そして始まる
埃立つ円形の大地、それを囲むように幾重にも重なった階段状の客席。上段には貴族が優雅に寛ぎながら見下ろし、下段にはバレジア王国の国民、いわゆる平民が群がっていた。
そう、ここは闘技場である。その真ん中には闘志剥き出しのエギル、飄々と何を考えているのかわからないリスタ、そしていつも通りとはいかないながらもやる気を見せているフィールデン。
ついにこの日がやってきたのだ。王位継承戦。
思えばカナンにお願いされてバレジア王国までやって来て、フィールデンの護衛をするのに色々振り回されたっけ。おまけにセレナからはフィールデンの伴侶にならないかと打診までされされる始末。
けれど、それもこれも今日でおしまいだ。もちろん自重なんてしない。目の前の継承権を持つ二人がどう出て来るなんて知らない。んで、これが剣や魔法を交えての戦いであるなら俺は妥協しない。
三者が視線で牽制しあってる中、その目の前に立っている男が一歩前に出る。服装からするに官僚っぽいが、この場に立つ所からするとそれなりな立場な者だろう。
そして闘技場に全体に通る声で語り出した。
「皆の者静粛に。先王フェルダス五世が亡くなり早一年。バレジア王国がエンガイア王国へ乗り込んだのがつい先日のように思い出されるが、結果は知っての通りである。武を持って戴冠した先王は武を持って己の存在を他国へ誇示したが、逆に上には上がいる事を教えられたわけである。が、それは至って弱肉強食である自然の摂理に相違ない! なら我らに出来る事は何か。悔やむことか? それとも惜しむことか? 否、次代の強者を頂に掲げ、次に進むことである!!」
「おおおぉぉぉぉぉぉ!」
男の言葉に沸き立つ観客。脳筋ここに極まれりとはこの事だ。
いや、そんな言葉すら生ぬるいな。自分たちの王が戦死したと言うのにこの沸き立ち様。先王の死すらエンターテイメントの様に扱っているのに、誰一人として咎める者がいない。
いや、実際にには腹の奥底で思う事があるものはいるのだろうが、少なくともこの闘技場にはいないだろう。
闘技場の最上段に顔を向けると王の座るべき席は空いているが、その横には妃であるセレナを始めエギルやリスタの母親であろう女性たちも何食わぬ顔で俺たちを見下ろしている。むしろ他の母親同士で談笑すらしていた。
この国は王族どころか国民纏めて狂っている気もする。
「では次代の強者とは何か? 先王の様に己の腕力で物を言わせるか、はたまた知力で相手をやり込めるか、それともカリスマ性で自身の周りを固めるのか? それが今日で全て決まる! この日まで爪を研ぎ続けた三名の王位継承候補者たち、その三人のうち最後に立っていたものが次代のバレジア国王となる! 我々はその歴史的瞬間を目の当たりにするのだ!」
「おおおぉぉぉぉ!」
こう言うのを目の当たりにすると、つくづく初めに降り立った国がエンガイア王国で良かったと思わされる。
いや、初めに出会った人間でその土地の暮らし方が変わるし、バレジア王国にも人の良い奴はいるかもしれない。けれど、少なくとも国のトップが死んで盛り上がる奴はエンガイア王国にはいないだろう。
進行役の男の前口上により闘技場の熱が最大に膨らむ。俺が考え事をしている間に継承者三人が紹介されたらしく、フィールデンが恭しく一礼をし端で待つ俺たちの元に戻ってきた。
「瑞樹、今までありがとう。泣いても笑っても今日で最後だ」
「なんとも気の早いものです。お礼にはまだ早いですよ」
「いや、君は俺を勝たせてくれるんだろ? ならこの礼は妥当なものだ。早すぎると言うことはないよ」
「それは……やられましたね。では殿下の言葉が嘘にならないよう、気張っていきますか」
「よろしく頼んだ」
微笑みながら俺にお願いする。
開口一番の発言に少し面食らったが、フィールデンの人柄が表れるわかりやすい言葉だ。
少々人が良すぎるきらいもあるが、エギルやリスタよりはな。もしエギルの陣営から同じような依頼が来てたら、即刻断っていただろう。
「ルールは事前に伝えたとおりだが今一度言おう。各継承候補者のうち最後に立っていた者を次のバレジア王とする。武器は各々が用意したもので構わない。更にこの戦いは生死は問わない」
その言葉に誰一人驚くものはいない。エギルやリスタだけでなく、観客である国民にすらこの話が行き渡っている事がわかる。
「では開始する。準備は良いか?」
その声を聞きフィールデンは表情を引き締め、俺も意識を切り替える。
闘技場の反対側を見れば、エギル陣営は獰猛な笑みを浮かべて俺を睨みつけている。先日までの俺とのやりとりで、相当鬱憤が溜まっているのか、鼻息の荒い奴が何人もいる。あれはどう見ても合図と共に俺たちへ向かう気満々だ。
けれど、少し……いやかなり気になる事がある。
「殿下、一応迎撃準備をしておいて下さい」
「あぁ、エギルだね?」
「えぇ、恐らくここまでくることはないと思いますが、念のためです」
「ん、どう言うことだい?」
「始まればわかりますよ」
そう言って、俺もポーチから愛用の長剣を取り出してフィールデンと共に構える。
「それでは始め!」
「エギル様」
「おう、俺が号令を出す。全員フィールデンの首を取れ!」
側近であろう部下の一人がエギルへ声をかける。それが合図となり、フィールデンの方へ向き直りエギルが号令を出した直後、奴の胸から赤く染められた剣が突き出ていた。




