CHAPTER5襲来
鈴木が教室に入ると、鈴木と1年のときに一緒のクラスだった清水、彼女の友人である田中、和知などがジャージ姿で汗を拭いていた。
「あっ、おはよーーあれ?男子も朝練?」清水が言った。鈴木は席に向かいながら言った。
「そうなんだけど………女子も?」鈴木の問いに3人が頷いた。
「大変だね。」鈴木が言うと、清水が言った。
「まあね。ウチ、あんま体力ないし。出来ることは限られてるけど、チームに迷惑かけないようにしないと。」清水が何人か入ってきたクラスメイトを見ながら言った。
「責任感強いねー。でもさ、女子は何でそんなまとまりが良いの?朝早くやじゃないの?」鈴木が聞くと、清水は不思議そうな顔をした。
「男子もまとまりいいじゃない。全員教室にはいなかったし、皆参加したんでしょ。」清水が言った。
「いや、俺らは………………」鈴木が止まる。18禁雑誌をもらったからなんて言えるわけがない。
「俺らは、何?」清水が先を促した。
「何でもない。で、どうしてまとまりがあるの、女子は?」鈴木の日本語が少し怪しくなる。
「う~ん、何でって言われてもね…………」清水が考えてしまう。
田中と和知もそう言えば何でかな?という顔をしていた。
鈴木が辛抱強く待っていると、清水が言った。
「やっぱり、後悔したくないからじゃない?」
「後悔?クラスマッチで?」
「うん。やっぱりクラスマッチの目的は勝つことだけじゃ無くて、クラスが団結することに意義があると思うんだ。だから、もしこの機会に仲良くなれないと、学園祭とか歩く会とかも楽しくなくなるじゃん?絶対後悔するよ?」清水が言うと、鈴木はウンウンと頷いた。
「でもさ、クラスマッチが終わればすぐに団結力が無くなっちゃわない?学園祭まで1ヶ月半あるし。」鈴木が言うと、清水は首を振る。
「普段、話さない人とかと話すいい機会にもなるんだよ。新しいクラスで友達ができるのは、良いことだよ~~~ね~~~」清水はそう言って、田中と和知を見る。二人はニコニコしながら頷いた。
「なるほどネェ。今の小林のやり方では駄目だな。もっと全員をクラスマッチにのめり込ませないと。」鈴木がそう言って、クラス中を見回した。
さて、時が平和に過ぎて、昼休みになった。
女子は昼休みになると、直ぐ様体育館に練習に行ってしまった。ちなみに、女子は全員が全員早弁をしていた。
「女子が早弁する光景なんざ、教員してて初めて見た。」と川北先生が呆れていたが、叱りはしなかった。
男子はと言うと、朝練があったので、他のクラスに場所を譲らねばならないので、昼練と放課後の練習は無しだ。
鈴木は小林の机の隣に立ち、小林に話しかけた。
「なあ、小林君。ちょっとクラスマッチの練習について、提案があるんだけど……………」
「…………………」無視。
「…………?そうか。」鈴木がトントンと机をノック。すると小林はイヤホンを外した。
「何か用?」
「ん。クラスマッチについて提案があんだけど。」
「おう。なになに?」小林はiPodを止めて、聞いた。 「練習を専門ごとに分けるべきだと思う。ピッチャー陣はピッチングに重点を置くとか、内野手には痛烈な当たりに慣れさせるとか。一人一人に適した守備位置を決めたんだから、いきなり全体練習ばかりだと、どうしても守備の練習量に差が出んだろ。」鈴木が言うと、聞いていたらしい堀江が入ってくる。
「そうだな。それにバッティングも打順は別として、個々人の強みを生かせる打撃をしないとな。」
「例えば?」小林が聞くと、堀江がハキハキ答えた。
「小林君だったら足が速いんだから、どうしても出塁したいときに叩きつけて内野安打にしたり…………そういうことさ。バントは誰でもできるようにしないと。」
「クラスマッチでバントはな…………」小林が言うと、堀江がムッとした口調になる。
「バントを馬鹿にすることなかれ。キューブとかドミニカ野球じゃないんだから。1点を貪欲に取る!!!んで守る!!!園部君の球なら素人にはかすりすらしないさ。」
堀江が近くにいた園部を指差した。
「でも、園部君がずっと投げられるわけじゃなかろう。中5日どころか、中2時間なんだからな。」小林が言う。
「そのために、投手を育てるんだよ!」堀江が言う。
「野手も?」
「当たり前だ!!!怪我せずにプレーできる保証なんざどこにもないさ。」堀江が言うと、小林は分かった分かったと頷いた。
「じゃあどう分けて、そのグループリーダーとかも決めないとな。」小林が言った。
鈴木が前に出る。
