冒険者ギルドと王国
「ギルド本部に指名依頼とは大出世じゃないか! 向こうに行ったら俺の店を宣伝しといてくれよ!」
これは焼きそば屋のおじさんの言葉だ。
この二年で馴染みになった屋台の人たちに挨拶に行ったら、皆して大出世だと言い張る。
何でも、ここで実績を積んで王都に行くと、向こうでは実力者扱いされるとのことだ。
これは、『人気と権力の王都』に対して『実力のハルトナ』と呼ばれている為だ。この事を知ったのは最近なんだけど、そんなに差があるのか? ランク制度があるんだから、ランクなりの実力はあるんだろう?
「ユミルさん達は王都に行ったことあるのですか? どんなところか教えて欲しいのですが」
市場を越えて冒険者ギルドへ赴くと、ちょうど『雀の涙』の一行と出会った。
そしてそのまま報告すると、意外にもユミルはゴネることなく王都行きを喜んでくれた。
ちょっと拍子抜けな部分もあるけど、これはこれで気持ちよく出発できると言うものだ。
「何度かあるよ。モールさん所の護衛依頼でね、最初はちょうどランク『C』になったばかりだったし結構大変だったなぁ」
「確かにな。徐々に慣れて行って、今の俺らなら余裕で行けるな。まぁモールさんも瑞樹と同行するなら俺らより更に安心ってもんだろう」
信頼が厚いな。
「王都がどんなところって? ん~……私達じゃギルドや城下町のちょっとした情報しかないけど、一番目に付いたのは、装備が目に痛い……」
目に痛いってどういうことだ?
そう思ってベリットやガリュウ・マルトを見ると、ものすごく頷いている。どういうことだ?
「いや、これは実際に瑞樹ちゃん自身で体験すればいいと思うよ」
行ってからのお楽しみって奴か、そう言う事なら後に取っておこうかな。
後、報告していないのはメルだけか? 『雀の涙』一行と別れて出発準備のための買い込みをしていると、メルのところの使用人と出会った。
「瑞樹様、探していました」
「私を? どういう事かな?」
「ギルド前に馬車を手配しています。まずはメルトリア様にお会いしていただけますでしょうか?」
俺もメルに報告することがあるから構わないけど、遣いをよこすほどの内容なのか。
と言うことは、俺の用事と何か関連があると踏んだ方がいいだろう。
「瑞樹、急に呼び出してすまんな」
「大丈夫、暫くは時間があるから。メルは相変わらず忙しそうだね」
領主館の応接室に通されてお茶を飲みながら挨拶を交わす。
馬車の中で使用人からは領主からの正式な召喚だと言われているが、メルとの取り決めで二人の時にはもっと砕けて話すことになっている。
その方がお互いが本音で話せて、気を揉まずに済むって事だそうだ。
メルが望むなら俺は構わないけど、万が一公式な場でお互いタメ口で話してしまわないか心配だ。
「まぁな、この時間を作るのにも苦労したぞ。で、時間がないから早速本題に入らせてもらう。瑞樹、デンからギルド本部宛の指名依頼を受けたか?」
「受けたよ、二年前の事件の事で王都のギルド本部が私に出向して欲しいんだってさ」
「よし、瑞樹なら受けてくれると思った。それならしょうがないな!」
何だ? 要領が得ないな。
「いやな、王国近衛騎士団から瑞樹宛に入隊の推薦状が届いていて、それを私がお前に手渡してほしいと言われて今この席があるわけだ。まぁ瑞樹なら断ると思っていたし、何せこんなぞんざいに私を使うんだ、いい返事なんか期待できるわけがないさ」
そこは同感だ。俺に入ってほしいなら、近衛騎士の誰かが領主であるメルを通して面会に来るのが筋だろう。推薦状と銘打っているが、上から目線で手紙一つでどうにか出来ると思っているのか?
「でも、それとさっきの指名依頼と何が関係あるの?」
「指名依頼の本質は、ギルマスがその人物の人柄と実力を信頼して出すものなんだよ。言い換えれば、受けた人間はそのギルドの代表みたいなものだ」
「指名依頼を受けた以上、今後私を勧誘しようものならギルドを取り込もうとするようなものだ。と言いたいわけ?」
「似たようなものだな。指名依頼を受けたことで瑞樹はギルドから完遂を求められるが、代わりに莫大な報酬と名声、そしてギルマス、いや今回で言えば、ギルド本部の庇護下に入ることになる。この最後の部分が私の言いたいことだ」
よく言えば守って貰えるけど、悪く言えば自由が無くなったと言う事か。
「最後に、騎士団が何で私を?」
「まぁ単純に、新しい騎士団の顔が欲しかったんだろうな。二年前に調査隊が来たときに瑞樹を見て驚いてたのはそっちの意味もあるんだろうな。それに、ここハルトナと王都のギルドの実力の差は聞いてるか?」
「『実力のハルトナ』と『人気の王都』だっけ?」
「そう、それは騎士団にも通じるんだよ。でもまぁ随分と出遅れたのは騎士団上層部のせいなんだけど、結果的にはデンが指名依頼を出したから私はそれを盾に返信ができるってもんだ」
「それでも私は堅っ苦しいのは苦手だから、直に勧誘に来られても断っていたけどね」
「それを聞いて、尚更安心だ。……うん、安心だ」
そう頷いたメルは安心した様に胸を撫で下ろしていた。
騎士団とかっていわゆる公務員だろ? 安定した収入って魅力だけど、毎日決まった時間に起きて訓練してなんて俺には到底無理だな。
「メル、私はあとどれだけ冒険者をできるか判らないけど、ずっとハルトナに居たいとは思うよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、どちらかと言えば国に帰属する者だから公的な立場では庇い立てできない……けど……」
メルは優しい。貴族の中でも特に民主派なのはこの性格でもわかる。この話しを断れば、俺が王都に行った時の心証が悪くなるのも目に見える。そして、メルの王都について回る評価も勝手に悪くされるだろう。口では騎士団上層部が出遅れたと言ってるけど、それでもこの話しをギリギリまで引っ張ったんだろう事は想像に難くない。
メル自身と俺、その両方の傷を最小限に抑えた結果こうなったんだろうな。
「メル、危なくなったら自分の立場を優先してね。冒険者は自由業、何とでもなるからさ」
「私は民主派だけど、誰でも彼でも庇うわけじゃないぞ! こ、これは瑞樹だからだ!」
顔を真っ赤にして叫ぶメル。
これには流石に驚いたけど、それだけ慕われていると言うのは嬉しいものだ。
この二年で色んな人と随分親しくなったけど、ここまで言ってくれるのはメルだけだ。
若干一名おかしな方向へ行っている人もいるけどそれはまた別だろう。
「ありがとう、メル。じゃあメルに何かあったら一番に駆けつけるね」
そして時間が押し迫っている事もあって、俺は再び馬車でギルド前まで送られた。
領主館前で見送ったメルが最後まで顔が赤かったのはどうしてだろうか? 最後のセリフで格好つけ過ぎたせいか?
それでも親友の危機には一番で駆け付けたいのは事実だしな。
「瑞樹様、やはり貴方は罪作りですね。ちょっとメル様が不憫です……」
降りる前に御者の使用人に意味深な事を言われてしまった。
二年前にも似たような事を言われた気がするけど、記憶違いか? よく判らん……。
GWでのんびりし過ぎました。
次回は話しの穴埋め的なものになります。
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