今から憂鬱だ……
俺はダガーを逆手に持ち、正面に構える。
さっきトバスとの戦闘を見た限りだと、『雀の涙』のベリットよりは弱い感じだ。
しかし、何か隠し球を持っているかもしれないから、初手は慎重に行く。
「何だ? かかってこないならこっちから行くぞ?」
この外見からか、どうも最初は軽く見られがちだ。
相手が油断してくれるからやり易いんだけど、なんかムカつくぞ?
男の握る長剣が俺の鼻先を通る。
室内を意識しての攻撃なのか、威力のある大振りじゃなくてコンパクトで速度を重視した振り方だ。
一応剣の扱い方は熟知しているんだな。
けど、それでもまだまだ俺には届かないな。
何度目かの攻撃でようやく遊ばれていることに気づいたのか、男の顔にしわが寄り始めている。
「気付きましたか、じゃあ私も反撃しますね」
「テメェ……ぶっ殺す!」
頭に血が上ったな。
冷静な判断を失ったらこっちのもんだ。さっきより剣が大振りになったからなおさら避け易い。
上段から振り下ろされるモーションは酷くゆっくりに見えるから、そのまま懐に潜り込んで鳩尾に肘を叩き込み、くの字になった所を、そのまま背負い投げを首から落とす。
「ぐほぁぁ!!」
悶絶している所で悪いけど、まだ攻撃は終わらないよ。
俺は床で転げ回っている男の顎を蹴り上げて宙に浮いた瞬間、男の手首を斬り落とした。
「ぎゃぁぁぁ⁉︎ お、俺の手がぁぁぁぁぁ!!」
「いちいち騒がないで下さい。次は足を切り落としますよ?」
「ま、待て! 俺を殺していいのか? 俺が帰らなければ、帝国が動き出すぞ!」
ほほぅ、いいことを聞いた。
と言うか、ギルマスの予想どおり帝国が動いていたのか。
「へぇ、南の大都市を超えて、内陸の街でこんな事をして……何が目的なんですか?」
「そ、そんな事を聞いてどうする?」
「もちろん、生かすも殺すも私次第なので。このまままなす切りにしてもいいんですよ?」
「わ、わかった、話す! だから手を治してくれ! あんたポーション持ってるんだろ⁉︎」
「それは貴方の口の軽さ次第ですね」
確かに斬られた直後ならポーションで治せるだろう。
ならこいつから情報を取れるだけ取った方がいいだろう。
「わかった! 話す、話すから!」
「じゃあ初めに、貴方は何者?」
「俺か? 俺は帝国軍人だ」
さっきも言ってたな。
帝国軍人がこんな内陸で何を?
「次に、この街には何しに?」
「こ、ここの領主が潔癖症と聞いてな、それならと利用したんだよ……少しずつ洗脳しながらな。乗っ取れるまでそれ程時間は掛からなかった。」
「利用って何のために利用を?」
「そりゃ、わざわざ取り締まりを厳しくさせて鉱山送りを増やしたんだ、鉱山はそんな奴らで溢れ返るだろ? その溢れかえった人間は俺らがお持ち帰りさ……」
何だそれ?
要するにわざと鉱山送りにして、人気の無いところで帝国に連れ去られているって事か!
「と言う事は、鉱山にも転移魔法陣があると言う事ですね?」
「そう言う事だ、もういいだろ? 早くポーションを! 治す前に血が足りなくなる!」
煩い奴だな。
でも最後に聞き残した事を。
「最後に、帝国は人を攫って何をしているの?」
「理由か? 理由は簡単だ……それは……」
男が俺の質問に答えようとした瞬間、背後からもの凄い殺気を放ちながら剣を振り下ろしてきた。
「むっ!…………あっ!」
「ぎゃっ……ぐふっ……」
剣筋は結構な手練れだけど、殺気を撒きながら襲うあたり暗殺向きではないのかな。
けど、俺もここで痛恨のミス。
手練れだけど、俺にとっては赤子の手を捻るようなもの。
そう思って、避けた瞬間思わず声が出た。
こいつ、俺が目的じゃなくて後ろの男の口封じか!
