CHAPTER5ー2 襲来
M高から20キロ南に行った所に、空き地があった。その空き地は何故か人が近寄らない。良からぬ噂があるのに加え、嫌な雰囲気があった。
例えば、付近の住民がペットの犬の散歩をしていると、犬は必ず空き地の前を通るのを拒否した。人だけが通ると、頭が重くなり、気分が悪くなった。朽ちた「売り地」の看板が未だに立っていたが、誰も買うはずがなかった。
住民の間では、こんな噂が立っていた。
あそこは昔、戦争の被災者を埋めた場所だった。戦争とは第二次世界大戦から戦国時代までの範囲で。成仏できなかった霊が未だに辺りをさまよう。それらの噂は、斬首された野武士の霊を見たとか、防空頭巾を被った女の子の霊を見たとかの証言から来ていた。ほとんどの人はそういったものを信じた訳でなくても、空き地に近寄らないに越した事はないと判断した。一度だけ、心霊スポットとして、某テレビ局が取材に来たことがあった。それをしっているのは住民の4分の1くらいで、放送されたわけではないので、人々の記憶から忘れ去られていた。
某テレビ局は、空き地や空き地周辺に定位置カメラを置き、2日間ほど粘って取材したが、心霊現象は起こらなかったのである。それで注目はさらに無くなり、人気はますます消えた。 さて、4月21日…………詳しくは西暦2008年の………つまりは、M高2年G組がクラスマッチの話し合いをしている昼休みのこと。一人の男子が空き地に向かって歩いていた。
風貌から判断するに、高校生だろう。男子生徒は荷物は鞄のみで、学校があるはずのこの時間帯に何故、ここにいるのだろうか。例え、昼休みだからといっても、授業に間に合うわけもない。男子生徒は人気のない空き地に入っていった。
空き地には土管が3個ピラミッド状に重なっており………早い話がアニメ『ドラえもん』に出てくる空き地にそっくりである。その土管に隠れ、男子生徒は荷物を下ろした。男子生徒はしばらく鞄をもぞもぞやっていたが、
何やら写真を取り出した。男子生徒はドカッと座り込み、辺りに人がいないかどうか確かめた。
そして、何とも生々しい事に、ズボンを若干下ろし、トランクスの中に手を入れて自分のナニをつかんだ。
描写に堪えないので割愛…………
男子生徒は時々、土管から少し顔を出しては元に戻る。時々、苛立たしげに写真を換えては、しごき続ける。十分もした頃、男子生徒は呻き声を上げた。
「フウッ。」男子生徒は出したものを、ポケットティッシュを取り出して拭き取り、土管の中に投げ入れた。写真を鞄にしまい、ズボンを元の位置に戻した。
そのまま立ち去るのかと思いきや、そうではなかった。
男子生徒は次に鞄から鋏を取り出した。男子生徒は鋏の刃の部分を持ち、慎重に自分の腕の皮を薄く剥いた。薄く剥いた皮にさっきのティッシュの排出物を浸けた。
どうやら今までの痴態は無駄ではないらしい。
男子生徒は何事かを呟いた。
そのとたんに、男子生徒の周りの空気が変わった。重苦しくて、ぞっとするような空気だ。男子生徒が、剥いた皮を地面に丁寧に置いた。そして、誰かを待ち受けるかのように、空き地の出入口を見た。どんよりとした空気が広まり、今や誰も外に出れない。何が起こっているのかすらも分からないだろう。
男子生徒が土管に腰掛けた時、何かが空き地の前の道路をスーッと飛んでいった。それは途中で曲がり、空き地に入って男子生徒の前で停止した。男子生徒はまだ誰かを待っている様子だった。
男子生徒の関心がこちらに向かないので飛んできた『何か』は、男子生徒の目の前に立ち、声を出した。不自然に低い声だった。
「前道殿。」『何か』が言った。前道と呼ばれた男子生徒はフンと鼻を鳴らし、胡座をかいた。
初めて『何か』を見ると、ニヤリと笑った。
「で、奪えたのか?」前道が言った。低い声で小さかった。
「いいえ。途中で邪魔が入りました。気を失わせる寸前で、男に邪魔されました。」何かは淡々と言った。前道は顔をしかめた。
「邪魔だと?お前は、狼藉が簡単にばれるような場所でわざわざ仕掛けたのか?」
「そこには、十分配慮していました………もっと言えば、時間帯もわざわざ選んだのですが…………」
「一体、誰に邪魔されたんだ?」前道は『何か』を睨んだ。『何か』は怯む様子もなく、答えた。
「分かりません。しかし、唯の人間ではありません。私に触れることができました。」
「!!」『何か』の返答は明らかに前道の意志に反していた。
「危うく、死ぬ所でした。」『何か』が無関心に言った。
「もう、一回死んどるだろうが。どういう事だ?俺の呼び出した霊体には当然………」
「前道殿しか触れられませんよね?」
「………………」前道が考え込む。
「一体、何処で、何処を触られた?」会話だけ聞けば、痴漢処理である。