「みんな、注目してくれ。これからグループをこちらで勝手に決めるが、明日の朝6時に来れない人?」鈴木が聞くと、多くの手が上がった。手をいち早くあげた海老澤が言った。
「俺達、て言うか運動部みんなそうなんだけどさ、総体があるんだよ。バスケは5月の下旬から市内予選だし。朝練今日行けなかったから、昼休みとかなら…………」
「なるほど。他の人達は?秋山君は?」
新聞部の秋山が言った。
「俺の場合は、新聞部の編集が夜遅くまでかかっから、朝早く起きんのがつらい。放課後は大丈夫。昼休みは話し合いがあるから駄目。25日が〆切なのさ。」25日は4日後である。鈴木はフンフンと頷いた。
「じゃあ、グループ分けより先に、練習時間帯を個々人で決めよう。朝がいい人は?」鈴木の隣で堀江が『朝』とでかでかと黒板に書く。
手はほとんど上がらない。小林は例外として、手を上げたのは小橋や園部といった地元出身の生徒だけだ。
「じゃあ、昼休みは?」鈴木が言うと、かなりの手が上がる。
バスケ部の海老澤、サッカー部の館、テニス部の春日なとだ。書くのに手間取り、堀江が書くまで2分を要した。
「じゃ、放課後?」また少ししか手は上がらない。
「よし、どうも。これ参考にして、練習表を無理ないように作ってメーリングで回すから。」
「今、いない吉田くんはどうする?」鈴木が聞くと、小林はニタリと笑って、
「あいつは基本暇だから。」と言った。
棋道部室
吉田が音楽を聞き、鼻歌を歌いながら、ライトノベルを読んでいると、10回ノックがあった。
吉田が立ち上がりドアを開けるなり、岩本がすたすた入ってきた。ドアを閉めようとすると、「待ってくださ~い。」という声がした。
三次が吉田を見て、週末渡された塩を入れてあった袋を見せる。吉田が本人と確認できたので、三次を入れ、部室に入れた。
吉田がドアを閉めると、岩本が不服そうに言った。
「何であたしは10回もノックしなきゃいけないの?指が痛いんだけど?」
「見分ける為ですから。」吉田が言った。岩本はさらに追及する。
「何で、志穂が殺されかけたのに、土日来ないわけ?犯人まだ捕まえてないんでしょ。」
「一応はダメージを与えたんで、1週間は再起不能でしょう。土日は他にも依頼があったのです。」吉田が言うと、岩本があまりに似合わない勝ち誇った表情になった。
「聞いた?これだから貴司はダメなんだよ。朝、志穂がまた目撃したんだって。」
吉田が着席しながら、少し目を吊り上げた。
「何をですか?三次さん?」
「はい。今度は、絶対ストーカーではないから気味が悪くて…………」
「絶対ストーカーじゃない?なるほど。そこまで確信の持てるものですか。では、詳しく話してください。」
吉田が言うと、三次は岩本の隣に座り、話し出した。
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今朝の事である。
「ごめんな、志穂。駅まで送ってあげたいんだけど………」
「大丈夫だよ。今日も、友達来るから。」
「…………うん、じゃ気をつけてな。何かあったら連絡しなよ。」
「分かったー」三次が言うと、父親はせかせかと出ていった。
家の中には小6の弟が一人いるだけで、しかもまだ寝ている。母親は、夜業なので、帰ってくるのは、8時である。現在は6時20分。朝御飯をいつも通りラップし、急いで、戸締まりをする。
それから急いで着替えていると、メールが来た。
『朝、急用ができたので、行けません。先に行ってて下さい。今日は学校にもいけないかもしれません。ごめんなさい。』
これは松本からだ。そして、メールを見ている最中に「メール受信中」と表示される。
『朝、先輩が家の前にいて一緒に登校することになったので、行けません。舞にもそう伝えて下さい。』
三次はため息をついた。二人がいないのは不安だし、単なる寂しさという物もある。今、考えてもしかたないので、三次は急いで鞄に荷物を詰め、もう一度戸締まりをして返答のないのを知りつつ、「行ってきます。」と言って外に出た。
2件目の送り主の蛯原の事を考えていた、三次はまもなく駅につこうとする時に、何かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい。」大した痛みではないので、すぐさま謝れた。しかし返答がない。
「あれ?」三次がしっかり相手を確かめるとベビーカーが置いてある。
「誰がこんなところに置いたのかな………?」三次は前に回り込む。赤ん坊が小さな指をくわえて眠っている。そのかわいさに思わず、母性本能が疼く。
