章だ! それもマイバッハ家のだ!」
追っ手の一人が俺の出すものをよく判らずに突っ掛かって来るのを、もう一人が青ざめながら止めに入る。
「そうですね。無実を訴えるマイバッハ家と縁を結ぶものを、言いがかりをつけて拘束する。それで間違いだとわかった時、あなた達だけの首で済めば良いのですけどね……?」
いや、実は言い掛かりじゃなくて俺たちが仕組んだことなんだけどね。
しかも俺が取り出したアイテムって実は、ソレイユと夕食を一緒に食べた時に『もしも』の時にこれを見せる様にと言われもらった、カフスボタンだ。
こんな事に使ってしまってごめんなさいって感じだ。
でも効果はてきめんだ。
「ぐ……わ、わかった。いなかったと言う事にしておいてやる。おい、行くぞ」
そう言って追っ手は俺達の前から、悔しそうな顔で他を探しに行ってしまった。
まぁミューゼルは滅多な事じゃ見つからないから大丈夫だろう。
俺たちも無用に騒がせてしまったから周りに人たちに頭を下げて回ると、丁度アレン達の馬車の出発時刻になった。
「じゃあ瑞樹も頑張ってな」
「ありがとう、ミューゼルはちゃんと三人の後を追いかけるからね。一つ目の宿場町で追い付くはずだから」
「わかったよ! 瑞樹も早く帰って来てね!」
「うん、なるべく早く帰るよ」
「俺たちもそれまでには実力をもっと付けるさ」
「帰った時の楽しみが一つ増えたよ。ケニー帰ったらまた模擬戦やろうね」
「お手柔らかにな……」
一人一人に挨拶をしていると、御者の出発の合図とともにゆっくりと馬車が動き出す。
まぁあの三人なら無茶をしなければハルトナで十分やっていけるだろう。
さて、俺も明日がもう一度ギルドに顔を出す日だ、そこで今回の本来の目的である帝国へ調査に向かう人員との顔合わせだな。
何かドタバタすぎて本来の目的を忘れかけていたよ。
あ、何か変なフラグ立ちそう……