「誰ですか? せっかくいいところまで聞けたのに……」
そう思って、振り返ればまさかの見知った顔だった。
「おや、私の顔に何かついてますか? ポーションを提供してくれたおかげで、傷も体力もすっかり回復しましたよ」
「…………トバスさん、私は避難して下さいと言ったはずですが?」
更に、重要容疑者を殺すとか何考えてるんだ?
しかも、避けなきゃ俺ごと斬っていてもおかしく無いくらいだ。
「これはすみません、その男が重要機密を喋ろうとしていたもので」
……会話が噛み合っていない。
それに、さっきまで目の前の男と戦っていたと思ったんだけど……。
これって、ひょっとしてそう言うことか? あれは演技で、俺が来る事を想定していた?
けど、そんな賭けみたいな想定するか?
判らないけど、今は目の前だ。
「……それ程知られては困ると言う内容だったのでしょうか?」
「今はまだ困りますね。しかし、その全容を知るのも時間の問題でしょう。ですので、今しばらくお待ちいただけたらと……」
決まりだ。トバスも帝国側の人間だ。
だとしたら、領主を洗脳したのは目の前のトバスってことか。
とりあえず、殺されたあいつの代わりにトバスに色々話して貰うしかない。
「おっと、私に余計な事をしない方がいいですよ」
「そう言われて、あっさり見逃すとでも?」
「まぁお待ちなさい、交渉致しましょう。先程は暫く待っていただくよう言いましたが、情報と交換で魔法陣を再起動して私を見逃していただけませんでしょうか?」
そんな交渉、俺が飲むのにデメリットが少なすぎる。
俺にデメリットが無ければ譲歩するわけ無いじゃないか。
「いや、私が直接捕まえて聞き出せば済むでしょう?」
「それがそうも行かないのです」
「瑞樹様が魔法陣に細工をして、転移できなくしましたね? 知らなくてもしょうがないのですが、そこからもう暫くすると鉱山の人間が順番に殺される仕組みなんですよ。要は、ここに何かあった時の措置ですね」
そう言うことか。ここの魔法陣の機能が停止すれば、帝国側のも起動できなくなって何かあったと判るってことか。
オークの集落の魔法陣は放置していたから、俺らの動向に気づくのが遅れた?
それはないだろう、あれだけの騒ぎだったんだから。要は街の中のこっちの魔法陣の方が、重要だったけと言う事だ。
「…………わかりました。 魔法陣を再起動後に内容を話して下さい」
そう言って俺は魔法陣の四隅に刺したスローイングナイフを抜く、そうすると次第に当初の輝きを放ち始めた。
魔法陣が再起動した証拠だ。
「では約束通り、私達の目的は人体実験です。人間と魔物を融合させて両方の特性を持ち合わせる究極の存在です」
マジか……非人道的にも程があるぞ!
やりたければ自分たちで試せばいいものを、他国の……それも何も知らない人達を!
実験用の人間を確保する街にしたと言うのか!
「そんな事許されるとでも?」
「そんな事は私の知るところではございません。では約束通り、これにて失礼を」
トバスは俺の横を通り、魔法陣に乗る。
恐らくトバスが戻らなければ、鉱山で同様のことが起きるだろう。
だから、今は行かせるしかない。
しかし、転移の間際に一番胸糞悪い瞬間が訪れる。
「あぁ最後に、お嬢様を刺したのは…………私ですよ、この場所を偶然にも見られそうになったので、思わず背後から刺してしまいました。目眩しの魔法で逃げられたのは失敗しましたが。でも、あの柔らかい肉の感触は最高でした。あぁ、デン様にもよろしくお伝え下さい。洗脳の上書きの茶番が最高でした、と。では……」
「この下衆がぁぁぁぁぁ!!!!」
トバスが転移する瞬間に俺はスローイングダガーをありったけ投げるが、一瞬遅かった。
あんな奴の口車に乗らずに、そのまま吐かせるべきだった……完全に俺の失態だ……。
この悲惨な状況と鉱山の事をギルマスに報告しないと……。
あと、メルにどう伝えればいいのやら。
明日からの警備の事もあるし…………今から憂鬱になりそうだ。




