川沿いにて
地下水道に入って右へ左へと何度か曲がって、いよいよ自分の現在地がわからなくなりそうになった時、ベックが行き止まりの壁に向かって何らかの魔法詠唱する。
すると、行き止まりだと思っていた壁が透けて通路の続きが現れた。
恐らく認識阻害だろう。脱出経路を隠しておくのは常套手段だとは思うけど、ここに来るまでそんな仕掛けは一つもなかった。だとすれば、出口はそんなに遠くはないと言うことか。
そんな俺の心を見透かすように、地下水路の澱んだ空気とは別の風が流れ込んできた。それに気付いたナオも覚悟はできていたけど、この状況に一区切りが付いたとばかりの苦笑いが込められていた。
水路の終点は川に繋がっていて、そこには侵入防止用の格子が着いていた。ベックは、慣れた手つきでそれをを引き俺たちを通して再度元に戻す。
「よし、そろそろ話してもいいぞ。ただし、大声は出さないようにな」
ギルモアがそう宣言をして、俺とナオは大きく息を吐く。水路から出ると、それに繋がっている川と合流していて、その水面が出発するときには出ていなかった朝日を反射し、眩しく煌めいていた。
「帝都に来るときは川は見当たらなかったのですが、ここはどの辺りなんですか?」
「マニルカへ向かう街道から離れた平原沿いに流れる川だな。マニルカのすぐそばに流れてる川だが、大きく迂回しているせいで街道からは見えにくいんだよ」
「打ち合わせでは、暫く川沿いを歩くのですよね?」
「あぁ今日一日歩いて、明日の朝には街道だ。そこで後からくる荷馬車に乗ってマニルカに入る予定だ」
そう言ってベックは再び先頭を歩き、俺らはそれに続いた。
「ナオはぐったりだな」
「そうですね。見張りはこのまま私はやりますので、寝かせておいてくれませんか?」
「そう言う瑞樹は、大丈夫なのか?」
「私は鍛え方が違いますから。一晩くらい寝なくても大丈夫ですよ」
そう言って腕を曲げて力こぶを作るが、大して作れていない。あくまでポーズなだけだ。
一日目の夜、川沿いを歩き詰めて街道に一番接近した場所で野営をする。
本来は街道という整備された場所を歩けば容易に着く場所だけど、リスクを避けるために大きく迂回しながら足場の悪い川沿いを歩いた。結果的に、一番体力の少ないナオが到着するなり、倒れ込むように眠ってしまったわけだ。
見張りについてはベックと俺、ギルモアとナオで交代で考えていたけど、ナオはこのまま朝まで寝ていて貰おう。
「いや、それだと瑞樹が辛いだろう。俺が代わりに残るから、瑞樹が休んでくれ」
「いえいえ、案内役が不調だと困ります。そうですね……本来なら交代まで今暫く時間がありますが、ベックさんは今からもう休んでください。代わりに明け方に早めに起きてもらって、私と交代して残りの時間を私が仮眠という形を取りましょう。それでどうですか?」
作戦上、案内役が寝不足で不覚をとると言う事態を避けたいから、俺が代案を用意する。
「しかし、それだと暫く一人になるぞ。その間に魔物が襲ってきたら対処できるのか?」
「一応【探索魔法】を持っていますので、大丈夫です。もし、一人で対処が難しいと判断した時は起こします。これでどうでしょう」
ベックの心配もわかる。保護対象一人を残して自分だけ休む事に罪悪感があるんだろう。そんなベックの心配を和らげる為に【探索魔法】を展開する。
「千メートル以上離れた場所に何体かいますね。けれど、こちらに向かってくる様子は無いようです」
「そ、そうか。そこまで言うなら任せよう。けれど、何かあったらすぐに教えてくれ」
俺の探索範囲を聞いて唖然とするも、一定の理解を示すように少し離れて休みに入った。
それを確認した俺は、頭の中で展開されている【探索魔法】の反応にもう一度注意を向ける。ベックには言ってないが、気になる事があった。
以前にもあったけど、青が人間で赤が魔物、そして薬を飲んで魔物と化した元人間が紫。さっきベックに言った離れた場所にいる魔物も、実は何体かどころじゃない。反応が幾重にも重なって正確な数が判りにくいけど、数十体はいる。しかも、全部が紫の反応なんだよな……願わくば、このままやり過ごせないだろうか。
