第13章 後藤と吉田
記憶はそれで終わりだった。山口は無言で記憶を小林に返した。
「どうです、感想は?」小林が聞いた。
「…………彼らは、結構変わり者だね。」やっとそれだけ言った。
「奴等は変わり者処か変質者レベルですよ。まあ、人に迷惑をかけませんが。これで吉田達を変な目では見ずに、冷静な目で見れるといいですね。」小林は朗らかに言った。
エリアFー3見張りが交代となり、蛯原と後藤が見張りについた。
二人は気まずい訳ではなく、押し黙っていた。後藤はナイフを磨いでいたし、蛯原は吉田に借りた「アポロ月面着陸の真実」を読んでいた。
10分くらいしただろうか、後藤が突如蛯原に言った。
「蛯原さん、先程Lと何を話したのですか?」と。
「え…………別に、特別な事は。」蛯原は何とか動揺を押さえながら言った。しかし、大富豪同好会の序列3位で万能な吉田の副官である後藤にはそれで十二分だった。
「もしや、Lに告白したのですか?」からかいや冷やかしではなく、あくまで推量。
蛯原は本を取り落とした。
後藤はナイフを置いた。
「返事はどうでした?」てきぱきと後藤は要所をつく。
「…………え、そん…………な…………え…………」蛯原は動揺して何も言えない。 「Lが了承するとは思えませんね。でも、気にかけいた蛯原さんの気持ちを踏みにじるような事はしないでしょう。」
ここでようやく、蛯原は声を取り戻した。
「ちょっと何なの?!私は…………私が貴司君に告白したなんていつ言った?ましてや………」
「貴方の表情が常にそう言っています。」
「……………」
「岩本さんが、さっき見張りをしていた時にそれらしき事を言ってたんです。これで確信しました。」
「後藤君、性格悪くない?」蛯原は皮肉った。
後藤は苦笑する。
「初めて言われました。誰にも言いません。」
「全く………どうせ、貴司君から後藤君に言うでしょう。」
「ないです、それは。」後藤が即答する。
「え?」
「Lの場合、性格的にそういう事は隠したがるタイプですから。」
「ふーん。」蛯原はそう言いつつ、後藤に気になってた事を言おうとした。
「後藤君は貴司君と何でそんなに仲が良いの?出来れば、最初の出会いから教えて欲しいな………」少々、恥ずかしいのか蛯原は下を向いた。
「Lと?ふむ…………1年以上前ですよ。」
そうだ。後藤にしては初だ。自分が喧嘩で負けたのは……………
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2007年(この話をしているのは2008年)の4月、後藤は県内の進学トップ校に入学した。
県庁所在地出身で地元の高校にいくので、それほど、新しい仲間との出会いはなかった。
自分は1年H組、最後尾のクラスだった。
一方で吉田も入学式の日。
「俺、B組。貴司は?」そう言うのは小柄な男子。
「H組だ。校舎すら違うな。飯沼、新しい生活を楽しめよ。」
飯沼と呼ばれた男子は吉田を見つつ、苦笑した。彼は、吉田のスラム時代を過ごした中学校と同じ市内にある、O中学校の生徒だ。かなり優秀で1学年が200人いて、そのなかで、4位以内だとか。 外見はまあまあで、運動も普通。但し、吉田のように冷たいと言うよりは、自信に道溢れた態度で、なかなか友人も少ない。少なくとも、吉田とは、同じ卓球部で試合などでちょくちょく会い、塾も一緒で、既に小林、萩谷に次ぐ信頼関係の持ち主だ。
吉田は飯沼と別れ、自分のクラスにつくなり、寝始めた。緊張感は全くなく、新入生らしくない。
H組のクラスには、岩本、海老澤、大野、黒澤、小林、後藤、田子、吉田などがいた。
小林はC組。萩谷はH高校。
吉田の仲間はことごとくいなかった。
最初の出会いは喧嘩である………とは書いたものの、直接対決をしたわけではない。
5月13日
その日、後藤は自転車で早めに帰路についた。今日はバドミントン部もなく、委員会に居るわけでも無かった。
帰路について間もなく、学校から800メートル位の所で後藤は何やら揉めている集団を見つけた。
「姉ちゃんよ!ぶつかってそりゃないよ………」
「謝ったはずです。何度も何度も!!!」そう言うのはよく見ると同じバドミントン部の蛯原だ。
男は、後藤とあまり変わらない年代に見えた。
そのうち、どういう成り行きかは神のみぞ知ることだが、男は蛯原を投げ飛ばした。
「あいたっ!!!ううう…………」泣いてはいないが動けなくなったらしい。その場に踞る蛯原に男は冷たい怒りを刻んだ顔で近づいた。
平手打ちを食らわそうとする男子の右腕をガシッと抑えた。
「!」
「は…………後藤君………」
二人は固まった。男は、後藤を見ると冷静なまでに言った。
「どちら様です?我々に関係のない方には首を突っ込まないで貰いたい。」
「彼女の友人です。さもやりすぎなのでは?」後藤も冷静に返す。
「うむ、今日で同じ様な事が5回目。聞いてみると、皆M高生の生徒だ。何かのいじめかと思い、堪忍袋の緒が切れました。」そう言うと、男は、後藤の腕を振りほどいた。
そして…………後藤の腹に蹴りを入れた。後藤は不意をつかれ、そのままぶっ飛び、大の字に倒れた。
後藤は立ち上がると、間合いをつめ、鳩尾めがけて殴りを入れた。
しかし、男は避け、後藤に回し蹴りを入れる。後藤がかわす。
お互い、まるでスタントマンのように、戦いながら徐々にスタミナを消耗する。
「!!」後藤が遂に避け損ねた。鳩尾に蹴りが入り、踞った所を抑えられた。
「参った。」後藤は素直に言った。
「そうですか、では少々いたい思いをしてもらいましょう。」男はそう言って、腕を振り上げる。
だがーーー
「渡辺、そこまでだ。」冷たい声がした。
後藤は首を傾ける。蛯原が絶句する。渡辺と呼ばれた男子が血の気をなくす。
「吉田…………!!」渡辺は後藤から離れた。
「やめとけ。今はやり合いたくない。」吉田は暇そうにそう言った。
渡辺は完全に吉田に脅え、立ち去った。
呆気にとられる後藤と蛯原。蛯原は後藤に走りより、助け起こした。
「貴方は…………」後藤が吉田を見て言った。
「僕?」吉田は後藤を見ながら、自分を指差した。
「クラスで一緒の吉田君?!」後藤は冷静さを失っていた。
「ふん、そうです。渡辺は中学校の同級生で………少林寺拳法の達人で………普段は温厚な奴ですが、一度奴と授業の柔道で倒して以来、肉弾戦はしてませんな。大丈夫?えと………」
「後藤です。」後藤は吉田の考えを読み、素早く言った。
「後藤君。随分と激しく戦ってましたね。どちらが勝つか、影から見てましたが、奴はどうやら無理矢理戦ってたみたいで、今頃死んでるかもしれません。」
吉田は底意地の悪い笑みを浮かべた。
後藤は問い返す。
「どういう事ですか?」
「後藤君が首を殴った時、首の骨に何らかの損傷………があったんですよ。にも関わらず、彼は戦い続けた。時間差で彼は後藤君の次に倒れたはずです。後藤君の様に、気絶するか、首の内出血が酷くて死ぬか…………まあ、早めに割って入ったんで前者だとは思いますが。」
「なるほど。」後藤は立ち上がった。蛯原も慌てて立ち上がった。
「助けてくれてありがとうございます。」後藤は握手を求めた。吉田は驚いたようだったが、握手に応じた。