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霧………あるいは、霞、あるいは………そのどちらでもないもの。
街灯の光の下をゆっくりと漂ってきた『それ』は、光に照らされた範囲を過ぎると複雑に動いて、何かの形を取ろうとする。だが、形を取り終わる前に、次の街灯に照らされて、ふよふよと蕩けていく。
幾度か同じことを繰り返した『それ』は、切れた街灯の続く闇でみるみる実体化した。柔らかなゼリー状から次第に固形へ、やがて大きな長い首を持つ恐竜へ。
底光りのする目で辺りを見回したが、真下に居る鹿子と女性には気づかないまま、どしりどしりと体を揺らせて駅の方角に去っていく。
「何……あれ……」
駅近くの光で再び霧のようなものに戻って消えていく『それ』に、鹿子はようやく声を出した。ゆっくりと視線を上げて、自分を覗き込んでいる相手にもう一度尋ねる。
「何……? 恐竜? ………あなた……誰?」
「わたしは…」
相手が唇を開きかけた時、
「『炎』」
密やかな声が、街灯の光の輪の向こうから呼んだ。
ぱっと顔を輝かせた女性が身を翻し、光の輪の側に寄る。
「『瞳』! ……無事だったのか……」
いつの間に現れたのか、光の輪の向こうに、ジーンズにシャツ、皮のジャンパーを羽織った男が立っていた。黒い髪は耳元に被さる程度、だが、顔の中央にある二つの目が不思議な輝きを帯びていて、何色とも判別できない。どちらかというと険しい表情だったが、近寄ってきた女性に僅かに唇を綻ばせ、そうすることで別人のように優しい顔になった。
「俺は大丈夫。実体があってないようなものだから……。『記憶』には気づかれなかったか?」
「多分…」
『炎』と呼ばれた相手は、光の輪の外にいる青年を眩そうに見上げ、頷いた。
「VAKUの方に気を取られていたみたいだ。わたし程度の陣でもカバーできた。それより…」
『炎』がちらりとこちらを振り返る。促されたように、青年が鹿子を見た。名前の由来は聞かずとも知れる、その揺らめくような色彩の瞳で鹿子を凝視する。
「ま、待って!」
鹿子はとっさに目を閉じて叫んだ。
「あたしに何かするのは待って。話をさせてよ。それからでもいいでしょ」
顔に当たっていた圧迫感が薄れ、鹿子はそっと目を開いた。
驚いたように大きく目を見張り、『炎』と『瞳』が鹿子を見ている。
二人寄り添うその姿が、光の輪を挟んでいるだけに一層きれいで、思わずその光景に呑まれまいと気を張った。
「巻き込んだのはそっち、よね。今、この光の輪がなかったら、あたしはどうなってたの? そもそも、あなた達は一体誰なの? 人間……普通の人間、じゃないわよね」
「驚いたな………どうして、彼女は俺達を封じられるんだ?」
『瞳』が鹿子のことばを無視して呟いた。『炎』がゆっくりと頷く。
「そうだろ。まるで、『護られて』るみたいだろう? だから、わたしは一瞬彼女がVAKUかと思ったんだが……」
「VAKUなら『記憶』が見逃すはずはないな。この程度のカバーなら…」
「あの……」
鹿子ははてしなく無視されそうな気配に思わず口を出した。
「勝手に話を進めないでくれます? あたしの質問に答えてちょうだい。あなた達は誰? 何をしてるの? さっきのは何?」
一瞬『炎』と『瞳』が顔を見合わせ、やがて何事か無言で打ち合わせたように、鹿子に向き直った。『炎』がどこか憐れむように艶やかに笑った。片手がふわりと空を舞う。
鹿子がはっと身構えた時に荷は、光の輪が溶けて、二人を包んでいた。
「待って!」
「ごめんなさい」
微かな声が応じる。それさえも夜闇に紛れて、鹿子は一人取り残された。




