蹂躙劇
「がっ…………な……に?」
一瞬の出来事に闘技場が静まり返った。
それどころか、背後から主人の苦しそうな声によって俺たちの方へ向かっていた奴の部下たちの足も止まった。それはそうだろう、俺も何かが起きるとは思っていたがこれは予想外だ。
エギルに剣を突き立てたのは、先ほどまでエギルの側にいた側近だ。
そいつの顔は見忘れるはずがない。エギルが拉致された時に俺たちを疑って部屋に乗り込んできた男だ。
「エギル様、今までお仕えできたこと嬉しく思います。安らかにお眠り下さい」
「な……なぜ?」
そう言って剣を引き抜かれたエギルは、大量の血を流してその場に倒れた。あの出血量で放っておけば、助かる見込みは薄い。
仮に俺がすぐにポーションを使えば、綺麗さっぱり治るだろう。けれどそれは出来ないし、するつもりもない。
そう考えた直後に数本の矢を剣で叩き落とした。射ってきたのは、リスタの後ろにいる弓兵だ。
「殿下、気を抜かないでください。リスタ陣営が狙ってます」
「くっ……わかった。けれど、何が起きているんだ?」
「簡単な話です。あいつが裏切っただけですよ」
そう言いながら俺は刺した張本人に視線を移す。
本当はそう簡単な話じゃないんだろうけど、目の前の事に集中させるためにそう言い切った。その証拠と言うわけじゃないが、エギルの側近だった男は自分の剣に付いた血を振り払うと、リスタの元へ行き膝を付いた。
「邪魔者を消しました」
「結構上手くいったね。これで残るはあと一人だよ。手伝ってくれる?」
「御意に」
短い言葉の中だけでは深い意味は伝わってこないが、これはこれで一対一の状態にできたから俺らにとっても都合がいい。
「きさま……俺を裏切ったのか……何故だ!?」
先ほどまで俺たちに向かっていた部下たちが必死に手当てをしている中、エギルが息も絶え絶えに叫んでいる。
「裏切る? 何を仰いますか、私は裏切ってなんかいませんよ?」
裏切っていない。と言うことは……。
「彼は初めから僕の忠実な家臣ですよ、エギル兄さん」
「なっ……では……初めから……」
「だからさ、エギル兄さんを攫うのも容易だったよ。本当は今日まで大人しくして貰おうと思っていたんだけど、誰かが逃しちゃったからね。まぁ面倒だからこのまま消えてもらうことにするよ」
「…………」
腹違いの兄弟とはいえ、やる事がえげつな過ぎる。
「けれど、そこのお姉さんには気づかれていたけどね」
これから死ぬだけのエギルに興味を失ったのか、俺の方に話を振ってきた。
確かにリスタが黒幕なのは薄々気づいていた。と言うか、数日前にアレイアからの情報でそう断定されていた。だからこの展開も読めてはいたが、実際に目の当たりにすると胸糞悪くなる。
「えぇ、そうですね。リスタ殿下はどうやら人の心を動かすのがお上手なようですね」
「それは褒め言葉として受け取ってもいいのかな」
「それは勿論。ですが……」
「何かあるのかい?」
「人を見る目は、致命的に良くなさそうですね。私の所に来る奴らはどうにもポンコツばかりでしたので。もう少し人選は慎重にされるとよろしいかと」
「……」
俺を初めに裏路地で殺そうとした連中といい、その後、いちゃもんをつけてきたサモンといい。どうも差し向けられる連中は短絡的な奴が多過ぎる。
アレイアから聞いただけだとリスタ主導の犯行っぽいけど、どうもまだ裏があるような気がする。
とは言え、今は目の前のことだ。
恭しく膝をついていたエギルの側近だった男が、俺を睨みつけ剣を抜き放つ。
「お下がりください、リスタ様。小娘、黙って聞いていれば好き勝手言いおって。だが、今この場で引導を渡してやる。貴様一人でフィールデン殿下を守れるわけでもあるまいに。どう足掻こうとリスタ様の勝ちだ」
俺とフィールデンの二人に対し、リスタの陣営は十人はいる。客観的に見れば、この状況は絶望的だろう。
