救出作戦2
さて前述した通り、アルジェは戦闘能力は高いが隠密作戦とかそう言った類のものは得意としていない。
いや得意としていないと言うのは語弊がある。そもそもダンジョンに住んでいて、たった一頭で五十階層に訪れたパーティーを殲滅していたとすれば、そんなものは不要だからだ。
ならここからどうやって救出したのか。
アルジェは周囲に見張りや怪しい人影がいないのを見計らうと、気配を消しながら音もなく一気に建物の壁際までやってきた。
これは元々が伝説級の魔物の身体能力と、シルバーレオンと言う魔物といえど猫科の様なしなやかな身のこなしが生んだ恩恵と言えた。
(ふむ、外から探ってみたものの、数人程度か。どのみち目的の奴を回収すれば、押入りはばれるからな。にしても……『観ている』な)
バレると面倒なのは建物の周囲を警護していた奴らだ。今見つかれば応援を呼ばれて騒ぎになる。ならば騒ぎになる前にこの場からいなくなれば問題ない、とアルジェは考えていたのだ。
それとは別に、塀の内側にきた時から気になっていた視線があった。アルジェはその視線の元を辿った先には帝城があった。しかし自分を『観ている』奴が動く気がないとわかると、壁沿いを歩いてそのまま正面入り口の扉から入っていってしまったのだ。
この間足音はもちろん、着物の衣擦れの音さえさせずに侵入して見せたのだ。
これも隠密作戦が云々と言うより意識しなくとも一連の動作に無駄が無く、周囲には自然のように溶け込ませるように見せていると言う感じだ。
正面入り口の扉が音もなく開く。どうやら一見古ぼけた様に見えるが、中身はしっかり整備されているようだ。それを物語るように、歩き踏み締める床は軋むことも無かった。
(外からの見た目とは違って中はしっかりしている。なら好都合だ)
頭の中に叩き込んだ建物の見取り図の通りに進み、迷いなく階段を下りて以前瑞樹とナオが出会った部屋へ辿り着いた。
その部屋には壁と言う壁全てに檻が埋め込まれており、その中には漏れなく魔物でもない何かが入れられていた。しかし人だったのだろう、かろうじてその痕跡が残されていた程度だ。
大人しく座り込む者、言葉にならない言葉を呟き続ける者、誰にでもなく威嚇し続ける者など様々だが、そのどれもがまともな人の形を保っておらず異形を成していた。
「滑稽なものだ。高みの可能性の行く先を間違えているとしか言えんな」
そんな異形たちの前を通り過ぎ、さして興味もなさげに呟きながらアルジェはとある檻の前で立ち止まった。
その檻にも同じ様に中に異形がいるが、他とは違うのは騒ぐこともなくただ目の前に立ったアルジェの姿を黙って見つめていた。
そうして少しの間見つめ合ったアルジェは目の前の異形に確実に意思があると確信し、一言だけ尋ねた。
「一度だけ確認する、お前がワイズだな?」
「アぁ……オマえハ……だ……レダ?」
やはり間違っていなかった、異形は片言ながらもはっきりと答えたのだ。
しかしアルジェの方は、異形の問いには一切答えず突然一歩踏み出したかと思った瞬間、自身の爪で鉄の檻を切り裂いたのだった。
「!?」
突然目の前に長身の美女が現れたと思えば、自分を捕らえている檻を易々と切断したのだ。これで驚くなと言う方が無理があるだろう。
そしてアルジェは無言のまま自分の懐から縄を取り出すと、異形と化したワイズに括り付け担ぎ出した。
「…………ナ……ンノ……まネ……ダ?」
「ここからお前を連れ出す。見つかると面倒だから大人しくしてろ」
ワイズは混乱していた。たとえ見た目が醜くなろうと、言葉が片言になろうと脳だけは未だはっきりしていた。
ここ数年こそ瑞樹に心酔しギルドマスターのデンの元で色々動いていたが、ハルトナでの表や裏の事情に明るかったワイズの記憶に目の前の女性はいなかったはずだ。
なのに向こうは自分のことを知っていて、なおかつ連れ出そうとしている。
(ナゼ……)
自分を連れ出す。それは救出に他ならないことはすぐにわかった。何故、と言うのも諜報活動をやっていいるが故に予想はつく。最後に誰がと言うことだが、これだけがはっきりしなかった。