「ほっとくわけにはいかない………よね?」三次は赤ん坊に聞くが、無論返答はない。もっとも期待してすらいないが。
三次はこんな赤ん坊を捨てるなんて、と腹を立てつつ、近くにいた駅員さんのところまでベビーカーを押して行った。
受け付けの窓口をノックする。
「はい、どうしました?」老年の駅員が出てくる。
「あの、駅のすぐそばに、置き忘れてたベビーカーがあったんで、こちらで預かって下さい。赤ちゃんもいるのに、お母さんはどちらに行ったのか分かりません。」三次が言うと、駅員はへえ、と驚いた顔をした。そして、奇妙な表情になった。
「それは分かりましたが………赤ちゃんはどこに?」駅員が言った。
三次はわけが分からなくなる。
「ここにいますよ。ほら………」三次は赤ん坊を手で指す。依然として眠っている。駅員は少し顔をしかめた。
「君、何の事ですか?君には赤ちゃんがベビーカーにいるように見えるんですか?」駅員が言った。三次は混乱した。
「だって、え?」
「悪ふざけは駄目ですよ。ベビーカーはこちらで預かりますから、早く行って下さい。後ろの方の邪魔です。」駅員の発言に三次は振り向く。確かに何人かが並び、イライラと三次を見ていた。
納得がいくわけのない三次はもう一度、説得を試みようとして、赤ん坊を指差し、固まった。
赤ん坊は依然として眠っていたが、違和感がある。指しゃぶりをしながら「笑っている」。しかも爆笑しそうなのを必死にこらえるかのように小刻みに震えている。
三次がさっと青ざめた。
「すみませんでした。お願いします!!!」三次はそう言うと、一目散に逃げていった。
反対側のホームからもう一度、ベビーカーを見た。
赤ん坊はいなくなっていた。
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「………………」三次が話し終えても吉田は黙ったままであった。何か考えているような、それでいて何か疑っているような表情である。
「あの、貴司君?私は何をすべきなんです?教えてください。」三次がそう言うと、吉田はため息をついただけで、何も言わずに本を読み出してしまった。
「!ちょっと、あの貴司君?」三次は焦って岩本を振り向いた。岩本も携帯をいじっていてこちらを向かない。
「あの…………」三次が再度呼び掛けると、吉田がゆっくりと話し出した。
「三次さん。僕は作り話に付き合っている暇はないんですよ。時間潰しが目的なら帰って下さい。」冷たい声だった。
「え………え?!」三次が戸惑いの声をあげる。
「やっぱりか。普通信じないよ、そんな話。」岩本もそう言うと、三次は泣きそうになった。
「違う!!嘘なんかじゃない!!見たんです!!!本当にいたんですよお!!!」
三次が叫んでも、冷たい声音は変わらない。
「君の話だけ聞いて信じろと?そこに居合わせた人は誰も見てないのに。そりゃ、ちと冗談がきついですよ。」
「志穂、アンタ気分悪くない?幻覚が見えるなんて………」岩本は同情するような目で三次を見た。三次は顔面蒼白になった。口はワナワナ震え涙が目から溢れだした。自分を絶対に信じてくれるであろう、親友は今日来ておらず、誰にも信じてもらえない。
三次が立ち尽くして泣いていると、吉田が冷たい声で言った。
「何をぼっとしてるんですか?これ以上我々の邪魔をするなら無理矢理叩き出しますよ。」
この言葉はトリガーだった。
信じられない量の涙が溢れ床に水溜まりを作った。三次はその場にうずくまり、哀願した。
「信じ……て下さ………い。嘘なら………もっとまし………な………嘘をつき………ます。本当に……見たか…………ら……見た………と………言った………だけです。」吉田が本を見ながら言った。
「ほう。そこまで言って嘘だったらとんでもないですよ。いいでしょうそこまで言うなら聞きましょう。それで嘘かどうか判断します。」
三次が頷き、岩本は携帯から目を離した。
「そのベビーカーの色は何色でした?」吉田がゆっくり聞く。三次は必死に思い浮かべた。
だが。
どうしたことか、いざ言われてみるとはっきりしない。黒?グレー?白?明るい色か、暗い色かもわからない。
1分もした頃、岩本と吉田がイライラと顔を見合わせた。三次はこれ以上黙っているわけにはいかないと判断し、正直に答えた。
「思い出せません………。」
「はあ?」吉田がそれはそれは冷たい声を出した。岩本がイライラと舌打ちをした。
