これは予想外だわ
何だか久しぶりにドリュウの宿屋で寝た気がする。
そんな訳ないんだけど、たった一日別のところで寝ただけでそんな感覚に陥っている。
まぁそれでも、新しい家に入れれば宿屋など料金を気にせずに暮らすことが出来る。
その分、維持費を稼がなきゃいけなくなるけど。
「おはようございます」
依頼中は暗いうちから農園に向かって巡回してたけど、流石にオフの日はのんびりしたい。
だから、宿屋の一階が掃けた頃合いを見て朝食を済まし、その足でギルドまでやってきた。
「おはようございます瑞樹さん。昨日報告された依頼の報酬の受け取りが出来ますよ」
そう言われたら受け取るしかないね。
実際そんな大した依頼じゃないから、額もたかが知れていると思ったけど、受け取った報酬額はそれなりに多かった。
「これって、ほかの依頼だと、どれ位のランクなんですかね?」
「そうですね。通常報酬はランクなりの額ですけど、デッドラビットの分が相当を占めていますので、実質ランク『C』プラスアルファってところでしょうか」
それは凄い。
凄いけど、ちょっと不味い。
何が不味いかって、アレンとマリンが味を占めて無茶な依頼を受けてしまわないかって事だ。
俺の知らないところで勝手に依頼を受けて、返り討ちに合うだけならまだしも、死んでしまっては元も子もない。
「メリッサさん、アレンとマリンの分の報酬の四割をパーティの預金に入れておいて来れませんか?」
「わかりました。今後瑞樹さんと別に受け取る時は、全てそのようで良いですか?」
このやり取りだけで判ったのだろうメリッサさんは、俺に最適な案を提示してくれた。
メリッサマジイケメン!
「優しいですね、瑞樹さんは」
「そんな事ないですよ、これもあの二人のためです」
それでも初期の報酬より大分多いんだけどね。
実際初期の報酬がどのくらいかと言うと、朝の巡回警備だけなら五日分、薬草採集だけなら一週間分の報酬を受け取る事になる。
それプラス追加の分も入るんだから、今日明日と休んだ所でなんて事はないだろう。
俺も今日明日とゆっくりしたい所だけど、生憎と用事もある。
「所で今『雀の涙』の皆んなは依頼中ですか? 連絡を取りたいのですが」
「ちょっと待って下さいね。えっと…………依頼中ですが、予定ですと今日中に戻ってこられますね」
そっか、なら伝言でも頼んで、ゆっくり街でもぶらつくかな。
あ、住む予定の家を先に見に行くってのもありかも。
「じゃあ伝言をお願いします。昼までに戻って来ましたら、夕方。それ以降に戻られたら、明日の昼前に会いたいと伝えてください」
「わかりました、そのように伝えておきますね。それまではお散歩ですか?」
「そうですか、それと伝えたい事がありまして……」
魔物の襲撃から数日も経過すると、何事もなかったかのように賑わっていて、この世界の人達の逞しさが見て取れた。
それだけ生きるのに必死なのだと言う訳なんだけど、それでもこう言う活気と言うものは、自然と周りからエネルギーを貰い、自分のテンションも上がると言うものだ。
それだけに先程ギルドから出る間際に聞いたメリッサの言葉が気になった。
「引ったくりか……どこの世界も、というかこの世界なら尚更なのかな……」
以前からも散発する事案だったらしいのだけど、魔物の襲撃事件以降、一気に増えたらしい。
この街はほかの街と比べ、比較的治安は良いらしいのだが、それが倍増したそうだ。
と言うか、俺の初の巡回依頼でもあったな。取り逃したけど……。
「おう、嬢ちゃんじゃねえか! 焼きそばおまけ分やるけどどうだ?」
おぉ、あの時の焼きそば屋さん。
そう言えば次に来た時におまけするって言ってたっけ。
「そう言えば約束してましたね、おまけ分だけ頂いても良いのですか?」
「良いってことよ、その代わり次も贔屓に頼むな!」
抜け目ないね。でもまぁ美味しいし、絶対に次も買うと思うから頂くよ。
それに少し話したい事もあるしね。
「おじさん、最近この界隈の治安ってあまり良くないのですか?」
「あぁそうだな。買い物を狙った引ったくりならまだしも、この間なんか売上金を狙った強盗があったって話だぜ」
「強盗までも?」
ちょっと笑えない話だな。
いや、人のものを取るだけで笑えないけど、どうしてこうなったんだ?
