一息ついて
闘技場の一件から数日経ち俺はセレナに呼ばれ、後宮で一緒にお茶を飲んでいた。クッキーはおいしくお茶もほんの少し甘味はあるものの、毒は入ってなさそうだ。ちなみにアルジェは俺の従者と言うことでお留守番と思いきや、少し離れたテーブルで同じようにお茶を許された。アルジェ本人は「小難しい話は主人である瑞樹の仕事だ」と言いながら、そそくさと案内された席でくつろぎはじめた。こんな時ばかり従者ヅラとかずるくね?
「えぇ〜〜〜? 本当に出ていくのぉ? フィールデンのお嫁さんになれば、この国も思いのままなのよぉ?」
「ご冗談を。私はエンガイア王国の民として骨を埋める所存ですので、今回の一件は特殊だと思ってください」
「エンガイアだって表面上は良くてもねぇ……バレジアだったら特別待遇で歓迎しちゃうわよ?」
「はははははは………」
「うふふふふ……」
またその話か。この女は本気なのか冗談なのか、判断がつきにくいことを言ってくるのが面倒くさい。
ぶっちゃけエンガイア王国だってそう言うのはあるだろう。けど、今回の一件で関わると碌でもないことは十二分にわかった。だからエンガイアと言うより、ハルトナで過ごしたいんだよ。
そんな俺とセレナの笑顔の牽制をよそに、メイドのアレイアは空になったティーカップにお茶を注ぐとあの後のことを話してくれた。
まずエギルだが、ケガ自体は処置が早かったおかげか、大事にならずに済んだ。けれど、あの後完全に憔悴しきってしまい部屋に引きこもってしまったらしい。
それはそうだろう、あんなにイキっていたにもかかわらずボーマンに裏切られたあげく、リスタにすら見下されていたんだ。結果だけ見れば、何もできずに脱落したも同然だ。
ちなみにエギルの母親であるマルサは闘技場での貴賓席でちらっと見かけて以来、まったく姿を見なくなった。勝てない息子を見限ったか、それともまだ何かするつもりか。
次にリスタだが、フィールデンの勝利宣言後、他の人たちの入場が許されるや否やリスタの母親であるエルメナが神官っぽい連中を引き連れ、息子をどこかに運んで行ってしまった。リスタ本人は痛みで気を失ってしまっていたからフィールデンの演説なんて聞いていないが、父親の思想を濃く受け継いでいそうだから、あれを聞いたら間違いなくもう一悶着ありそうだった気がする。
けれど、ボーマンの変わり果てた姿と末路を目の当たりにしたら、そんな気も失せると思うんだがな。
ともかく、本人たちよりその母親がね。
そして最後に俺の依頼主であるセレナの息子であり、フェルダス六世ことフィールデンだ。あの後執務室に籠るや否や、すぐに改革についての案を練りはじめたんだとか。セレナの傀儡かと思いきや色々忙しく動いてるようで、財務帳簿の洗い出しを行い、汚職に加担した貴族の粛清など考えているそうだ。貴族どもは私利私欲に塗れている奴らばかりで、王城が血で染まりそうだとか人員不足だとかぼやいているんだそうだ。
そんな一部始終をアレイアから聞かされて、俺はふと思ったことを尋ねた。
「私はてっきりフィールデン様を裸の王様に仕立て上げて、後ろからセレナ様が好き勝手するのかの思っていたの……です……が……」
言い終える前に自分の発言が完全にミスった事を悟った。セレナの目が笑っていない。さらに背後に控えているアレイアまでもが目で語っている。
それはそうだろう。真偽の確かでない城下の露店で聞いた程度の噂を、アレイアじゃなく直接セレナに尋ねるなんて。
「どうもすみません、不敬でした……」
何か言われる前に、ここは素直に謝るところだ。せっかくのお茶の場を丸く収めるどころか、火種を落としてしまったのはバカの所業でしかない。
これは不敬を許す代わりに、フィールデンの嫁になれなんて言われるだろう。ここで逃げ出してお尋ね者になるよりも、腹を括って五十年ほどフィールデンと結ばれた方が落とし所として無難だろう。その後に行方をくらませた方がマシってもんだ。
なんてしおらしく下を向いて考えを巡らせていると、頭上からため息が聞こえてきた。
「はぁぁぁ〜〜〜〜……もう、しょうがない娘ねぇぇ〜〜。噂なんて所詮噂なのよぉ?」
「え?」
