田舎者なのか?
さて、結果を先に言うと、冒険者ギルドには無事に着いた。厳密に言えば、ギルド本部が置かれているギルドだ。
王都はその広さ故に、ギルドが正三角形の様に三箇所に別れていた。俺がいるのはその三角形の頂点に位置する場所だ。
王都に入った途端一人になってしまい、取り敢えず大通りを歩いてそれっぽい人に尋ねてみるかと少し歩いてみると……あからさまにいるんだよ、それっぽい人達。
今思い返すと、ユミルが言っていた「装備が目に痛い」と言ってた意味がよくわかる。
冒険者の装備っていうと、基本的に討伐した魔物の素材を加工して造られる胸当てや、鉄などの金属で加工される鎧などで、色的に地味にならざるを得ない。金属系の鎧を着けていても目立つなどの理由でわざと黒系に着色させる。
これはもちろん討伐系などの依頼で、敵に見つかりにくくする為だ。俺の服も黒をベースにしている為、同じく目立ちにくい。
話しが脱線した。
要するにどういうことかというと、こっちの冒険者の服装や装備品が滅茶苦茶キラキラしてるんだよ……いや本当に。
隣にいる俺をギルドまで案内してくれた男の装備を例に挙げてみよう。まず腰に刺した剣だけど、柄が真っ金金だ。そしてその柄の根本にはめ込んである綺麗な石は何かの魔石かと思いきや、魔力を感じないからただの宝石だろう。そしてそれを収める鞘も金色でご丁寧に見事な意匠の柄が彫られている。
次に鎧だけど、これはミスリルで出来ている。けど、それにも何故か胸元や肩周りに宝石が散りばめられている。俺が知らないだけで、この宝石には何か効果があるのか……?
二年もハルトナにいると、それが一般常識に見えてしまっていたために王都のこの光景は鮮烈だ。
「さぁお嬢さん、ここが本部のあるギルドですよ。貴方の様な美しくも可憐な方の案内を出来て嬉しく思います。これを機に僕とお近づきに……」
「いえ、結構です。ここまで案内してくれて、ありがとうございます。急いでいますのでこれで失礼しますね」
「なる程……恥ずかしがり屋さんなんだね……また会えたらその時は運命だと確信する時だよ……」
そそくさと離れる後ろの方で、寒気のする様なことを言うがスルーだ。
目の前にある大きな建物が王国内の冒険者ギルドを統括するギルド本部だ。ハルトナのギルドと一番の違いは、建物が石造りになっている事だ。このまま止まっているとまた誰かに尋ねられそうだからさっさと入ろう。
「あら、可愛らしい方ですね。当ギルドは初めてですか? 冒険者登録は向こうのカウンターになりますので……」
「いえ、私はハルトナから来た瑞樹と申します。こちらの書状を本部の方に見せればわかると思いますので」
「あ、お遣いでしたか。では書状を拝見いたしますね」
初対面で滅茶苦茶失礼な人だな、人の話を聞く前に自己完結させるとは。
いや待て、俺の常識で計っちゃいけない。ひょっとしてこれが王都の常識なのか?
「…………⁉︎ し、指名依頼の方でしたか! あの、念の為にカードの確認をしたいのですが……」
「はい、どうぞ」
そうなると思っていたから、あらかじめ手に持っていたカードを渡して確認させると、「ちょっとお待ち下さい」とそのまま裏に消えていった。
きっとギルドマスターの所に行ったんだろうと簡単に推測する。
ちょっと暇になったから改めてギルドホールを眺めると、ハルトナとは雰囲気が百八十度違うのがわかる。
向こうはギルドと食堂が併設されて賑やかな雰囲気だったけど、こっちは何て言うか……お洒落なラウンジって感じだ。
そんなお洒落な所にいる冒険者もさっきの男の例に漏れず派手な格好だ。【癒手】っぽい美人な女性も白を基調とした聖女っぽい服なんだけど、そこかしこに金の刺繍が入っている。儀礼用にはいいのだろうけど、冒険にはどうなんだ? 埃っぽさは全く無い、寧ろ優雅さに溢れている。これで本当に依頼をこなせているのだろうか不安にさえなるな。
そんな風に辺りを眺めていると、一本の通路に訓練場と書かれた案内板がある。外観からはわからなかったけど一応あるんだな。
「暇だし覗いてみるか」
別の受付の人に散歩してくる旨だけ伝えて訓練場に足を運んでみる。
暇って言うのもあるんだけど、さっきからラウンジにいる人達の視線が集まって気になってたんだよ。外から来る人がよほど珍しかったのか、それとも俺が田舎っぽかったのか……?
ともあれ、訓練場に到着したものの人が全くいない。いや、正確には隅っこに俺と似た様な年の男が一人だけ黙々と剣を振っている。
邪魔をしてはいけないと、ゆっくりとあたりを見ながら歩く。ほとんど誰も使っていないのか、地面の荒れは少ない。試しに手に取った訓練用の木剣も使い込まれた形跡はなかった。
「ちょっとそこの地味な服を着たあなた!」
背後から声が聞こえたけど、俺じゃないと思ってスルーしていたらもう一度背後から声がかかる。
「……あなたよ! あなた!」
何だ? と思って振り返ると、三人組の少女が俺を睨んで立っていた。どうやら声をかけて来たのは真ん中の金髪の縦巻きロールの少女だ。
金髪縦巻きロールって本当にいるんだな。ハルトナにはいなかったけど、王都はどうなんだろう?