さらに、日陰者だった自分に助けが来たことに混乱したが、とりあえず人一人分の肉の塊のような自分を軽々と運び出す女の言うことに従いワイズは大人しくしている事にした。
ワイズを担いで廊下を堂々と歩くアルジェは、この施設に侵入した時からある違和感を感じていた。
(ふむ、誰もいないと思ったが、そう言うことか。まぁいい、少し退屈していた所だ)
それは、この施設に入った時から人の気配が皆無だったことだ。
周辺に見張りが何人かいたが、内部には一人も警備がされていない事に違和感を覚えていたのだ。
しかし、その違和感の正体が今こうして明かされたのだ。
「出迎えご苦労だ。この様な歓迎は初めてだが、少しは楽しませてくれるのだろ?」
施設正面の扉を堂々と出ると、そこには多数の兵士がアルジェを囲うように武器を構えていた。
そしてその兵士の中心に燕尾服を着た初老の男が立っていた。
「急の来訪でおもてなしが出来ないことをお詫びしますよ」
「貴様だろう? 城からずっと『観ていた』奴がよく言う」
「ふむ、バレていましたか。お嬢さんが何処の手の者かは存じ上げませんが、それでここにはいななる用がおありで?」
アルジェはこの男に見覚えはなかったが、見た目の特徴で瑞樹から聞いたある男である事を断定した。
そう、こいつこそアレンドリア領主であるメルトリアを刺し、ハルトナを脅かしたトバスだった。
そしてこの男と接見した場合に備えて、瑞樹はある事を頼んでおいた。
「なに、この間の戦争で随分と研究が捗ってな。痛い思いはしたが、それなりに成果もあった。が、少々サンプルが足りなくなってな」
「……そう言う事ですか。ですが、こちらとしてはこそこそと持ち出されるのは大いに困りましてね」
なら堂々と持ち出すのなら構わないのかとアルジェは聞きたい所だが、一年前の戦争で魔獣兵やフェルダス五世の暴走などバレジア王国内での被人道的な研究内容が公になって近隣国からも、人伝に不安が囁かれている。
それこそ、『我が国も実験に関わっているのではないか』と……。
「貴女の担いでいるそれを置いて行ってくれるのなら、今回の事には目を瞑りますがいかがでしょう?」
当然それはリザイン帝国でも同様で、トバスの耳にも入っていた。その様な話しはデマだと火消しに躍起になっている矢先に、この現状だ。
(これは、失敗しましたね)
トバスは今、自身の行動と直前の言動を恨んでいた。目の前にいる謎の女性、見た目こそは長身の美女で格好が派手なだけな侵入者だと思っていた。
が、実際目の前で対峙すれば、その印象が全くの正反対だとわからされた。
目の前にいる女は、人の皮を被った魔獣だと。しかもただの魔獣ではなく、ここから一歩でも近づけば一瞬で挽肉にされると。
「ん、冗談だろう? 私が譲る理由が一つもないな。むしろ人知れず拝借しようとしただけでも感謝してほしいくらいだ。その意味がわからんなら、どいつかに試してもいいが?」
それは言外に『大ぴらにしないだけで、ありがたく思え』と言っているのと同じだった。それと同時に、女にはそれが出来るだけの力だあると言うことでもあったのだ。
さっきの言動で目の前の女がバレジア王国の関係者だとはすぐにわかった。それ故に疑問もいくつか残るトバスだが、それよりも今は目の前の事で手一杯だった。
(バレジアにこの様な方がいましたとは……)
「ご冗談を、勘弁してもらいたいですね」
「ならどうする? 私は気が長い方ではないからな」
一歩ずつ優雅に進むアルジェだが、こっちはこっちで内心は少々苛立っていた。元々はダンジョンの五十階層を守護するランク『S』と言う魔物だ。堂々と迎え撃ちこそすれど、闇討ちや裏からコソコソする様なことは性に合ってないのだ。
主人である瑞樹に命令されたからこの様な作戦で動いているが、アルジェにただ「攫ってこい」と命令すれば、帝城の真正面から乗り込み堂々と連れ出すだろう。
