第11章 心の傷
エリアFー3〜
「あのう、貴司君?」
岩本に代わり、蛯原が見張りを吉田としている時だった。好きな男子に声をかける勇気が湧いたのは、ある意味緊迫感から来るものの、影響かもしれない。
「何ですか?」吉田は椅子に深く座り、本を読んでいた。
「さっきの音って銃か何か?」
蛯原は冷静に言った。
「マシンガンですね。連続的な音でしたし。でもさっきの放送でB高校に死者が出てました。誰かと戦って負けたのでしょう。」 「誰と戦ったのかな………瑞穂や、麻里じゃないといいな…………。」
「………………」吉田は黙って本を読んでいた。表紙には『アポロ月面着陸の真実』と書いてある。
「………………」一方的に会話を途切れさせられてしまった。蛯原は不憫に思ったか、自分も本を読み始めた。
パラララララララ……………
「うがあああああああアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
絶叫がしらみ始めた夜空を突き抜けた。
吉田はガバッと立ち上がると、窓枠から僅かに目を出して、外を伺った。
蛯原は訳が分からず、震えていた。
「………………」吉田がショットガンを持ち、緊迫したかおで此方を向いた。
「ヒッ。」蛯原がその形相をみてますます怯えた。
「ごっつぁん達を起こして来て下さい。」吉田は冷たくはないが、優しくない口調で言った。
「はい。」
「それには及びません。」後藤が、蛯原が一歩も動かないうちに居間に入ってきた。
「美樹!!!!」岩本が来て、蛯原にしがみついた。蛯原が抱き止めた、まさにその時
ズダーン!!ズダーン!!
パララララララララララララララ………………
「アアアアアアアアあああッッッッッッッ!!!」
また声がした。
「近場ですね。何処だ?」後藤が窓枠から外を伺った。
「分からん。家のドアは割れてないよな?」
「はい。普通なら、ここは見つかりませんが…………」「…………ねぇ、今の悲鳴は誰の?まさか………」蛯原が言った。
「違いますよ。僕たち側ではありません。恐らくは………K高校の誰か………」
ガサッガサッ。
目の前の茂みが揺れ、男が3人現れた。手には全員がマシンガンである。
「…………………」後藤が息を殺して見守っていた。
やがて、男達は何かを話し合ったあと、家をまじまじと見た。
そして………こちらに向かって歩いてきた。
「!!!!まずい。早くテーブルの下に!!」後藤が小声で指示した。
「何で隠れるの?ばれてないでワッ。」岩本が何か言おうとするのを吉田がハンカチを通して口を無理矢理ふさいだ。そして、威嚇するように睨み付けた。
「ヒッ。」岩本は吉田の剣幕に息を呑んだ。
やがて、何かに見られているような気配を感じた。どうやら、窓から覗き込んでいるらしい。
「いないな。」やがて外から男の声がした。
「この声…………服部?」蛯原が言った。吉田は黙って頷いた。
「次行こうぜ。」服部が言って、足音が小さくなって行った。
「ムグ…………ムンンンンンン………」岩本は吉田に文句を言おうとしたが、それを察知した吉田が岩本の口を殊更に強く抑えた。 「行ったふりをしただけかも知れませんよ。」その様子を見ていた後藤が緊張した声で言った。
吉田は携帯を出し、テーブルの下からそろりと出した。
どうやら反射するのを利用しているらしい。
「…………居ますね。」
吉田は携帯を戻した。
「大丈夫ですよ。すぐ去ります。何しろ何処にも壊された箇所が無いんですから。」
後藤が言った。
痛い沈黙が続いた。やがて、なるべく静かに去ろうとする足音が三人分聞こえた。
それでも、吉田は黙っていた。後藤が大丈夫と言ったのは、10分後だった。
「ちょっと、苦しいよ!!!!!小声で言ってくれれば良いのに!!!」岩本は吉田をキッと睨んだ。
「貴方が、説明したら余計に動転すると思ったので。行き過ぎが有りましたら、すみませんでした。」吉田が一応謝罪した。
岩本はまだ吉田を睨んでいたが、やがて立ち上がった。
「また寝て大丈夫よね?余計に疲れたかも………」岩本は後藤に聞いた。後藤が頷き立ち上がった。
「じゃ、L。よろしくお願いします。」後藤がそう言うと、部屋の奥に入って行った。
「ああ。」吉田がそう言うと、また本を読み始めた。
蛯原が吉田の正面に座った。
「あの!」蛯原が言った。
「はい?」吉田が本から顔を上げた。
「あの………えっと…………」
「?」
「その…………」
「言いにくい事ですか?」吉田が冷たく言った。痺れを切らしたらしい。
「貴司君に聞きたい事があるの…………」
「はい。」吉田が本に目を戻した。
「…………貴司君って付き合ってる人いる?」
「いません。」
「!!!!!!!!」即答に驚いた。吉田が一発で蛯原が言った事を理解するとは、思えなかった。『付き合う』の定義を知り、かつ、返答に少しはユーモアを混ぜるのが普通である。
「そう……………」
「………………」
「じゃあ…………好きな人とかは?」
「いませんよ。」
「貴方に告白する人が現れたら付き合います?」
「いいえ。」
「………………」
「もう、いいですか?」
「………………」
「…………………」
「………………」
「………蛯原さん?」
吉田が本から目を開けた。蛯原は吉田に背を向けていた。
「怜衣の言った通り………ねえ、中学校で何があったの?」 「聞きたいですか?」
「はい。」
即答に即答。まるでケンカのようだ。
「そうですか…………蛯原さん…………どうして、そんなに僕の過去を知りたいのですか?君は小林にも聞いたそうですね………何を企んでるんですか………?」吉田が冷たく言った。
蛯原は真っ赤になった。
「どうして………小林くん………言わないって約束したのに………」
「別に小林は君との約束を破ってはいませんよ。言わない対象は僕ですから。彼は萩谷に言ったんですよ。で、萩谷が僕に言った。簡単でしょう?」
「………………」
「質問に答えて下さい。」
「酷い…………酷いよ。吉田君、貴方はもう知ってるのに、私に言わせるんですか?」
「何をです?」吉田の声から冷たさが消え、無機質になった。困惑しているようにも見える。
「好きなのに………………」
蛯原は突如、大粒の涙を流し始めた。
「はい??」吉田が珍しく動揺している。小林や萩谷の話術で動揺した事があっても、女子に動揺させられるのは初めてだ。
「吉田君………貴司君の事が好きだから………あの時からずっとぉ………」蛯原はしゃくり上げた。
「僕をですか?」吉田が呆れた声を出した。
「駄目?」
「君の自由だと思います。」吉田がそう言うと、蛯原にティッシュを箱ごと寄越した。 「それなのに………貴司君は私の気持ちを………無視して………応えてくれない…………」
「………………」
「小林くんに私の気持ちを打ち明けた時、小林くん真剣に貴司君を………貴司君を称賛してたんだよ。でも過去は自分で聞けって。」
「それで、勇気を出して聞いた訳ですか。」吉田が言った。判断しがたい口調だった。
蛯原は答えなかった。代わりに正面に座っていた男子の隣に座っただけだった。
「分かりました。君がそこまで努力したなら、僕はそれに応えます。」
吉田が言った。
蛯原には、果たしてそれが、自分の告白に対して応えてくれるのか、自分の質問に応えてくれるのか、わからなかった。