「私がどうかしましたか?」
「今からここは私が使うから退きなさい」
そう言って俺より身長が少しだけ高いだけの目線を、顎を上げて上から目線で言い放つ。
退きなさいも何も、見渡せば俺とあと一人しか使っている奴がいない。まだまだ場所は使い放題だ。
「空いている場所がいくらでもあるので、お好きな場所を使ってはいかがでしょうか?」
そう言った俺に、真ん中の金髪少女は顔をヒクつかせている。俺、何かおかしい事言ったか?
「ミュー様を知らないなんて、こいつきっと田舎者なんですわ!」
「ミュー様を知らないなんて、モグリ確定ですわ!」
金髪少女の両脇にいる少女がいきり立つ。そうか、ボスと取り巻きって関係か。そして真ん中の金髪少女はミューって名前なのか。でもそのミューって子が何で偉そうなのかがよくわからん。
「田舎者かどうかわかりませんが、ハルトナから来ました瑞樹と言います」
「ハンッ! ハルトナですって? やっぱり田舎者じゃない。装備は地味、戦闘は泥臭い、才能は無い。これはもう美しく無い物が三拍子揃っちゃってますわね」
装備は機能美、戦いは死にたくなきゃそうなるし、才能は無くても努力で埋める。それを言われたら百年以上頑張って来た俺は努力の塊みたいな物だな。
本当に追い詰められたら泥臭いとか言ってられないだろうに……これは、追い詰められたことがない奴の台詞か? そう思うと、ふっ…………いかん、思わず笑てしまった。
ほら見ろ、目の前の三人の形相が変わっていく、これはフォローしないと。
「あ、ごめんなさいお嬢様方。田舎者の私が譲りますのでどうぞ……」
そう言って俺は道を譲る仕草で練習場の端に移動する。
そうする事で、俺を睨みつつぶつぶつと文句を言いながらも目の前を通っていく。そして、反対の隅で練習していた男に話しかけていると、そのまま四人で真ん中までやって来た。
「さて、今日もあんたの訓練に付き合ってあげるわ! 才能のかけらも無いあんたにこの私が直々に出向いてあげてるんだから、感謝して相手をしなさい」
「…………そうか、じゃあ相手を頼む……」
男はそう言うと木剣をミューに向かって構る。
なる程、この二人にとってこれは頻繁にある事なのか。ミューは「今日も」って言ってたもんな。
ミューも細身の木剣を持って構えると、男が先に距離を詰めて剣を連続で振るう。その振るう姿だけを見ていると、ミューの言っていたことに納得だ。剣速はまぁまぁ出ているけど、持ち方や振り方などが出鱈目で話にならない。
その単調な動きのせいで全て躱されている。この王都には教えてくれる人は誰もいないのだろうか?
「相変わらず単調で進歩のない攻撃ね。まぁいいわ、避けるのも飽きたし、そろそろ私からも行くわね」
それだけ言って、大きく躱して男の体勢を崩すと、そのまま連続突きで男の体の体に剣を当てていく。
その剣戟に男は膝を付くけど、息を切らすだけで痛みでの悲鳴などは一切あげない。剣先を丸くして殺傷能力を落としているけど、それでも結構痛いはずなのに大した精神力だ。
「まぁこんなものね。努力なんて泥臭い事はやめて、私の屋敷の庭師何てどうかしら? 貴方の努力より私の溢れる才能の方が何万倍も強いのだから。早いところ諦めることをお勧めするわ」
言いたい事だけ言って出て行ってしまったな……。
一部始終を見て、序盤はツンデレかと思ったけど、結局最後にデレがなかった。そうなるとこれはただのイジメか?
そしてまた男と二人だけになったから、俺は男の方に歩み寄って話しかける。
「初めまして、私は瑞樹。あの三人組は貴方の知り合いですか? 一度に五連の突きはまぁまぁって所ですけど、性格は捻くれてますね……」
「知り合いと言う程じゃない、俺はイニアスだ。さっきの話し、ハルトナから来たらしいがここで活動するなら、どこかの派閥に入ることをお勧めするぞ。俺はどこの派閥もお断りだけどな……」
なる程、だからこう言う目にあっているのか。最低限何処かに入っていれば、派閥同士の争いにならない限り手は出しにくくなると言うわけか。
「人に勧めておいて、なぜイニアスさんは入らないのですか?」
「それは……」
「あ、こんな所にいたのですか瑞樹さん! ギルマスがお会いするするそうなので、すぐに来てください!」
俺の質問をイニアスが答えようとした瞬間、絶妙なタイミングでさっきの受付嬢が遮って来た。
どうやらギルマスが書状の内容を確認したっぽく、面会となるらしい。
「そうですか。ではイニアスさん、先程の質問の答えは次にあった時にでも」
「……そんなのは単純だ、俺が婚約者を殺したからだ…………」
「……それは立ち入った事を……ごめんなさい」
俺は一言謝罪をすると、急かす受付嬢の背中を追いかける様に訓練場を後にした。
そして一人残されたイニアスも一言呟くと同時にまた練習を再開した。
「瑞樹と言ったか……あの突きが見えていたのか……?」




