表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/65

CHAPTER1 新学年

2008年の4月、某県の県庁所在地にある県一の進学校であるM高…………県庁所在地とは名前が一致しないという、都会風の名前がつけられた高校も今日が入学式だった。


入学式と始業式は同じ日に行われる。朝6時でまだ寒いが、昇降口の前に新クラスの発表の紙が貼られ、それを見ている2学年の男子が二人いた。


「ぬるっ。」クラス名簿を見て、小林達也がフン、と鼻を鳴らした。

「何がだよ。」そう言って、隣の男子、吉田貴司が小林を冷たい目で見る。

「さあ?」小林はすっとぼけて、昇降口で靴を履き替える。6時なので誰もいない。校舎はしんとしている。

二人は割り振られたG組にたどり着くと、教室の一番後ろ、小林が廊下側、吉田がその隣に座った。

二人が早くきた理由はこれだ。M高は自由な校風が売りで、席すら自由である。普通テストや、最初くらいは五十音順だが、そんな事は気にしたら負けであり、テストはこの形で受ける。



小林は欠伸をすると、机に突っ伏して眠り出した。吉田は立ち上がって、リュックを背負って教室を出た。


棋道部室を開け、荷物をドサリと置いた。基本的に部室で朝や昼休みを過ごしている。吉田は部室に横たわり、眠り出した。













7時を回る頃、昇降口は人でごった返していた。

「また同じクラスだーーよろしくーーーー」とか、

「女子少なくない?」とか、

「ハズレだ…………」とかいう声が聞こえる。

海老澤弘毅は新しいクラスの一覧表を見て、舌打ちをした。隣にいた同じバスケ部員の金子が海老澤を見た。

「不満か?」金子が言う。海老澤はすぐに表情を取り繕い、首を振った。

「知らない人ばかりだ。1年A組出身は俺以外で3人かよ…………」金子が首を傾げた。

「………………」海老澤は何も言わない。ぼんやりとB組の名簿を見ていた。金子はそれを見て、ようやく察した。

「これか。」金子は小指を突き立てた。

海老澤は肩をすくめさっさと歩き出した。




海老澤と金子は教室のドアを開ける。1年H組出身の生徒が軽く手を上げた。海老澤は軽く受け流して、座席表を見た。半分ほど埋まっていた。

金子と海老澤は前から3番目の席に座り、駄弁りだした。




8時になると、教室はにわかに騒がしくなった。生徒達は再会を喜んだり、自己紹介をしたりと楽しそうであった。

あと6秒で鐘がなると言うときになって、吉田が部室から帰ってきた。小林もそれがトリガーらしく、跳ね起きた。

鐘がなると、全員が席についた。

担任の教諭が入ってきて、直ぐ様自己紹介を始めた。

「皆さん、進級おめでとうございます。担任の川北です。教科は地理を受け持っています。理系の皆さんは入試でも使うでしょうから、頑張りましょう。」平凡な挨拶を済ますと、川北先生は今日の日程を黒板に書き出した。それが済むと、生徒達に自己紹介をさせた。



席順なので、出席番号はカオスになった。

4番目の白玉は

「ただの生徒に興味はありません。宇宙人………………(以下略)」などと言い出した。度胸はすばらしい。現に白玉の前の赤松や隣の秋山も笑ったし、他にもケラケラ笑う声がしたし、吉田すら苦笑した。しかしそれ以外はポカンとしている。ネタが伝わらないとは。


海老澤が15番目に自己紹介を始めるために立つと、女子が一斉に無駄話をやめた。海老澤は面倒くさそうに自己紹介をした。

金子の番になると、立ち上がると男子から、下卑た笑いが聞こえた。

金子は不満げな顔で、自己紹介をした。

吉田の番には教室が静まり返った。まず第一に、明らかに目が冷たいのと、1年のころ他クラスの生徒とケンカして、半身不随にさせたと言うからその手では有名だった。女子はあからさまに怯えていたし、男子すら緊張していた。吉田がさっさと自己紹介を済ませると、パラパラと慌てたような拍手が起きた。 最後に小林の番がやって来た。 「えーーー小林達也です。1年C組出身です。1年間よろしくお願いします。」終わり。


