閑話休題 俺だけ知らなかったのか
「や、やぁこんばんは…………僕に何か用があるって聞いたけど……」
その日の夜、頼んでたマルトを連れて来てもらったけど…………その背後にいるユミルの目がヤバい事になっている。
「瑞樹ちゃんに頼られてる瑞樹ちゃんに頼られてる瑞樹ちゃんに頼られてる瑞樹ちゃんに頼られてる…………」
ぶつぶつと俺の名を言うのはやめてくれ、俺だけじゃなくマルトにも迷惑がられてるぞ。
慕われてると思っていても素直に喜べないな。
「ユミルさん、マルトさんが困っているのでそれ以上は勘弁してください。これが成功しましたら、明日はちゃんとケーキを食べに行きますので……」
「オッケー! じゃあ私は瑞樹ちゃんの後ろで控えておくわね。マルト、ちゃんとやりなさいよ?」
「わかってるって。て言うか、まだ内容すら聞いてないよ」
「そうでしたね。今日はここの浄化の協力をお願いしたくて」
そう言って屋敷の方を向くと、昼間に言っていた通りに明るい時間は何でもなかったのだけど、暗くなった途端に窓から覗き込む怪しい顔や人影、綺麗な窓な筈だったのに真っ赤な手型が付着してたりと不気味や屋敷に変貌してしまった。
明るくなっても手型とか残っているのかな……?
「え、ここって有名な幽霊屋敷じゃないですか。いくら浄化が出来るからって限度がありますよ!」
そうやっていろんな人が放置していったからこんな事になったんだろうな。
ハルトナの上級冒険者や教会に浄化に強い聖職者がいないと言う事情もあったんだろうけど、放置してた物件を俺に付けたのはダメだろう。
そうなると俺に思いつくのは、浄化が使えるマルトを呼んで俺が使える魔法を合わせて何とかするしか無いと言う事だ。
「そこは大丈夫と言っておきます。マルトさんの浄化魔法と私が使う補助魔法で、何とかなると思いますから」
「瑞樹さんは浄化魔法は使えないの?」
「使えませんね。それどころか、聖魔法すら使えませんので」
そう、二人の神様に鍛えて貰って、めが色々な恩恵を貰っているにも関わらず、俺は聖魔法が使えないんだよ。
せめて回復系が使えれば修行の時に潜った遺跡探索ももっと楽だったんだろうけど、それは今さら言ってもしょうがない。
「そっか、僕で良ければ頑張らせてもらうよ。それにユミルが言ってたけど、報酬はこの杖の事を思えばまだまだ返しきれないと思っているから気にしないで」
そう言って俺が以前渡した杖を掲げて嬉しそうに笑う。こう言う笑顔を向けられて言われると無理に渡し辛いな。
マルトは元々童顔だけど、この二年の間でそれに磨きがかかったのか、どうも押し通し辛い物がある。
これが素なんだから困った物だ。
「そ、そうですか。早速ですが概要をお話しします」
今回のメインは基本的にマルトだ。
勿論浄化魔法が使えると言う大前提があるんだけど、それにしたって限度はある。杖のおかげで威力自体は上がっているけど、マルト自身の魔力容量が上がったわけじゃ無い。
そこで今回使うのは俺の数少ない補助魔法の一つ、【回路直結】だ。
これを使えば俺とマルトの魔力回路が繋がり、浄化魔法を使っても俺の魔力から使用される。俺の方が魔力容量が多いから作業効率が一気に上がるってわけだ。
「そんな補助魔法があるんだね、初めて知ったよ。瑞樹さんの魔力容量がどれだけあるのかわからないけど、ある程度絞れたら範囲浄化にした方がいいのかな?」
「浄化魔法がどれだけ魔力を消費するのかわからないので、その辺りのさじ加減はお任せします」
そう説明しながら屋敷の前まで到着すると、俺は魔法の準備を始める。
「繋がれ 繋がれ 隣人よ 魔の素を感じて 糧に寄れ 我よ 我よ 引き寄せよ 糧に引き寄せ 繋がれよ 【回路直結】」
静かに唱えると、俺の体が薄く光だし魔力の循環が表面に現れる。この状態はまだ誰も繋がっていないからただただ表面化しただけに過ぎない。
「ではマルトさん、杖を持っていない方の手を出して下さい。ここからは少々歩きづらいかもしれませんが、手を繋ぎながらの行動となります」
そう説明すると、顔を真っ赤にしながら差し出された俺の手を見つめる。そんなに恥ずかしそうにされると、俺までそんな気分になるからやめてくれ。
それに後ろからついて来ているユミルの視線も痛いからさっさと終わらせよう。
「わ、わかったよ。……うわっ! これが瑞樹さんの魔力……」
手を繋いだ瞬間にマルトと魔力回路が繋がるのがわかる。同時にマルトも俺と繋がったのが判ったのか、俺の魔力容量の多さに驚く。
取り敢えず問題無く繋がった事だし、今回は正面玄関からじゃ無く裏の勝手口からにしよう。
正面から堂々と入るのもいいけど、それだとどこかの通路で挟み撃ちに合う可能背がある。それを避けるために端から攻めよう。
「じゃあ私が開けるので魔法の準備をお願いします」
そうしてドアをゆっくりと開けて中を覗くと、中は意外と静かで滑り出しから波乱が起きる事はなさそうだ。
そうしてゆっくりと歩いていくと初めのドアの前でマルトが呟く。
「中に何体かいるね……範囲浄化で行こうか」
マルトは中の霊体を感じることが出来るのか。霊感の一種なのか? 魔力じゃ無いから俺にはよくわからないけど、今回はマルトが頼りだ。
「【範囲浄化】!!」
俺がドアを開けると同時に部屋全体に浄化魔法を放つ。
すると部屋の中で漂っていた霊体は、気味の悪い声を上げながら霞の様に消えていった。そして消えたのと同時に昼間の様に明るかった魔法も消える。
魔力の使用量としてはそんなに大した量では無いかな。
「いい感じだね。僕の魔力容量だと五回が限度だけど、瑞樹さんと一緒だと幾らでも出来そうだよ」
まだ始まったばかりだけど、マルトとしては感じがいいみたいだ。ならこの調子で片っ端から片付けてしまおう。
「一緒? 一緒なのは今回の浄化の仕事だけよ。瑞樹ちゃんは渡さないからね?」
ユミル、後ろから恨みがましい声で言わないでくれ。お前は聖魔法使えないだろ? 着いて来るのは構わないから、大人しくしていてくれ……。
そこから一階のフロアは順調に浄化して、そのままエントランスにある二階へと続く階段を上るときに俺は一旦呼び止めて質問する。
「マルトさん、浄化魔法って威力や範囲って変えれるのですか?」
「出来るよ。ただ浄化しきれないと無駄に消耗するだけだからね。なら見える範囲で絞って浄化した方が効率はいいからね」
なる程ね、でも今回は俺の【回路直結】があるからもっと広範囲に攻めることが出来るんじゃないかな?
