決着
「オンナァァァ!」
薬によって変化したボーマンの鋭い爪がアルジェの白いに迫る。がしかし、眼前でそれがピタリと止まる。よく見ればボーマン爪は、アルジェの細い指から伸びた爪で受け止められていた。
爪対爪。理性を失い本能のみで動いているボーマンだが、自分より細い爪で止められたことに理解し難い憤りを覚えたのか、アルジェの爪を折ろうとなん度も腕を振り下ろしてきた。
「ガァァァッァ!」
だがそんな爪も、アルジェの白い肌には一切届かない。
「ふんっ、イキっていたわりには大した事ないな。速さも力もまぁまぁだが……所詮はそれまでだな」
それだけ言うと、一瞬の隙を突いてアルジェの爪がボーマンの体を切り刻んだ。一見しただけだが、スピード、パワー共に決して悪くはない。むしろ冒険者だったら単独でランクAを余裕で越えるんじゃないだろうか。さらに薬を飲んだことで刃すら通さない体になったんだろうと思うが、アルジェの爪はそれを容易に刻んで闘技場に新たな血飛沫が舞った。
それに加えて今はあの時より強くなっている。ボーマンの体が自身で捨てた鎧より固くとも、この結果は想像がついている。
「コノテイドォォォォ!」
叫ぶと同時に骨まで断たれていた腕や体の傷口が泡立つと、まるで何事も無かったように塞がっていった。これもオニルタン戦線やスラム街の時に見た光景だ。魔獣化した連中の厄介な能力の一つにこの再生能力あがる。
「ほう、大した再生能力だ。ならどこまで耐えれるか試してやろう」
「ガァァァァ!?」
それだけ言ったと同時に奴の右腕が飛んだ。そして間髪入れず左腕が飛び、その直後に両足が切り落とされボーマンは地面に転がされた。
「おっと、これも試してやろう」
最後にわざとらしく言うと、地面に転がったダルマ状態のボーマンを見下ろし、最後には不敵な笑みを湛えたまま首を刎ねた。
おもちゃと言う鼠を見つけた猫は、こんな光景なのか。とどめは俺がやるって言ったのに、全部自分でやりやがった。
一年前、魔獣化した奴らを倒した時もキリがなかったから結局首を刎ねていた。結局、魔獣化しようが生きている以上は首と胴体がなき別れてしまえば、生命活動は困難となる。
肉塊となっても動き続けたフェルダス五世という例外を除けば、これで終わるはずだが。
自分で言っておいてなんだが、フラグだろうな。
「アルジェ」
「えぇ、わかっています。たいした生命力ですね、これには私も感心です」
わかっているならいい。
と言うのも、全てがバラバラになったにも関わらずアルジェの言う通り、ボーマンの体はドクンドクンと脈動していた。そしてバラバラにされたそれぞれの部位が心臓を持っているかのように動き続ける様は、まさにあの時のフェルダス五世を彷彿させる。
あの時は戦場だったが、今回は民衆の目の前でそれが現実になろうとしている。
脈動するそれぞれが原型を失いながらも胴体へ近づき、再び一つになろうとしているのだ。この後の事は簡単に予想ができる。
それは想像するだけで悍ましいものだ。
「な、何だ。こんなの僕は知らないぞ! ……うわぁ! 来るな! 離れろ!」
そう叫んだのはリスタだった。どうやら刻んだボーマンの体の一部が近くにいたリスタを取り込もうと、へばり付いたのだ。
リスタにまとわりついた体の一部はスライムの様に形を変え、足首から登りながら自分のものにしようとしていた。
「瑞樹?」
アルジェから聞かれる。これは単純に「どうする?」と聞かれているんだと思う。
俺としてはフィールデンさえ勝たせればいいし、飲み込まれたところを一緒に始末してもいいと思っているから……。
「そうね、このまま……」
「瑞樹」
このまま放置でいいと言おうとしたところで、フィールデンから待ったがかかる。
この闘技場に来てからほとんど俺に任せっきりで空気だった男から、初めて呼び止められた。正直言って何を言おうとしているかは予想がつく。