「確かに色々画策していたわ。けれどそれはね、私たち三人で決めて恨みっこなしでのことなのよ。もちろんあの二人の思惑は知らないわ、けれど私は傀儡にするとかじゃなくて、先代の様な人間になって欲しくない思ってのことなのよ。それを市井は面白おかしく捻じ曲げちゃったのね。これも私たちの因果なのかしらねぇ」
セレナのため息混じりの返答は、まるで俺の考えを読んできたかのようだった。それにセレナたちのやってきた事は、側から見ればただの嫌がらせにしか見えないし、何ならこの歳で矯正じみた事をしても無理じゃないかなと思う。さらに見方を変えれば、ただの天上人の遊びにしか思えないんだよな。
ともあれ、どうやら俺の発言に怒っていないなら安心だ。
「あら、怒ってはいないけど、許してもいないわね」
「え、本気ですか?」
「市井が少し噂するくらいなら許容範囲だけど、それをわざわざ本人に聞いちゃうのはだめよぉ?」
ま、まぁ確かにデリカシーが無かったと反省するところはあるが、まさかこれで不敬になってしまうなんて思いもよらないだろ。
よくよく考えればハルトナの領主のメルが大らかなだけで、本来は謁見すら許されない立場なんだよな。そう考えれば、さっきの天上人って言うのもあながち的外れってわけじゃないのか。
「あぁ〜心が傷ついたわぁ。どうにか責任とってもらわないと、癒えないわぁ」
「えぇぇ……」
あざとい、んでもってわざとらしい。むしろ俺がボロを出すのを期待していたまであるぞこれ。
「瑞樹みたいな娘がフィールデンのそばにいてくれたら私も安心だわぁ。それで手打ちって事でどうかしら? さっきも言ったけど、絶対に悪いようにはしないわぁ。あ、それともマクドナルド家にでも嫁ぐ? 私としては王家に嫁いでくれた方が嬉しいけど、この国に残ってくれるのならそっちでもいいわよぉ? えっとマイル、だったかしら? あそこの長男は将来有望そうだから、今から年上女房的に手なづけるのも悪くないわよねぇ?」
マイルって、あの学園にいたショタっぽい男の子か。確かに可愛らしかったし、ちょっとだけグッとくるものがあったけど。結局選択肢が増えてだけで、何も解決していないじゃないか。
百歩譲ってマイルがその気だったとしてもだ、俺にはまだやるべきことが残っている事は確かだ。
だからこそここは、真正面から誠意を示すだけだ。
「大変申し訳ございませんセレナ様。私のような下賎の者に過分な申し出、大変嬉しく思います。ですが、私にはまだやるべき事と行くべき場所がございます」
「それって聞いても良いことかしら?」
「はい、まずはリザイン帝国の事です。あの国はエンガイア王国のハルトナへ魔物をけしかけました。向こうは知らぬ存ぜぬで通してますが、きっちり方をつける必要があります」
「話に聞いたことがあるわ、確か三年前のことよね?」
「そうですね、魔物が押し寄せてきたと言うことですが、その魔物を転移魔法で送られた形跡と、何よりハルトナ、アレンドリア領主邸に刺客を送り込まれ危うく殺害されるところでしたので…………それにまだ私はあの戦争から故郷に一度も帰れてませんから」
「そう、わかったわ」
正面から見つめて話せば、セレナも茶化さずに俺の目を見てくれる。こう言う締めるとこはしっかり締めれるところが、フィールデンがまっすぐに育った証拠とでもあるのだろうか。
「私の申し出は一度取り下げましょう。けれど、一つだけ約束して欲しいことがあるわ」
「聞きましょう」
ここへ来てまた約束事か、無茶なこと言われなきゃいいけど。そう思ったけど、セレナの約束はそれもう毒気を抜かれるものだった。
「またここへ戻ってきて、一緒にお茶をしてちょうだい。そしてお土産話をいっぱい聞かせて欲しいわ」
「……えぇ、もちろん。必ず戻ります」
こう言ってはなんだけど、セレナのふんわりとした笑顔は10代の女の子が白馬の王子様のおとぎ話を聞くときのような無垢なものに見えた。
今までフェルダス五世の色んなことで苦労してきただろうが、これからは多少は肩の力を抜ける時があるのではないかと思う。ならそう言う時に、土産話の一つでも運んであげればいいのではとふと思う俺だった。