「……………手首を触られました。」『何か』が言った。
「手首?半端な部分だな。手首だと?」
「はい。」
「確かか?」
「はい。」
「ふーん。そうなると、厄介だな。そのお前に触れたやつは、どんな奴だった?」
「前道殿と同じ様な年齢だと思います。私服を着ていました。」
「私服を着てた?お前は、時間帯を選んだよな?一体、いつ頃だ?」
「夜です。時計を持っていないので、何時かは分かりません。」
「夜なら、私服を着て外を彷徨いていても、全く不思議はない。何の手掛かりにもならんな。まあ、しくじったのはもういい。邪魔が入ったのは、しょうがない。しかし、あれから3日も経っているのに何故未だに奪えてないのだ?まさか四六時中そいつが居るわけではあるまい。この土日はなにをしていた?」前道が顔をしかめて言った。
「何もしていません。前道殿のお呼びがかかるのを待っていました。」
「は?」前道は『何か』を睨み付けた。
「本気で言っているのか?」
「はい。」
「そうか。」前道はたちあがり、土管から降りた。そして『何か』を思い切り蹴り上げた。
だがしかし。前道の足は空を蹴り、バランスを失って倒れた。前道は訳が分からず、もう一度『何か』を見た。
「そういうことです。ここを見てください。」そう言って『何か』は自分の着ていた服をずらし、胸の部分を見せた。
黒く焼け焦げていた。
「この怪我をして以来、どうやら人に触れられないのです。もちろん物にも。」
「何だって?」前道は立ち上がり、跡をよく見た。
「…………………」
「…………………」沈黙が続いた。前道は最初は怒りの表情だったが、やがて畏れへと変化した。
「火術師だ…………間違いない!」
10分もしたころ、前道が叫んだ。
しかし、『何か』は黙ったままだ。
「火術師に違いない………そうだ。お前!」前道がハタと『何か』を睨んだ。
「何でしょう?」
「そいつは、お前を焼き殺そうとしなかったか?」
「………いえ、前道殿が言ったように、私はもう一度死んでますので。」
「言葉が不足した。お前を火で攻撃しなかたったか?」
「しました。」
「だろうな。その焼け焦げを見ても分かる。そいつは、ターゲットである三次と共にいたのか?」
「いえ、私がターゲットの首を締めた途端、どこからともなく現れ、私を蹴りました。」
「ならばだ。お前はそいつに対して攻撃したのか?」
「あの行動が攻撃のうちに入るなら、そういうことになります。但し、成功しませんでした。」
「だろうな。火術師が相手では。」
「火術師とは何ですか?」
「気にするな。さて、お前はもう霊体ではない。物を掴ことも、触ることもできない。はっきり言って使えない。」
「………………」
「もうお前に用はない。消えろ。」前道が冷たく言った。
『何か』は一瞬、無表情な顔に怒りの色がさしたように見えた。だが、前道に皮肉っぽくお辞儀すると、スッと消えた。
「………………」前道はしばらく『何か』が消えた跡を見ていた。
ーM高ー
「じゃあ赤松君から取りに来てーー。」
2年G組ではテスト返しの真っ最中である。先週の金曜日に進級祝い試験があった。大概の高校にはあり、一体どこら辺が『祝い』なのだとクレームがつきそうな試験である。3教科(数学、英語、国語)で今はG組の副担人である、柴崎先生によって、数学が返されていた。赤松、秋山………と名前の順に返される。赤松と秋山の回りから「オーッ」とか「スゲー」とか声が上がる。
喧騒のなか、テスト返しは続き、金子が戻ってきてため息をついた。
「何点?」
「いいのか、悪いのか………」金子はそう言いながら、聞いた隣の海老澤に見せ、後ろの席の小林や吉田にも見せた。51点。
「イチローだ。」吉田が言った。
「ん?ああ、背番号は確かに………」
「まあ、頑張ったんじゃないの?」小林がそう言いながら、答案を取りに行くため立ち上がった。M高は県内でトップクラスである。テストは難しく、数学の平均は大体40点前後だった。海老澤が「勝った~」と言いながら、答案を見せた。72点。オーッと唸る金子。海老澤はフフンと鼻を鳴らし、金子の隣の黒澤に声をかけた。
「黒澤は何点?」海老澤がちょうど戻ってきたのを見ながら言った。
「えっ、私?」
「そう。」
「ご想像にお任せします。」そう言うと、サッと答案の点の欄を折った。
「エーッ。えびちゃんは?」海老澤が今度は吉田の隣の蛯原に聞いた。
蛯原は得意気に答案を吉田に渡し、「見ていいよ。」と言った。
吉田、金子、海老澤が唸る。84点である。
「凄いですね~」吉田が真面目に言いながら、蛯原に返すと、ニッコリしながら言った。
「見せたんだから、貴司君のも見せてよね。」 「僕も少しは自」
バサッ!!!