「む、ベックは既に休んでいるのか?」
あれから数時間、魔物の動向を気にしながら焚き火の番をしていると、交代の時間より少し早めにギルモアが起きてきた。
保護対象を置き去りにして休むとは、と言った感じで眉根を寄せているけど、ナオの事と俺の【探索魔法】の対策などの事情を聞いて憤りを下げてもらった。
「……そう言うことか。気を使わせてすまんな」
「いえ、こちらもナオの事がありますので」
「そうか。ならば、馬車と合流したら荷台で休んでくれ。そう広くはないが、一眠りくらいは出来るだろう」
「ふふ、ではお言葉に甘えさせていただきますね」
お互いに気を使ったようなセリフに苦笑いをする。
ここを固辞したら、ギルモアにさらに気を使わせてしまうし、恐らく起きた後のベックも同じようなことを言うだろう。だから今回は、ありがたく受け取ろう。
そして二人で取り止めのない話をし、そろそろベックを起こして俺も少しだけでも仮眠をと思った時、警戒していた魔物の反応に変化が生じた。
何と魔物達が一斉に街道に向かって移動を始めたのだ。現在の魔物達の位置は、川を挟んだ平原にいる。このまま街道付近に居座った場合、夜明けとともに移動を始める商人や、乗合馬車の人達に被害が出る可能性がある。
「ギルモアさん、警戒していた魔物達が一斉に移動し始めました」
「何? どっちの方だ?」
「この川の方ですね。渡って街道へ向かうのでしょうか」
俺だけじゃ判断がつかないから、ギルモアにも相談する。
「街道か、しかも一斉とはどう言う事だ?」
「わかりません。けれど、この魔物の反応は通常の魔物ではなく、薬によって魔物に変えられた人たちの様です」
「何だと? 何でこのタイミングに……」
聞かれたことを一つずつ答えていくたびに、ギルモアの顔が険しくなっていく。反応を逐一チェックしている俺にも、なぜあの魔物達がそこにいるのか、そして一斉に動き出した理由もわからない。
本来なら、こっちに向かって来ないならやり過ごしても構わないと思う。けど、これから街道で合流して移動しようとするんだ。
ならどう転んでもあの魔物の集団と遭遇す確率は高い。荷馬車ごと遭遇する前に、今のうちに排除するか、その理由を探して荷馬車ごと迂回ルートを模索するしかない。
そうなると、出来る事は限られるけど、俺が最善だと思う手段を提案する。
「私が行って確かめて来ます。自分で言うのも変ですが、それなりに実力はあるつもりです。今のところ、周囲にはその魔物以外はいない様なので、ここへの不意打ちの可能性は低いかと思われます」
「それでわかった、なんて言うと思うか? 俺かベックが同行しよう」
そう言いながら、仮眠しているベックの方を見ながら険しい表情を崩さない。
俺も簡単に同意するとは思ってはいないけど、ここは少し強引に行かせてもらおう。
「いえ、状況が良くありません。ギルモアさんとベックさんは万が一に備えてナオの事をお願いします。出発時間になっても私が戻らない場合は、街道に向かってください」
「それで瑞樹はどうするつもりだ?」
「可能であれば排除します。無理なら、その原因だけでも探し出して逃げます」
「そうか、決して無理はするな」
「わかりました。ベックさんには……」
「起きてるぞ……すまんな瑞樹。ナオの事は任せてくれ」
伝言を残してさっさと出発しようとしたら、俺らの話し声が大きすぎたのか、ベックが全て理解したような顔で起きてきた。
「ベックさん……ではお任せします」
多くは語らない。ベックやギルモアが任せてくれと言ったんだ。それを信じてやろうじゃ無いか。
俺も一言だけを残して、すぐに動いた。
魔物の反応を再度確認すると、一定の速度で確実に川の方へ向かっている。それを俺は接敵するであろう地点に最短に斜めに向かって走った。
さて、気になる事がいくつもあるけど、まずは敵の姿を確認してからだな。