って言うか聞きたくはない。が、一応依頼主の息子で護衛対象でもあるから、耳だけは傾けておこう。
「何でしょう? まさかとは思いますが?」
「うん、あれは放っておくとダメな奴だよね?」
「えぇ、飲み込まれておしまいですね。フェルダス五世の場合は薬の過剰摂取からの暴走。そしてあの様に変質し、周囲を取り込みながら肥大化しましたので」
「そうか、なら何とかできるかい?」
「まとめて処分すれば、手っ取り早いのですが」
そう言ってチラリとリスタの方を見れば、まとわりついた肉塊は、膝上にまで登ってきていた。どうやら肉塊の量が多くないためか、取り込む速度がそんなに早くないらしい。そのおかげか、リスタは未だ叫びながらも生きているようだ。
「いや、それでも頼みたい」
「理由を聞いても?」
「交渉が有利になる」
そう言われてフィールデンの視線を追えう。貴賓席ではリスタの母親なのだろうか、妙齢の女性が取り乱しながら何かを叫んでいた。化け物の残骸に取り込まれる様は、どんな人間が見てもやばいと感じるだろう。ましてやそれが、自分の腹を痛めた子供なら正気じゃいられないだろう。
「なるほど……」
要するに恩を着せて、今後の交渉を有利にしようってことか。フィールデンの思惑はともかく、恨みを買わないようにすると考えれば悪い話じゃない。
「アルジェ!」
「わかりました!」
話を聞いていたアルジェは俺の一声でリスタの元へ一瞬で駆け寄ると、肉塊に侵食されかけていた片足を膝上から斬り落とした。
魔物との実験材料にされたナオの父親や、ワイズが未だ元に戻ったと言う報告を聞かない以上、これが最善手だ。
「ぎゃぁぁ!? ぼ、僕の足が!!」
「うるさい!」
そして足が切り落とされたことでパニックに陥っているリスタを掴むと、アルジェは闘技場の隅で俺たちの様子を窺っているエギルたちの方へぶん投げた。
「瑞樹!」
「よくやったアルジェ」
アルジェが切り落とした足をボーマンだった肉塊へ投げると、即座に自身の体内へ飲み込んでいった。だがそれが合図だ。
「燃えろ燃えろ怨嗟の炎 唸れ唸れ獄炎の雄叫び 叫びてその身を灰燼と帰せ!」
俺が詠唱を唱えると、肉塊を覆うように禍々し黒い球体の魔法陣が展開される。それとともに、この世のものとは思えないような唸る声が、闘技場全体に響き渡った。
これは俺が地割れに落ちた時、少しずつ読み進めた魔法大全から習得した魔法だ。この魔法は普段俺が使っている広範囲とか高威力とかの魔法ではない。
ではどんな魔法か。それは人一人を確実に地獄へ引き摺り込むと言う、悍ましいものだ。見た目といい内容といい、もはや禁呪なのではと思うが、魔法神アレフはこれを普通に載せているんだから倫理観を疑う。いや、それを使う俺も似た様なものか。
黒い魔法陣に閉じ込められた肉塊はさすがに異変を感じ取ったのか、手とも足ともわからない触手もどきで暴れ出すが、魔法陣はびくともしない。それどこか魔法陣から伸び出てくる黒い手が、肉塊を拘束する。
この魔法の怖いところは、詠唱段階で肉塊が捕まった時には終わりが確定するってことだ。
だから俺は最後の一節を唱えよう。
「マ、マテ……タスケ……ロ……」
黒い腕の隙間から肉塊に穴が開き声にならない声を発するが、全てが手遅れだ。人を騙し、人を人と思わないような実験に加担した奴の末路に相応しい最後にしよう。
「さてこれで最後だ……【奈落への招待状】」
「オオオオオォォォォォォォ!!!!」
それをきっかけに、肉塊を閉じ込めた魔法陣がさらに唸りを上げる。地獄の底からの唸り声に闘技場の誰もが耳を塞ぐが、この声は脳内に直接叩き込まれるから不可能だ。
「や、やめてぇぇぇぇぇ!?」
「わ、わるかったぁぁ! だからやめてくれぇぇ!」
「おかあさぁぁぁん!?」
「く、くるなぁぁぁぁぁ!」