「裏路地の食えない子供らが増えて、そいつらが犯人じゃないかって話しだが。けど、この間の魔物の襲撃じゃ、怪我人は出たけど死者は出ていないから、路頭に迷う子供らはいないんだけどな……」
ん〜……こう言うのって街の警備兵の仕事なんだろうけど……いや、俺はこれから新しい住処を見に行かなきゃいけないから首は突っ込んでられない。
「嬢ちゃんも、一人の時は気をつけなよ!」
「ありがとうございます」
って、フラグじゃね今の。
絶対そう言う案件だわ……ならやるしかないか。
「おじさん、やっぱり焼きそば三つ持って帰るから下さい」
「あいよ、出来立て持たせてやるよ!」
さて、良い匂いをさせながら屋台通りを抜けて、市場に入る。
その市場の脇を抜けて、この間の細い通りに入ろうとすると……。
ドンッと何者かが俺の背中をタックルする様に押し倒し、手に下げた焼きそばの入った紙袋を引ったくった。
黒い影が俺の目の前を走り抜け、目の前の細い路地に入って行く。
「取り敢えず追いかけるか」
この間初めて入ったけど、結構入り組んでいて迷路みたいだったんだよな。
そのせいで、ケリーと一緒に見逃したんだっけ。
俺の数十メートル前を走る引ったくり犯は右に左にと身軽に路地を走り抜ける。
予想はしていたけど、地理的に詳しいやつだな。じゃなきゃこんな所に逃げ込まない。
「問題はここで捕まえるかどうかだけど……いやダメだ」
一旦距離を置いて、どこへ逃げ込むか確認だな。
どこへ行くのかな………っと。
相手に気付かれない様に追跡すると、犯人は一件の家に入って行った。市場や普通の住宅街から大分離れた街の防壁に近いな。
それに、結構古い家だけど、別に今に崩れそうって訳でもないし、道端に浮浪者がいる訳でもない。
不思議な所だな……。
周りを確認してから犯人が入った家に近寄る。
近くの家にも何人か気配はあるけど、俺の動きに興味がない様な感じだ。それならそれで動きやすいな。
「兄ちゃん、今日は焼きそば買って来たぞ!」
「すまんな、もう少ししたらまた動ける様になるからな」
「気にすんなって、その時は兄ちゃんの分も合わせれば、もっと生活が楽になるからな!」
初めの声はきっと盗んだ奴の声だろうけど、その次の声はどこかで聞いた声だな?
取り敢えずネタは仕込んだし、正面から訪問しようかね。
コンコンッ
「ごめんください、少々お尋ねしたい事があるのですが」
俺がノックして訪ねた瞬間、家から声が途切れ気配が薄くなった。
あれだ、居留守を決め込もうと言う腹だな?
