まずは蹴る
「おはよう、瑞樹ちゃん! って眠そうだね?」
次の日、ユミルが待ち合わせ場所の警備隊本部前で、元気に手を振って出迎えてくれた。
昨夜は寝る前に状況の整理をしていた。目まぐるしく変化する展開にいよいよ頭が追いつかなり、色々考えているうちに気付けば朝日が登ろうとしていたのだ。
前にも言ったけど、二徹三徹くらい問題ない。それでも睡眠は取りたいものだ。
ちなみに俺以外は全員集まっていた。
「おはようございます。 昨日もいろいろありましてね……。あぁ、ワイズ達は昨日から先行して作戦に当たってもらっていますので、これで全員です。では最終確認を行います」
ワイズ達はギルマスの指示で、直ぐに鉱山に向かって貰っている。『猫の額』全員で行って貰って、逐一ギルマスへ報告を入れているから大丈夫だろう。
「皆さん言われた通りに私服ですね、ありがとうございます。では、基本的に二人一組での行動になります。そうなると警備隊は五組ですね……市場の北の通りの巡回をお願いします。特に市場との間の通路の方に重点を置いてください」
今回の作戦は全員私服で来て貰った。
まぁ答えは至って単純、相手を油断させるためだ。
持たせる武器もナイフもしくはダガーのみで、隠して持ち歩くことを前提としている。
「次に冒険者の皆さんですが、これも同じく二人一組で、市場の面と裏手側の三本の通りを歩き回ってください」
冒険者は市場のメインの通りと、その両脇に並ぶ出店の裏手を順に回ってもらおう。
警備隊の皆を信じていないわけじゃ無いけど、冒険者の方が身体能力が高いから、追いかける側に回したいんだよな。
「そしてソラグさんは……まぁ普通通りに朝市に参加して貰って、裏手に回って貰ったところでトニーの出番です。ちなみにオラグさんとかには話は通ってますよね?」
「あぁ、瑞樹からの要請だと言ったら、二つ返事だったぞ」
それはありがたい。
危険が伴うかもしれないのに快く引き受けてくれるとは、ひょっとしたらお上さんは諦めてないのか? と勘ぐってしまう所だ。
残念だけど、あなた方の息子さんは存外手を出すのが早いかもしれませんよ? 知らないうちに出来ちゃった婚とかしてたりして……。
おっと、考えが逸れた。
「最後にトニーは、一人で朝市を徘徊すること。そして頃合いを見てソラグさんに近づき、行動を開始。その際は必ずフードを被り顔を見られなくして逃げ切ること。そしてそのまま警備隊本部で落ち合いましょう」
「難しそうだけど、がんばるよ」
もちろん頑張ってくれ。
他の人にはもちろん言ってないけど、これはトニー自身の為にもなってるんだ。
この作戦が成功すれば、事件に貢献したと言うことで、多少は減刑されるだろうし、トニー自身の罪の意識も減るだろう。
まぁその為には鉱山の方と、メルの父親の行方の方もどうにかしないとな。
「じゃあこっちは、俺とマルト、ユミルとガリュウが組む事にする。瑞樹達はどうする?」
ベリットは自分のパーティーの組み分けをして、俺に振ってきた。
向こうは元々バランスの取れた構成だし、組み分けも問題ないだろう。
問題はこっちだ。いや、問題にすらならない。どう分けるかなんて、既に決まったようなものだ。
「こっちはアレンとマリン、そしてケニーと私ですね。ベリットさん達は裏手側をお願いします、私たちは表通りを周ります」
「おう、任せときな」
ベリットの返事を聞いた後に、もう一度全員の顔を見渡す。
これだけの数に見られるのはちょっと気恥ずかしいけど、今は俺がリーダーだから締めて行かないとな。
「では開始する前に、最終確認です。もし、犯人が釣れた場合、可能な限り泳がせて下さい。逃走先の隠れ家を見つけて一網打尽にします。最後に、今日明日に終わる作戦ではありませんので、気を急かさないようにお願いします。それではよろしくお願いします!」
「「はい!」」
全員の返事が綺麗に揃ったところで、それぞれに散っていった。