そのため、心が弱い者がこの魔法の余波を浴びると、失神してその場で倒れる者、発狂してその場で暴れる者、錯乱して意味不明なことを叫ぶ者など、闘技場の魔法陣の中と同様どころか客席の方が地獄絵図と化していた。
当然、止めろと言われても一度発動した魔法は肉塊全てを飲み込むまでは止まらない。
が、どうやら客席の願い通りにもうそろそろ終わりを迎えるだろう。さっきまで必死にもがいていた肉塊だが、抵抗虚しく触手もどきに全て覆われ、今は脈動の向こうで終わりを待つばかりとなっていた。
もしこれをフェルダス五世の時に使用できていたら、いったいどれだけの時間がかかったんだろうか。
けれど、禍々しくも確実に仕留めることはできただろう。そして俺は地割れを引き起こすこともなかっただろうし、ひょっとしたらユミルを危険な目に遭わせることもなかったのかもしれない。それに地割れで落ちることもなかったからメルを悲しませることもなく、今もハルトナでみんなと楽しく暮らしていたのかもしれない。
「終わりましたね、瑞樹」
アルジェの声で我に帰ると、目の前で展開されていた魔法陣はなくなり、闘技場の中心には俺一人が立っていた。
「そうだね……」
そう答えて周囲を見渡せば、闘技場の隅っこではリスタがエギル陣営から治療を受けていたが、当の本人はショックのせいなのか気を失っているようだ。そして客席の方は、魔法の余韻が残るのか客席はいまだに呻くものが多く、誰一人として決着がついたことには気づいていない。
そんな混沌が冷めやまない中で一番の笑顔を見せていたのは、フィールデンの母親であるセレナだ。それはそうだろう、フィールデン本人は大して苦労もせず無傷で王位につくことができるのだ。闘技場の最上段である遠いはずの貴賓席が、ここから見てもはっきりわかるくらいの満面の笑顔だ。隣で崩れ落ちているエギルやリスタの母親が、なおさら哀れに見える。
そんな誰にも祝福されることのない勝利を納めさっさとこの場から離れようと考えた時、一人の男が俺の肩を叩き、そして叫んだ。
「皆ものも聞け!」
振り返ると、そこにはいつもの穏やかな顔ではなく、覚悟を決めた一人の王としてのフィールデンが立っていた。
「我こそはこの継承戦の勝者であり、次代のバレジア王国国王になるフィールデン改め、フェルダス六世である! 我は一人の部下の決死の戦いにより王座に就くことができた。だがここから先は国民一人一人の協力が必要だ! なぜか! それは前王に傅いた我々の責任だからである! 生前フェルダス五世は、己の私利私欲で隣国であるエンガイア王国へ侵攻した。その結果、自身の死によってのツケ支払うことになった……それはいい。しかし、それに巻き込まれた我が国の兵士、それに侵攻を受けたエンガイア王国の国民はどうだ? 感情や欲で軍を動かした被害がとばっちりでいいわけがない! だがこれからは違う。これからのバレジアは私をはじめ、国民全てが剣での幸福ではなく、政で皆の心を満たすべきだと考えている! よってまずは、エンガイア王国への賠償。それと同時に国内の政治及び統治体制の見直しを図ろうと思う。当然これらは一朝一夕でどうにかなものではない、だからこそ臣民全ての団結が必要なのだ! ここからである! 古き体勢を捨て、新生バレジア王国を作るために私と共に立とうではないか!」
俺とアルジェはフィールデンの後ろで控えながら、黙って演説を聞いていた。
武力ではなく政治による幸福。これを他の国の王族が聞いたら当然のことをと突っ込まれそうな内容だが、それもこれもバレジアという国が軍国主義を貫いた結果だろう。
それをフィールデンがこれから変えていこうと言うわけだ。拡声器を使ってもいないのにその声は闘技場全体に広がる。国民の中には戸惑いもあるだろう、派閥の渦中にいる貴族は自身の立場に恐々とするものもいるだろう。
それでも演説が終わる頃には少なくない拍手の中、フィールデンは満足そうに拳を掲げていた。