「すいませーん、私の焼きそばを返して欲しいのですけど?」
お、一人の気配に動揺が走ってる。もう一人の方はよくわからないって感じだな。
うん、もう一押しかな? と思ったけど、ゆっくりと扉が開き一人の少年が顔を出した。
「な、何だよ怪我人がいるんだ、静かにしてくんねーかな?」
「そっか、それはごめんね。でも、私もせっかく買った焼きそば泥棒を追って来たら、この家に入ったのを見たからね。少しだけ家の中を拝見させてもらって良いかな?」
「は、はぁ⁉︎ そんなの見間違いだろ⁉︎ 変な言いがかりつけんなよ!」
めっちゃ動揺してるんですけど。
しかも目が泳いでるよ。泥棒は出来るけど、嘘はつけないタイプか。
この子はこのままじゃ子悪党で終わるタイプだなぁ。
「怪我人がいるんだから、大声出したらダメだよ。それに、見間違いじゃないよ、見逃さずに着いてきたからね?」
「う、嘘だ……俺の速度に。兄ちゃんだって着いてこないのに……」
自分で小声で喋っているつもりなんだろうけど、丸聞こえだよ。
自分で自白しちゃってるよ。
「じゃあ取り敢えず入らせてもらうね、それで私のじゃないって言うなら諦めて帰るから」
ちょっと強引だけど、拉致が開かないからそのまま入らせて貰った。
後ろから止める声は聞こえるけど、無視だ。
そして、そのまま奥へ入って見たらなる程、もう一人の声を聞いた事があるはずだわ。
「ケリーさん? お久しぶりと言う訳じゃないですけど、家はここだったんですね」
「瑞樹? お前がここに何の様だ?」
相変わらず突っぱねた話し方だ。
まぁ最後の別れ方があんなんじゃしょうがないな。
けど、それはそれ。
「私の買った焼きそばを泥棒に取られましてね。追ってきたらこの家に入って行ったので。何か心当たりはありますか?」
そう聞いた瞬間、ケリーの顔にも動揺が走り、目が泳いだ。
なる程、君ら兄弟か。
けど、俺が外から訪ねた時は、そうでもなかったとこを見ると……。
「その様子では、今目の前の物が盗まれた物だとは知らなかった様子ですね」
「あいつ、トニーは自分で稼いで買ってきた物だと言っていた。けど、お前は盗られたといっている。だから盗られたと言う証拠を示して欲しい」
「そ、そうだ! これがお前のだと言う証拠を見せてみろ!」
うん、その言葉を待っていた。
けど、ケニーとその弟のトニーとでは、言葉の意味合いが違う。
「良いよ、まずこの紙袋の中には何が入っている?」
「馬鹿にすんのか? 焼きそばだよ!」
「いくつ?」
「み、三つ?」
何で疑問形なんだよ。
「以上かな?」
「あぁ、中身は焼きそば三つ分だ! どうだ、それだけじゃお前のだって証明できないだろ!」
意味もなくドヤ顔とかどうなんだよ……。
まぁでも、これでトニーが中身を確認していない事がわかった。
トニーは俺が焼きそばの屋台のおじさんから『三つ買った』場面からいる事はわかっていた。
けど、この中身はそれだけじゃ無いよ。
「外れだね」
そう言って、俺は太腿に装備しているスローイングナイフを紙袋の横に刺した。
しまった、ちょっと捲れた。
「な、ナイフで脅したってダメだぞ!」
「違うよ。まず一つ、この中の焼きそばは三つじゃ無いよ?」
「え、だ、だって三つくれって屋台のおっさんに言ってたの聞いたぞ!」
だから、さっきから自分で自白してるんだってば…………次だ次。
「買ったのは三つだけど、初めにもらったおまけも含めてこの中には四つ入ってるよ」
そう言う事。
トニーの顔が真っ青だ、まだ続きがあるんだけど大丈夫?
「あと極め付けに、この中にはね」
わかりやすい様に紙袋から出したほうが早いかな。
焼きそばを先に四つ出して、最後に……。
「この刺したナイフと同じ物が目印として入っているから。これは私のオリジナルだから、君に同じものは手に入れれないよ」
これで詰みかな。
トニーの顔が真っ青から、蒼白に変わって行ってる。
さて、問題はここからだね。
このまま警備隊に突き出すかそれとも……。
「す、すみませんでした!!」
うわ、盛大な土下座。
しかも、やっているのはケニーだ……。
これは予想外だわ。
読んでくださり、ありがとうございます。
ちょっと長くなりましたので、一旦区切ります。
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