吉田がいいかけていた時、小林が戻ってきて答案を吉田の目に押さえつけた。
「何すんだよ。」
「見ろ。」小林がハイテンションで言った。
「………………」吉田が答案を開いた。隣で見ていた蛯原は目を丸くした。
「93だと?!」海老澤が唸った。金子はもう言葉が出ない。吉田は乱暴に答案を返した。
「何を勉強したらそうなるんだ?」
「数学。」
「…………あのな、じゃあどんな勉強をしたら、そうなるんだ?」
「演習。」
「…………もういいや。」
海老澤が小林に質問をするのを諦めた。
最後の方に、吉田は呼ばれ、答案を持ってきた。小林が無言で手を伸ばす。吉田は無表情に答案を渡した。
「どれどれ。」椅子に寄りかかり、後ろ足だけで立ちながら、小林はテストを見た。
とたんに、小林が引っくり返った。
物凄い音に、周囲が振り返る。音源を見ると、皆笑いだした。
「94…………まさか…………1点負けるなんて!」小林が演技がかった仕草で吉田を指差す。10回中8回くらいの割合で小林がテストでは勝っていた。教科にばらつきはあったが。数学や化学は吉田の方が勝率は良いし、国語や世界史は小林の方が良い。
「凄いね~~私に『凄いですね』って言ったのは皮肉だったわけ?」蛯原が笑いながら言った。
全員がテストを返され、柴崎先生が今回の評価をする。
「平均は、今回みなさん頑張ったみたいで60点ぐらいです。」
一斉に「高っ!」とか「エーッ!」という声が上がる。 柴崎先生は少し声を大きくして言った。
「G組は65点が平均です。さっきのは学年ね。学年………だから文系も含めた平均です。理系クラスの平均は64点。理系クラス4クラスのうち、2位です。1位はB組で66点。なんだけども。」柴崎先生は声を低くした。全員が静かになる。
「90点以上は、学年に8人しかいません。このクラスは、言って良いよね?赤松君、秋山君、小林君、堀江君、吉田君。赤松君の98点は学年トップタイです。あと1人います。」
拍手が沸いた。小林は悔しげな………演技臭い、悔しげな表情をしていた。赤松は謙虚に頷いただけ。
「それだけじゃない。このクラスは80点以上があと8人もいます!!蛯原さん、大塚君、小橋君、鈴木君、西野君、春日君、古川さん、山口さん!!!」
さらに歓声が上がる。80を越えたものが13人とは、なかなか起こり得ない。
「なのに平均は65点です。」柴崎先生はニッコリしながら言った。
拍手がわく!!!
拍手!!拍手!!拍手!拍手…………拍手?!
「何でそんな平均が低い?このクラスは41人しかいないだろ?そのうち13人が………」海老澤がいいかけた時、吉田が吠えた。
「白玉!!!何点だ?!!」吉田の問いに待ってましたと言わんばかりに白玉が立ち上がった。
「10点!!!」
「何い?!!」小林が唸った。
「10??10?????じゅうーーーーーーーー???」
爆笑が渦巻いた。
「あり得ない!!」海老澤が叫ぶ。
「何でそんな点取ってるんだよ。」堀江が怒ったように言った。
爆笑のなか、何人か怒ったようだった。
「(^_^)v」白玉がこんな感じでクラスに見える。柴崎先生はため息をついた。
「何で、白玉は…………期待してたのに!!!」小林が叫ぶと、さすがに白玉はばつが悪くなったようだ。
「俺、頭わりいの知らない人がいたとは。」白玉が呟く。クラスがだんだん、静かになってきたところで、小林が叫ぶ!!!
「0点の答案が見たかったのに!!」
「それは悪…………えっ?」
「そうだ白玉!!」吉田も吠える。
「うん?」
「何で10点も取ってんだよ?」
「そっちか!!」
「当たり前だ!!」堀江が加わる。
「二桁の点を取るなんて!!許さん!!」
「許さないのかよ!」
「バカめ!!!どうせなら、スッキリ白紙による雪原の世界を広めりゃ良いものを!!」鈴木が叫ぶ!!!
「何、当てたんだか。赤松、ちょっと見てくれ。」吉田が高校1年からの付き合いがある赤松に言うと、赤松はサッと答案を奪った。
「エーッ、大問1の(1)(2)この式を展開しろ。それと………大問4の(1)。この命題は正か偽か。最後に大問8の(1)このグラフを書け。(2次関数)だな。」赤松が言うと、女子がまた笑いだした。
「中途半端な事を…………」鈴木が呆れると、白玉は隣に座った館を指差した。するとサッカー部の館が叫ぶ。
「33点!!」
「ますます半端だな!」
小林が唸った。
館が叫び返そうとした時、柴崎がわって入った。
「解説始めたいんだけど………駄目?」
「……サーセン。」館が座り、小林らもおとなしくなる。柴崎先生は大柄な割に、凄く繊細らしい。
そんなこんなで授業が終わり、放課後になった。
部活に行くもの、帰るもの、勉強して行く者など様々である。
午後4時30分。生徒会である会議が開かれていた。生徒会長の大束。2年A組で、なかなかの成績ではあるが、かなりプレイボーイであることで知られていた。
生徒会副会長始め、書記や会計やらはみんなヤンキー、プレイボーイである。女子に人気があり、傲慢で、金持ちが多かった。
生徒会長は全員が席に着くのを確認し、宣言した。
「では、これより!新設委員会、風紀委員会の設置のための会議を始めます!!」