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第4章 新たなる感情

「ひどくやられましたな。」転校生と戦った日の放課後、吉田が棋道部に行くと、後藤が吉田の着替えも手当てもしていない、血まみれの左肩を見て言った。

「まあな。意外に強くてな。さすがは防衛大学付属高校出身だけあって、一筋縄どはいかなかったぜ。」吉田は痛みに堪えるのを表情に出さぬよう努力した。

「さて、来たばかりで悪いんですが、依頼がありますよ。」後藤が吉田に手紙を渡した。吉田は器用に右手だけで封を開けた。

「フムフム、これはごっつぁんのクラスメイトからか?」

「そうです。岩本さんからです。」

「また?本当にトラブルに巻き込まれる回数が多いよな〜。」吉田が手紙を読み始めた。岩本というのは、黒澤と同じく、1年の時のクラスメイトで美少女であった。初めて吉田と話したのは、彼女の最初の依頼で、ストーカー行為を止めさせた時だった。

「なになに。『こんにちは。また新たな依頼で申し訳ありません。今日お手紙をお渡ししたのは、メールでは、携帯会社に記録が残り、直接話せば、誰かに盗聴されるからです。今回の依頼は私の弟の身辺に起こる、怪奇現象の数々を解いて欲しいのです。詳しい内容は今度の月曜日の放課後お願いします。』か。」

吉田はポケットからライターを取り出して、手紙を燃やした。

「だいぶ、彼女も危機管理が身に付いて来ましたね。」後藤が言った。

「まあな。はたからみれば、気持ち悪いけど、死にたくなければそうするのが得策だからな。」

「死に至るかどうか分かりませんけど、俺達みたいに、世間体を気にしないなら大丈夫ですよ。岩本さんは世間体を気にしないんでしょうかね。」

吉田は肩をすくめた。

今日は二人しか来ないのか。

吉田はノートパソコンとジョイパッドを取り出した。

「さあ。二人しかいないんだから、パソコンでゲームをする以外手はなかろう。」吉田は不気味な笑みを浮かべながら言った。


数時間が経過した。ぷよぷよのカウントを見ると48対31………吉田が後藤をやや圧倒していた。

「間に合うか?!…………シャアアアアアア!!」吉田が後藤の9連鎖を11連鎖で返しながら叫んだ。

80戦目が終わり、49対31となったところで、二人ともゲームを止めた。その時、ドアをトントントンと3回叩くものがあった。


吉田と後藤は顔を上げ、依頼人が初めてでない人物であることを悟った。

「どうぞ。」後藤は顔を下げながら言った。

「………失礼します。」静かな声と共に、海老澤が入ってきた。後藤にしても海老澤は1年の時、同じクラスだったので、面識があった。

「ごっちゃん久しぶり。」海老澤は何故かドアを閉めなかった。

「久しぶり。今日は連れがいるんですか?」後藤はドアを見やりながら言った。

「ああ、吉田。」ここで海老澤は吉田に向き直った。吉田は海老澤を直視したが、何の反応もしなかった。

「君の居場所を教えてくれ、とせがまれた。俺は、『奴は警戒心の塊のような人間だ。無用心に近づいたら、怪我させられるだけだ。』」と忠告したが、『このまま何も言わずに黙っているくらいなら殴られた方がマシです!』なんと、必死に言われるからさ、教えちまった。やはり駄目だったか?」 海老澤は一気に言った。

「………そんなに強い意志がある人か………それにしても、『このまま何も言わずに黙っているくらいなら殴られた方がマシです』なんて誰が言うんだ?」吉田が顔をしかめた。

「それはそれとして、その方は何処にいらっしゃるのです?」

後藤はドアを見やりながら言った。海老澤はくるりと後ろを見た。

「入って大丈夫だよ。」いつになく、真面目な声で海老澤が言った。

静かな足音と共に入って来たのは、蛯原だった。吉田の目は今まで冷たかったが、少なくとも、感情のこもった目に変わった。後藤にしても同じバドミントン部だという事で、知り合いだった。


一瞬沈黙が訪れた。

だが次の瞬間、蛯原は地面に膝まづいた。

「ごめんなさい!!!!貴司君、方の傷は……?」

「………大丈夫です。それより顔を上げて………」

「本当にごめんなさい………私はあの場であなたに助けてもらえなければ負傷していたかもしれないのに。」

「………少し大袈裟ですよ………顔を上げてく………」

「何とお詫びしたら私を許してくれます………?」蛯原は演技でなく泣いていた。

吉田と後藤は目配せした。海老澤がニタニタ笑っていた。悪意は感じられないが、冷やかし笑いだとはっきり分かった。

「蛯原………さん。ですよね?」

「………はい。覚えてないんですか?」

蛯原は吉田を上目遣いでみた。世間ではかなり告白もされているが、興味が無くて、全部断っていることが、後で分かった。にもかかわらず、吉田は顔色を少しも変えなかった。

「………正直に言うと、記憶が曖昧で………あの様な場合は普通、一般人は何も出来ません。君のように、動かないのが、最も懸命です。………もう、いい加減顔を上げて下さい。土下座なんて、やすやすするものではありません。」

「………はい。」まともな返事が効を奏したか、蛯原は立ち上がった。

「なあ、吉田。」それまで黙っていた海老澤が吉田を見た。

「ん?」

「弘毅が(鈴木が)足を骨折しちまって、明日から休みだと。」

「そんなに激しく戦ったんですか?」後藤は驚いて言った。

「まあ、素手同士では互角だったな。海老澤なんて、鳩尾入れられてたからな。」吉田がフッと笑った。

「え?海老澤君も………」蛯原が立ち上がったまま、硬直したのち、海老澤に向き直った。

「蛯原さんは、内罰的すぎ。さっき吉田が言ったでしょう。一般人には致し方ない事だと。」海老澤が言った。 「蛯原さんも怪我してるじゃないですか。その頬。」吉田が言った。蛯原はパッと手当てをしていない傷を隠した。

「大丈夫です。傷はちゃんと洗い流しましたし、傷痕が残るほど深くありませんから………」

「はい。」後藤が素早く包帯とテープをちょうどの大きさに切り、蛯原に渡した。

「ありがとうございます………」蛯原が素直に受け取った。

その場の空気がいつになく和んだ。




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