うまく釣れてくれると嬉しいね。
いや、遅かれ早かれ釣れると踏んでいる。
初日、二日目は俺らの目的ではないただのコソ泥を捕まえる結果に終わった。
ただのとと言っては語弊があるかもしれないけど、本当にただの野菜泥棒だった。
そいつらに、ここ最近のことを聞いても、何も情報を得られなかった。
どちらかと言えば、不発の結果だ。
三日目も同じようにコソ泥を捕まえたら、今度は面白い証言を聞いた。
何でも、売上金を盗んだ奴が裏路地に逃げ込んだらそこから消えたらしい。
これは、予想以上の情報だ。
そして四日目の朝、一つの仮説を皆に伝えて警戒を促す。
「あくまで私の仮説ですが、今日あたりトニーが狙われると思います」
「その根拠は?」
それを聞いて俺は小さな手を人差し指だけ突き出して……天を指す。
「これから雨が降るからです。そしてトニーが盗み出して裏路地の奥へ入った瞬間を狙ってきます」
だからトニーは十分警戒してくれ。
そう、相手は強盗した奴を、更に強盗すると言う手段を取ってくるだろう。
足の速い泥棒が振り切って油断した所を狙う手段。
だとしたら作戦を少し変える必要があるかな?
取り敢えずその瞬間を待とう。
朝市のメイン通りはいつもの様に賑わっているが、生憎空はその賑わいを否定するかの様に真っ黒な雲で覆われていた。
買い物する客もそれが判っているのか、大部分の人がポンチョを羽織っている。
無論俺たちも羽織っているから、それほど目立たないだろう。
そんな事を考えている間に雨が降ってきた。
そんなに強く降っていないけど、春先の早朝の雨は少し冷え込む。
そしていると、朝市も終わりが見えて、ソラグが売り上げを持って裏へ離れる、そこをトニーが背後からかすめ取り、それを俺らが追いかける。ここまでは昨日までと同じだ。
トニーはそのまま裏路地に入って右へ左へと逃げるうちに段々と差が開く。
ずっと前にも追いかけたけど、やっぱり走り慣れている分だけ曲がる速さに躊躇が無い。
そうして何度か曲がると完全にトニーを見失った。
これだけ追って何も無い所を見ると、当てが外れたか?
そう思っていたら、更に先の方から叫び声が聞こえた。
「何だお前ら! これは渡さないぞ!」
この声はトニーの声だ。
「マルトさん、先に行きます」
目を離しすぎると手遅れになる。
そうなる前に…………現場に、問答無用出で! 突っ込む!
「先手必勝!」
この行動は正に脳筋だと思う。
何せ相手を確かめもせずに、トニー以外の奴らに攻撃を仕掛けるんだからな。
けど、先ずはトニーの安全を確保だ。
黒ずくめの男三人がトニーを囲っているから、ど真ん中の男目掛けて飛び蹴りをかます!
ポンチョで目隠しをしているから相手からスカートの中は見えないだろう。
ここ重要。
そしてトニーを確保して下がる頃にマルト達も追いつく。
予想外なのは相手が三人いたと言う事だ。一人はさっきの飛び蹴りで伸びているけど。
けど、狭いところでは数の優位性と言うのは役に立たない。
「マルトさん、トニーを連れて下がって下さい。ケニー、アレン、マリンも二人の護衛を!」
マルト達は状況を理解してくれて素直に下がる。
この状況で一番役に立つのは、ユミルだ。
弓も使えて足が早い。
あとはどれだけ連携出来るか…………。
まぁ先ずは大人しく話し合いだな。
「子供一人に大人三人がかりとは…………どんな目的があるのか知りませんが、先ずは話し合いませんか?」
「…………いきなり蹴ってきておいてよく言う」
あ、うん。そうだね、ごめんよ。
って明かに敵っぽい奴に謝る必要ないよな?
「それは失礼。で、どうですか? 話し合いに応じるつもりは?」
「無いな……」
じゃあこのまま予定通り次の作戦に移ろうか。
少し駆け足っぽくなってしまっていますが、楽しんでくれましたでしょうか?
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