「何で思い出せないんですか?少なくとも、ベビーカーそのものは、周りの人間には見えてないんですよね。」
吉田がそう言うと、三次は黙ってしまう。
「………………」
5分も沈黙が続いたのち、よろよろと三次が立ち上がる。そして扉に向かう。
「どこに行くの、志穂?」岩本の問いかけに三次は静かに言った。
「ごめんなさい、全部私の勘違いです…………迷惑かけてすみません………許して………」そう言いつつ、扉に手をかけた。その時、吉田が「待って下さい!」と大声で呼び止めた。
「はい?」三次が虚ろな目で返事をした。
「君を信じます。君が正直に答えていると分かりましたので………」
「え…………」
「志穂。」岩本が立ち上がり、志穂を座らせながら辛い顔をしていた。
「ごめんなさい。でもあなたが志穂じゃなくて、志穂に化けた敵だったりしたら大変で………確かめなければ駄目なの………」岩本は申し訳なさそうに言った。
「でも、私は………何も答えていませんよ………」
「それが何よりの証拠ですよ。」吉田が三次をこれまた申し訳なさそうに見た。
「別に何色と答えても、僕達にはわからない訳ですから。普通、赤ん坊に意識が向いてしまって、そんなもん、覚えていないのが普通です。」吉田が頭を下げた。岩本もそれにならう。
三次は疑われた怒りよりも、信用された安堵から、ホッと溜め息をついた。 「三次さん、今朝の話を聞いて、もっと詳しく知りたいのですが…………もう昼休みが終わってしまいます。4時限目をサボる気は?」
「ないです。」
「ですよねーー、じゃあ、部活は今日は?」
「あります。」
「じゃこの間みたいに帰り寄って下さい。」
三次がうなずくと、鐘が鳴った。授業開始5分前の予鈴だ。
3人は部室を出る。
「あんなやり方で本当にごめんなさい、志穂。よく協力させられるのよ。」岩本は歩きながら吉田を見た。普段の吉田なら毒舌で返す所だが、ここでは神妙になり、三次を見た。
「すみませんでした。三次さんが偽物かどうか、試すには一番分かりやすい方法だったんです。」吉田が言うと、三次は頷きそうになり、立ち止まった。
「?」吉田と岩本が振り返る。
「どうしました?」
「許しません。」
「え?」
「あなたたちを許さない!!」三次が叫んだ。吉田が珍しく驚き、後退りした。
「あなたたちを訴えます。川北先生に。」
「!!」吉田が驚愕の表情になる。川北先生は吉田達の属するG組担任である。若手で、生徒に甘いと言われているが、なかなかの柔術師でもある。あんまり、悪印象を持たれても困る。それに、吉田は始業式の一件で川北先生を敬っていた。なので、吉田は謝ることにした。
「すみません、みつ」
「いくら謝ってもダメです。」三次が吉田の声を押し潰し、冷たい声で言った。
「………では、どうすればいいんです?」
「………………そうですね、じゃあ貴司君のアドレスを教えて下さい。」
「今日は携帯はわす」
「リュックのポケット。」
「!!!!何故?分かりました?」
「……フフ、白状しましたね。さあ。さあ。」三次がニコニコ笑う。黒澤が以前男子に協力するように笑いかけた時と酷似していた。
「分かりました。プロフィールを赤外線送信しますから。」吉田が諦めたように言い、リュックのポケットから銀色の携帯を取り出した。三次も黄色の携帯を取り出した。
「全く………賢いですよ、君は。」
「嬉しい。」三次はニコニコしながら言った。
「じゃ、今日は放課後に来てくださいね。連れがいるなら前もって連絡して下さいよ。」
吉田が言うと、三次は頷いた。
「じゃ、お待たせ…………うん?岩本さん?」吉田が階下を向くと、岩本がいなくなっていた。
「急ごう。授業に遅れるよ。」三次が先に階段を下りた。
「いつの間にか、敬語でなくなってるし………」吉田も溜め息をつきながら部室棟をあとにした。
後書きでは初めてましてです。川田です。もちろんペンネームですが。
2月25日に大学の前期試験があったので執筆が滞りました。
受験生の皆さん!あと少しでうざったい勉強生活から解放されるので頑張りましょう。
お気に入り登録して下さった方々には感謝、感謝です。たくさんの感想を書いてもらっている作品と比べると、僕のはまだ未熟………
どうか、僕の作品も感想を書いて下さい。僕は批評だからといって、無視したりするような人間ではないつもりです。
本当に、読んで下さった方々には、「ありがとうございます。」です。
これからも日々成長を心がけて執筆していきますので、「大富豪同好会の軌跡」をよろしくお願いします。