だからなのか催促するアルジェから殺気が漂い、取り囲んでいる兵士は皆一様に脂汗をかき震えていた。
「わかりました、その方は譲りましょう。その代わりに誰にも見つからずここを出てくれますか?」
「なら兵を退かせろ。あと貴様も『観る』な。それがわかった時点で約束はなしだ」
「わかりました。皆さん、退きますよ」
アルジェの提案を一方的に聞くしかないセバスは一言だけ言うと、素直に兵を連れて帝城へと引き返した。
自分より遥か格上の相手に譲歩を引き出せただけ上出来だろう。だからこそ、素直に引いて今あった出来事を皇帝陛下に報告する事に専念する事にしたのだ。
そうして一連の出来事を整理する事に気を取られた直後、突如としてセバスや兵士たちの視界が真っ白に襲われたのだった。
「な、何だこれは!?」
「吹雪……ですか! もしや……皆さん落ち着きなさい、密集して周囲の警戒を!」
兵士たちはパニックに陥っていたが、この吹雪の正体をすぐにアルジェの仕業だと見破ったセバスは指示を出す。振り返り研究所の方を見渡すが、猛烈な吹雪の為に数メートル先さえ目を凝らさなければいけないほどだ。
(完全にやられましたね……いえ、自分の不甲斐なさのせいですね)
この猛吹雪の中でどこから攻撃が来るかわからない中、いくら格上と認めたとは言え今日の自身の有様に恨み節を溢していた。
初見で目測を誤った事、敵との交渉に乗った事、その交渉に安心しきっていた事。それがこの様である。
セバスは身体強化などフィジカルに関連する魔法は使えるが、放出系などの攻撃魔法に関しては専門外であった。
それでも、相手に気づかせず一瞬にして一帯を猛吹雪にするなど、尋常ではない事だけは理解していた。
(待ちの一辺倒は精神にきますね)
あれからどれだけ経っただろうか。五分か十分か、それとも更に過ぎたのか。向かっていたはずの帝城も見えず、かと言って元来た研究室も見えない。一緒に来た兵たちも手足がかじかみ、身体の芯から冷えきりいよいよ帝城の真ん中で凍死するのかと思っていた矢、突如として吹雪が止んだのだ。
「…………」
空には星が瞬き、月が一面銀世界の帝城の中庭を照らしていた。何も知らない者が見れば、幻想的な景色に心を打たれる光景だろう。
だが銀世界の真ん中に立つセバス達に、そんなものは無かった。
「セバス様!」
遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえ振り返ると、雪化粧された帝城から数人の兵が向かって来るのが見えた。察するに帝城の方でも異常事態を察して色々動いているのだろう。
夜も半ばを過ぎたというのに、帝城を見れば来る時には無かった灯りが遠目にも見えていた。
「これは一体……」
「陛下は?」
「っ……ご、ご無事です。城内も異常がないか現在確認中です」
「そうですか。報告をしたいので、謁見のお願いをしおたいのですが」
「わ、わかりました、直ちに」
兵士はそれだけ言うと、踵を返して戻って行った。
この原因の一因はセバスだろうと言うのは目に見えていたし、色々聞きたいだろうと言うのは態度に出ていた。だが、セバスの有無を言わさない圧が、それを許さなかった。
しかし、それが通用するのはこの場だけだと言うのは、セバスもわかっている。この後の報告をした所で皇帝陛下はセバスを叱りはするが、特に糾弾するような事はしないだろう。
だが、自分をよく思わない周囲の者はそうはいかない。ここぞとばかりにセバスを責めるだろう。
それと言うのも、ハルトナで一定の評価を上げてきたセバスは皇帝陛下に気に入られ、自身の裁量で自由にできていた。それを嫌うものが多いが故に、今回の出来事で大きな隙を与えてしまったと言う所だろう。
「やれやれ。少々足取りが重くなりますが、致し方ありませんね」
首を横に振りながらセバスはぼやくが、その足取りはなぜか軽やかだった。
一緒に同行した兵は後に、「まるで、新しいおもちゃを貰った時の子供の様だった」と語っていたとか。