小林はたったそれしか言わないのに、女子は見とれていた。小林はドサッと席についた。











川北はこの後の始業式までは自由にしてよい、と言って教室を出ていった。


吉田が本を読んでいると、隣の小林は多くの女子に質問攻めにあい、メアドの交換をしていた。

すると、前に座っていた男子が吉田に話しかけてきた。


「また、一緒だな。隣の人、貴司の知り合い?」その男子は海老澤 弘毅といって、バスケ部部長だ。吉田とは1年の時から知り合いだった。

「そう。」吉田は無関心に言った。

「へえ、同じ中学校?」

「そう。」

「幼なじみか…………」

「……………まあ、幼稚園から一緒だけどな………」吉田はしぶしぶ言った。

海老澤は目を丸くする。

「何だって?幼稚園から?おまっ!!」海老澤は吉田を見た。

「何だよ。」吉田はようやく本から顔を上げて言った。

「女子じゃないのが残念だな~~」海老澤はニヤニヤしている。

「あのなあ、今読んでるラノベ的展開は、日常にはあり得んのだよ。女子だとしたら、何かあるとも限らんぞ。」吉田が言ったが、海老澤は隣の金子を小突いた。

同じバスケ部員の金子は自分が目立たないよう、黙って携帯をいじっていたが、金子は吉田を見た。


「二人は知り合い?」海老澤が言うと、二人は首を振る。

「そうか、金子はバスケ部仲間でな、貴司は…………ああ~~吉田君は1年の時同じだったんだ。悪い人ではないから、安心しな。」海老澤がぎこちなく仲裁に入ると、金子が吉田におずおずと話しかけてた。


「金子です。よろしく。」

「吉田です。よろしく。」二人は会釈する。



「金子は……………」海老澤が金子に何か言いかけたが、川北が入ってきたので、黙った。











始業式は名前の順でも何でもない適当な並びだった。

吉田と金子は駄弁りながら、やり過ごす事にした。

「地元出身なの?」金子が聞くと吉田は首を振る。

「H市出身。」吉田がそう言うと、金子は一瞬顔を曇らせた。

「あそこって、治安悪くないか?聞いた話だけど。」金子はためらいがちに言うと、吉田は顔をしかめた。

「まあな。治安は最悪だ。駅と交番が隣接してるから駅前は何もないが、一歩道からそれれば、昼でも暗い道があるし、落書きだらけだし、公共物は壊れてるし、廃ビルは窓が全部割れてるしな。3日前に絡まれたし。」吉田が淡々と言うので、金子は頭を抱えた。 「で大丈夫だったのかよ。小林君も?」金子は楽しそうな顔をした女子と話している小林を見た。

「そ。だがな、小林は僕よりも遥かに強い。大丈夫さ。あそこに住んでりゃ怖いものがだいぶ無くなるもんだ。」吉田が言った。

式は校長の話に移っていた。

「金子はどこ出身?」吉田が聞いた。

「地元出身だよ。治安は普通だから弱い俺には助かる。」金子の言葉を聞いて吉田がフンと鼻を鳴らした。 「ケンカが強いかどうかと、強いかどうかとは違うと思うけどな。まあ、いいさ。」吉田はううーーーと声を出して伸びをした。


吉田は話すのをやめると、とたんに眠くなった。欠伸を隠そうともせずに、堂々と欠伸をする。


金子は、立ってるのが辛そうだったが、話はきちんと聞いていた。




10分もした頃、だんだん雑談が静まってきた。もうネタがないのか、さもなくば温かさにやられて、うとうとか…………




突然、吉田の前の女子が硬直した。


そして、ゆらりとする。慌てて隣の女子が肩を支える。



しかし、力の完全に抜けた人間の体は、少し体重より、重くなる。


前の女子がそのまま吉田に背を向けたまま倒れこんできた。


吉田は驚いたような顔をした。それでも、何とか女子を支えた。

その女子、蛯原美樹は膝が曲がり、尻餅をつくように、地面についた。

「おい、どうした?」金子はびっくりして、蛯原を見た。蛯原の隣の黒澤瑞穂が手を上げて、近くの先生を呼ぶ。


「大丈夫ですか?立てます?」吉田が呼び掛けた。冷たい声ではないが、どこか乱暴さが伺える。

「………………大丈夫です…………ごめんなさい………………………………」蛯原はそう言うと、立とうとしてふらつき、今度は金子に倒れかかった。金子は吉田達のやり取りを見ていたので、しっかり受け止めた。 「貧血かね………?」金子は吉田を見ながら言った。

