森を抜けろ
ハルトナを出て三日目の朝、宿場町の小高い丘から遠くに見える森を見下ろしながら、護衛依頼を受けている四つのパーティーのリーダーと俺の五人は輪になって会議をしていた。
「先に前提として、瑞樹以外は全員王都までの護衛の経験者と思っていいか?」
今回の依頼で一番年長者である、昨日俺と会話していたパーティーのリーダーが話しを進める。
俺と他の三人のリーダーはその質問に間違いはないと頷いた。
「当初の予定通り、ここまでは順調に進めた。そしてこの森が最大の山場だ。皆の知っての通り、この森には大型の魔物こそいないが、中型の獰猛な魔物が多数生息している」
俺もここには来た事はないけど、話しは前から聞いていた。
王都とハルトナの間に位置するこの森は「エンツィオ森林」と呼ばれていて、王都行きの難所となっている。
出発前に仕入れた情報だと、この森を迂回して王都に行くには遠すぎる。更に途中に村などないため野宿になってしまう。なので真っ直ぐ抜ける最短ルートが最良となってしまうのだった。
「【探索魔法】を使えるパーティーはいるか?」
リーダーがそう聞くと何と誰も手をあげない。
いや、正確には俺が使えるが、パーティーと聞かれたために反射的に手を引っ込めてしまった。
「あの、パーティーじゃ無いけど、私が使えますが……」
「あぁ、済まない。瑞樹のこと忘れていたわけじゃ無いんだが、聞き方が良くなかったな。じゃあ森に入る前と、後は定期的に使ってもらえるか?」
「わかりました」
そう言うと、後は隊列とペース配分を決めてそれぞれの馬車に戻った。
俺的にはこう言う護衛依頼を受けるパーティーには【探索魔法】は必須だと思うけど、どうやら修得者がそんなに多く無いとか。だから依頼にその制限を設けると、受けるパーティーが減ってしまうとか。
逆に持っていたら、追加報酬にしているって話しだ。
そう思うと、マルトとアイラが持っているのが凄いって事か。
「じゃあ使いますね。【探索魔法】…………周囲に脅威になる魔物はいませんね。暫くは大丈夫だと思います」
森の入り口で調べてから報告するとリーダーと御者は頷いて再び進み出した。
リーダーが言うには、この森を抜けるのに半日以上かかるらしい。ペースがゆっくりなのは急ぎ過ぎて馬がバテないようにするためと奇襲に対応する為だと言うが、そんな悠長な事してていいのか?
「瑞樹、そろそろ【探索魔法】を使ってくれないか? それによっては小休止を挟もうと思おうんだが」
森に入って一時間、リーダーが再度【探索魔法】を促すけど……。
「大丈夫です。ずっと奥の方に中型の魔物を確認していますけど、こちらに気づいた様子はないですね。と言いますか、森に入ってからずっと【探索魔法】をかけっぱなしです。危なくなったらその都度報告しますので」
「え……? 使いっぱなしで大丈夫なのか? 魔力切れとか勘弁してくれよ?」
「ご心配なく、このままでも数日は持つので!」
「マジか⁉︎ お前の魔力どうなってるんだよ……」
どうなってるって、さっき言った通りだけど。後方の乗合馬車にマリン達も乗ってるし、あまり危険な目には合わせられないから常時使用してるんだよ。
これでも、魔力の減り方は緩やかなもんだ。酷い魔法なんか、一瞬にして半分近く持っていかれるしな。
などと俺が一人でぼんやりしていると、それを聞いたパーティーも何やら相談している。
「強くて可愛くて魔力も凄いとか……パーティーに欲しいな……」
「いや、是非うちに欲しいな。何なら嫁さん候補に……」
「何抜け駆けしようとしてるんだ? 俺なら全財産を捧げてもいいね!」
「お前ごときの財産でどうにかなると思うな? 俺ならこの特注の剣を捧げるくらいはできる!」
「なら俺は家宝にしているこの短剣だ!」
などと言う脱線に次ぐ脱線で段々声が大きくなり、先頭付近にいる俺の耳にも届くようになった。
そんな俺にも届くくらいだからそのすぐ近くにいるマリン達にも届くわけで、また俺の知らない所でマリンとケニーが殺意を沸かしていた……。
「やはりここは殺っとくべきか……?」
「そううよね? どうせなら魔物と戦っている間に、どさくさに紛れることもできるわね!」
「またこのパターンかよ! お前らいい加減にしろ⁉︎」
黙って剣を手に取るケニーと、俺が以前贈った短剣を抜こうとするマリン。
その二人の掛け合いにツッコミを入れながらも、必死に止めようとするアレン。
「と、とりあえずこの先に少し開けた場所があるから、そこまで行ったら小休止にしよう」