しかし、依頼されている以上守りきるし、何ならフィールデンを次のバレジアの国王担ぎ上げよう。わずかな付き合いだけど、こいつの人柄は信用できる。
エンガイア王国との戦後処理は、こいつに任せた方が穏便にすみそうだからな。
「そう思うなら、やってみる事ね。詠唱破棄、【従魔召喚】」
詠唱破棄の代償として多めの魔力を持っていかれるが、即時に魔法陣を展開して発動される。
使った魔法は勿論、どこぞで楽しんでいるであろう俺の相方を呼び出すものだ。
「アルジェ、呼びかけに応じ馳せ参じました。何なりとご命令を」
魔法陣の中心に長身の和服美女が現れると、恭しく跪き俺の命令を待った。
「ではアルジェに命令、フィールデン殿下を守りなさい。その間に私が敵を殲滅するわ」
「恐れながら、瑞樹の手を煩わせるまでもない輩かと。ここは一つ、このアルジェにお任せください」
言うと思ったよ。跪きながらそれらしく言っているけど、要は自分から手を下したいだけだ。確かにこの決闘にルールなんてものはない。単純に勝てばいいだけだから、アルジェ一人に任せておけば型がつく。
地上に出てからと言うもの、ほとんど戦闘らしい戦闘なんてしてないから暴れたいんだろう。
ならアルジェの主人として、要望を叶えるのも優しさと言うものか。
「わかったわ、ならそこで倒れている男を治療している連中と、そこの身なりのいい青年とその横にいる騎士。それ以外は……殺しなさい」
「感謝します、瑞樹。さて、聞いての通りだ人間ども。貴様ら人間には辞世の句とやらがあるらしいな。それを述べた奴から順にかかって来い。その時は苦しまずに殺してやろう」
俺に感謝を述べたアルジェは誰にとでもなく言い放ち、下からなぞるように手招きをする。
けど、相手側も動かない。いや動けないだけだ。それもそのはず、俺がアルジェを召喚した瞬間からもの凄い威圧感を放っていたからだ。
外見だけなら見るものを惑わす長身の和服美女だが、その中身は一体でも上級冒険者パーティーを圧倒できるシルバーレオンだ。さらにアルジェに至ってはそこから進化までしている。進化したアルジェは、ゴルディライガーにも引けを取らない。って事はいまこの闘技場において誰も手出しはできないってことだ。
「何を戯けたことを……リスタ様お下がりください」
そう言ってエギルの、いや今はリスタの側近が守るように剣を向けてくる。
けど、こいつも他の奴と同様にアルジェに気押されているからか、額からの汗が滝のように流れていた。
「ふむ、来ないのか。なら私から行ってやろう…………まずは一人」
「え……」
「そして二人」
そう言い終えるか否か、リスタの後方で矢を番えようとした弓兵の胸には、アルジェが伸ばした爪が突き刺さっていた。
続いてそのまま引き抜くことなく横薙ぎに雑に振った爪は弓兵をスライスし、隣の魔法使いの首を抵抗もなく跳ね飛ばした。
ここからは完全にアルジェの蹂躙劇だ。
「さらに三人………四人、五人、六人……」
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
「た、たすけてっ!」
アルジェが一人ずつ数えるたびに無惨な死体が増えてゆく。彼女にとってこの程度は準備運動にすらならないだろう。むしろ好きにしていいと言われた、肉のおもちゃとすら思っているかもしれない。
俺は黙ってアルジェの行動を黙って見守っていたが、それは闘技場へ観に来ていたバレジア国民も同じだった。それだけでこいつらが闘技場の光景と乖離しているのがわかってしまう。
闘技場で様々な闘いが行われていたのは想像に難くない。が、まさかこんな殺戮劇が展開されるとは思わなかったんだろう。
目の前の悲鳴の隙間から、啜り泣く声や嘔吐する音が聞こえる。
「いや……いやぁぁぁっっっ」
「十人目……これで最後か」
そして最後の断末魔が響いて、闘技場がようやく静かになった。