「多分。」吉田が言う。黒澤に連れてこられた川北は蛯原に言った。

「大丈夫?保健室行こうか………………?」川北は情に厚かった。

「いえ……………大丈夫です。」蛯原は微妙に顔が赤い。

「無理しない方が良いよ。休んだら?」黒澤が言った。 「そうだよ。別に誰も咎めやしないさ。」金子も助けに回る。


「うん………じゃあ、そうさせてもらいます。」蛯原は川北先生に言った。よしよしと川北先生は頷いて、黒澤に付き添うよう言った。



だが












「ちょっと待て。始業式中に何処に行くんだ?!!」こんな声が言った。

体育館中が沈黙する。

見ると、何やら体格のいい男がこちらにやって来る。


蛯原と黒澤は萎縮し、金子はオドオドしだした。

「井坂先生。生徒が倒れたのですよ。保健室に行かせるだけです。」川北先生がその男に言う。

井坂と呼ばれた男が間近に来た。黒澤と蛯原は吉田と金子の後ろに隠れてしまった。


「今、式中だぞ。それも校長の話の途中に倒れるとは、何事だ!!!」井坂は怒鳴った。

「その通り。たるんでる証拠じゃねえか。」今度は後ろから声がする。見ると、黒澤の後ろに茶髪の男が立っていた。後ろに同じく茶髪の男子が二人。


「誰。」吉田が言った。

「生徒会長の大束おおつかだ。一般生徒が話しかけるときは敬語。」茶髪の男子が言った。


体育館中がやり取りを見守るなか、井坂が言う。

「お前。」蛯原を指しながら言う。

「後で体育館の掃除を生活指導部長の立場から任ずる。」井坂はニヤニヤしながら言う。

「そんな………………」黒澤は憤慨したが、蛯原が止める。


「井坂先生。度が過ぎますよ。」川北先生は井坂に向き直る。川北先生はまだ若く細身だが、井坂と対峙し睨まれても怯む様子を見せない。

吉田は感心した。


「忘れたんじゃ有りませんか。県からわざわざこの荒廃した、M高の生活指導部長に指名された事を。」井坂は口汚く言う。

「そして生徒会長からの命令。お前は、今から生徒会室でまず指導だ。さあ来い。」大束が言うと、後ろにいた茶髪の男が蛯原の腕を掴む。


「グハ!」

「ング!」


二人分の悲鳴が聞こえた。


小林達也が茶髪の男二人を地面になぎ倒していた。


「何しやがる!!てめえ!!」二人が小林に襲いかかる。小林はさらりとかわして吉田に言った。

「貴司!!やるぞ!!」小林はそう言うと、二人と戦い出した。

「金子。早く彼女を保健室へ。顔が真っ青だ。」

「分かった。」金子は蛯原をおぶり、黒澤と共に、体育館を出ようとする。

「させるか!!おい、サボりだ!!!生徒会役員!!!」大束が叫ぶと、何人かが金子達に躍りかかろうとする。


「イテッ!」吉田がつき出した足に躓き倒れた。

「貴様!!」そいつが吉田に襲いかかる。


「海老澤!!!助けてやれ!!!」吉田が海老澤に言った。海老澤は瞬時に頷き、隣にいたボクシング部員の鈴木と共に金子達を保護した。


井坂は飛び出そうとしたが、川北先生が前に出た。

「まさか………生徒に手を挙げますか………?訴えられたら……………………………………………公園ですか…………?」川北先生は嫌味たっぷりに言った。井坂は顔を真っ赤にしたが、肩を怒らせて立ち去った。


「公園てのは、ホームレスの事かね?」吉田は首を傾げている。足元には、鼻血を流してうずくまる男子が痛みにのたうち回っている。


「吉田ーーーーー!!」大束は鋭い足を入れた。

吉田は避け損ね、転倒した。


「中国拳法の心得でたっぷり気合を注入してやろうか。」大束が笑う。

吉田はゲヘヘへと笑いだした。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。」笑いが止まらなくなった。












大束が吉田にまた蹴りを入れる。吉田に命中した。


頬が切れ血が出た。


しかし、吉田はがっちり大束の足を掴み、左手はコートの中から短刀を握った。


「なっ…………!!」大束が絶句する。


「ぐわああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」吉田が体育館から引きずって外に連れ出したため、目撃者はいなかった。



股とアキレス腱の辺りから大量出血していた。これではもう立てない。


大束はほふく前進で去っていった。



吉田は短刀を地中に埋めた。


海老澤と鈴木と小林はそれぞれ体育館の中で幾人もの役員を気絶させていた。




これでただで済むはずがない。


始業式が終わると、吉田、小林、海老澤、鈴木は校長に呼び出しを食らった。

川北先生は同行したものの、許しもせず、咎めもせずだった。


「もう2度とあんな事をしないと誓えるかね?」30分経ったころ、校長のそう言う声が聞こえ、4人とも骨電動スピーカーで音楽を聞くのをやめた。


「「「「誓いまーす。」」」」


校長はそれに対し不快感を示したが解放した。












教室にもどると、大富豪同好会会員の小橋が聞いた。

「判決は?」

「無罪。」吉田は軽く答えた。

「何処が無罪なもんか。親に連絡が行くとさ。」海老澤が憎々しげに答えた。

「ふっ。」吉田は鼻で笑った。


「こいつ一人暮らしだからな。ダメージ0だぜ。」小林が言う。

「それは良いけど、G組が早くも問題視されてんだが。」話を聞いていたテニス部の西野が言う。

「別にええやん。敵対視された方がいろいろややりすい。」小林が答えた。


「友達に『個性的なクラスだね…………』って言われたぜ。ありゃ、俺と友達やめたいって顔してたな。」西野が疲れたようにため息をついた。


ガラガラガラ。教室のドアが開き、金子と黒澤が戻ってきた。


「蛯原さんは?」海老澤が聞いた。

「あの後で熱が出てな。朝、微熱があったのに無理して来ちゃったから、それがいけなかったかもな。」金子が言った。




「蛯原さんの体調とG組のイメージが代償…………」海老澤はため息をついた。


G組は2学年の初っぱなから波乱の幕開けとなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