そう言ってリーダーは提案に全員が賛成し、程なくしてその場所に到着した。
出発してからおよそ三時間。進み具合は概ね順調らしく、このまま行けばお昼過ぎには森を抜けれるけど、そうすんなり行かないのはお約束だ。
「あっちの方向から真っ直ぐ私達に向かって来る群れがいますね」
俺が常時展開している【探索魔法】に変化があったから伝える。随分前から探索範囲にいたが、変化が無いままだったから放置していた。
けど、小休止に入って暫くしてから正確にこちらに向けて動き出した。
「数と、後どれだけで接触するかわかるか?」
「数は二十、あと十数分程ですね……どうします? 逃げます?」
「いや、ここに留まって迎え撃とう。下手に動けば、道も狭くて死角も増えて返ってやり辛くなる」
そう言うと、全パーティーに通達し、陣形を整え始めた。荷馬車と乗合馬車を中心に集めそれを各パーティーで囲む。
どの方向から来るのかわかっている以上、そちらにだけ備えるだけだから負担が凄く減る。
そしてそのタイミングも俺がいれば更に楽になる。
「警戒せずに走って来るつもりです。準備して下さい」
「おう!」
「反対側からも回り込んできます!」
「任せろ!」
「前方、数体一気に来ます、備えて下さい!」
「了解だ!」
荷馬車の御者台に立って次々と指示を出す。指示したほうから正確に魔物が来るから、迎撃も楽そうだ。
いや、これはこの依頼を受け慣れたパーティーだからこそ出来ることだろう。
例え指示を出しても、初見パーティーだったら守るだけで精一杯だったろうな。そう、それこそがアレン達だと言う事だ。
「後ろから三体来ます、それで最後です!」
「よっしゃぁ! これで、終わりだ!」
迎え撃つ事三十分ほどで片付き、けが人を出す事なく再出発することができた。これは各パーティーが殆どを初撃で倒してくれたお陰だ。さっきも言ったけど、初見の冒険者だけじゃなく、これが連携の取れない冒険者だったりしたらもう少し時間がかかるか、誰か怪我人が出ていただろう。
初めてベリット達と会った時も魔物に囲まれてたっけ。あの時の事が随分と懐かしく思える。暫く会えないと思うと、たった数日顔を見ないだけでも元気でやっているかな、などと思ってしまう。
その後、散発的に敵の襲来はあったものの、ごく少数で対処出来た。
そして、無事に森を抜けて次の宿場町に到着だ。
無事に到着して緊張が解けたのか、アレン達は早々と宿に入って休んでしまった。恐らく自分達が想像していた内容より余程堪えたんだろう。
少し厳しい他思うけど、今のうちに見れたんだから、後は色々と鍛えるだけだ。
そして俺はと言うと……。
「今回の護衛依頼は、瑞樹のお陰で随分と楽が出来そうだ。ここは俺の奢りだから、好きなだけ飲んで食べてくれ」
「いえ、私は【探索魔法】を使ってただけで、倒したのは皆さんです。私だけでは無理でしたよ」
「くぅ〜〜!!……謙遜する所もかわいいなぁ!」
「本当だよなぁ。瑞樹ちゃん、指名依頼終わったら俺たちとパーティー組もう!」
指揮を取っていたパーティーの皆と宿屋の一階の食堂で飲んでいた。
こう言うところの宿屋兼食堂って皆同じ様な造りになっているんだな。何かそういう規格でもあるのか?
「しかし正直なところ、この指名依頼が終わったら瑞樹はどうするつもりなんだ?」
「どうするって……私はアレンやマリン、ケニー達の所に戻る予定ですよ?」
「そうか、正直惜しい気持ちはあるが、瑞樹の意思が決まっているなら無理にとは言わんさ。こいつらにはちゃんと言い聞かせておく」
そう言って顔を向けた方には、涙を流しながら俺の方を見る集団がいた。さっきより増えてないか?
そんな顔されても困るんだけどな。
「けど瑞樹、王都には気を付けろ。お前なら大丈夫だとは思うが、お前の実力を目の当たりにした連中は何が何でも確保しに来るからな」
「え、でも指名依頼中は……」
「あぁ、例えそれが指名依頼でも、だ」
マジか。それはどんな連中なんだ……?
ギルドの意向を無視してそういう行為に走る連中がいるのが、王都だそうだ。
「ま、そういう時は実力行使もやむなしと思え」
「わかりました。忠告ありがとうございます」
そしてそこからの旅は、大した魔物が出る事なく無事に王都の城壁が見える所までやってきた。
「あれがエンガイア王国の王都、ガイアスだ」
読んでいただきありがとうございます。
本業が少し忙しくなってきたために、投稿を週に2、3話のペースに落とさせて頂きます。