「なら一か所に集めて一気に浄化とかも出来ちゃいます?」
「出来ないこともないよ。でもさっきも言った様に一体でも手強いのがいたら、その状態で浄化しなきゃいけないからやっぱり効率がね……」
結局地道が一番ってことか。
「でもさっき二階の一番隅の部屋で強力そうな霊体反応があったよ」
「私には何も感じないのですけど、そう言うのってわかるものなんですか?」
これが解れば俺も聖魔法が使えるのかな?
「ん? あぁこれは教会で洗礼を受ければ誰でもわかる様になるよ」
え、そうなの? わからないの俺だけ?
そう思ってユミルを見ると、普通に頷いて見せた。
「私もわかるよ。もしかして瑞樹ちゃん知らなかったの?」
「くっ……」
なんか小っ恥ずかしい……加護とかそう言うのじゃないのか……。
しかも誰でも受けれるとか、聖職者の特権じゃないんだな。マルトが凄いのかと少しだけ感心した小一時間前まで時間を巻き戻してやり直したいぞ。
くそう、今度受けにくか。
「マルトさん、こうなったらフロア全体に浄化魔法やっちゃって下さい!」
「い、いいけど、瑞樹ちゃん大丈夫?」
「大丈夫です、やっちゃって下さい!」
「恥ずかし紛れに浄化魔法とか初めて聞くんだけど……」
うっさい、ちゃっちゃとやる!
マルトがさっきより長い溜めと詠唱で【範囲浄化】を展開する。
流石に屋敷の二階を賄うだけの魔法はそこそこ魔力を使うな。
けど、ユミルとマルトの反応を見ると、上々の様だ。
「大体浄化できたけど、一か所だけ残っている部屋があるね」
流石に全部とはいかなかった様だけど、その一か所と言うのはどうやら元の家主の様だ。今回の幽霊屋敷の根源となるだけあって一回分じゃ浄化しきれなかった様だ。
「コノヤシキヲ ジョウカシテイルノハ キサマラカァ!!」
部屋に入るなりいきなり叫び出した怨霊は、真っ直ぐ俺たちに向かって来る。
これまでは漂っているだけの怨霊を浄化するだけだったから、向かって来る怨霊に驚いて思わず避けた拍子に手が離れてしまった。
「あっ!」
「ソッチノ オンナドモハ ジョウカガ ツカエナイヨウダナ! コノママ ノロイコロシテヤル!」
叫びながら怨霊が俺らに向かって来る。
向かって来るのはいいけど、怨霊は大事なことを忘れている。
「【浄化魔法】!」
「ギャァァァァッァァァ!!!」
そりゃそうだ。浄化魔法が使えるマルトに対し背中を丸腰にするとか、狙って下さいと言っている様なものだろう。
こうして俺の屋敷は何の面白味も無く無事に浄化されたのであった。
「マルトさん、ありがとうございます」
「いいよ。最後は少し驚いたけど、無事に終えて何よりだよ」
「ユミルさんもお疲れ様。約束通り明日はケーキを食べに行きましょう」
「いよっしゃぁ! で、今日からこの屋敷で寝るの?」
あ、そっか、浄化されたなら寝れるのか。
いやぁ、どうしよう? 気分的にまだ晴れないから、ドリュウさんの宿屋に戻ってもいいんだけど……。
「うーん……どうしましょう? ドリュウさんの所でもう一晩泊まってもいいかなぁ」
「なら皆で夜食はどうでしょう?」
そう言えば小腹も空いてるな。そのついでに泊まればいいか!
「マルト、女の子に夜食とか悪魔の囁きを騙るとかいい度胸ね。その財布が空になると思いなさい?」
「え⁉︎ 僕はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「あら、マリンには奢って私らにはダメとかどう言うことかな?」
ほほう、それは知らなかったな。
そのあたりを詳しく聞きたいものだ。
「初耳ですね。ドリュウさんの宿屋はまだ開いているはずです、こ夜はこれからと言うことですね?」
「瑞樹ちゃんまで!」
「「さぁ行きましょうか!!」」
女二人に両脇に抱えられてマルトが連行されていく。
側から見れば羨ましい光景だろうけど、マルトにとっては免疫の低さからきっと拷問だろう。
けど、本当の拷問はこれからで、ドリュウさんのご好意により空が白むまで続くのであった。
ごめんなさい。
後編と言いながら、もう一回だけ続きます!




