第86話 理香とテールの答え合わせ
すみません、遅くなりました。
「私の評判は、キイナさんからお聞きになっていますよね?」
「確かに。『勝つためには手段は選ばない』と」
本人を目の前にして語る内容ではないのだが、問いかけてきたということは、本人もその評価を知っていると自白しているも同然だ。ならば、遠慮する必要などない、というのが理香の出した結論だった。
「現に今も、セーラー服など身に纏って、ボクの心を揺さぶってきている」
理香は真顔で、そう付け加えた。
「……この服は、閑梨の指定なのですが?」
呆れ口調で、テールが答える。
「さすが文化庁。ボクの趣味嗜好を的確に突いてくるとは」
「そうなのですか?」
「そんなわけあるかぃ!」
真顔二人の、とんでも会話に、たまらず閑梨が突っ込んでくる。
「あなたたちは、文化庁を何だと思っているんですか……?」
「「文化の振興及び国際文化交流の振興を図るとともに、宗教に関する行政事務を適切に行うことを任務とする省庁」」
「……正解です」
理香とテールの答えは、法律に書かれた文化庁の目的と一字一句相違ない。完璧な答えに、閑梨は反論ができなかった。
理香がさらなる解説を加える。
「もっとも、文化に関する国家権力の頂点なので侮れません。おそらく、図書館からボクが借りた本のデータを入手し、作品の傾向から、ボクの性格をかなり正確に分析しているのでしょう。
そうでなければ、異世界人であるキイナの世話を、ボクに任せるなんてこと、しないでしょうから」
「うっ……」
閑梨が言葉に詰まる。
文化庁にとっては、超国家機密である異世界人とのコンタクト、という情報を、一市民である理香に教えることは、相当抵抗があったに違いない。
「図書館で童話『白雪姫』を探している、という事実は揺るぎない話ですが、それだけで国家機密を明かす理由にはなり得ません。ボクの貸出履歴に、各種童話や神話、それに異世界関係の小説が多数含まれていたことが、判断材料に加味されたものと、推察しています」
さらに言えば、今回は文化庁の親玉である、文部科学省も関与している。高校は言うに及ばず、下手をすれば、中学、小学校までの、内申書に書かれている生活態度の項目まで収集されている可能性もある。
「……守秘義務に抵触しますので、お答えしかねます」
これは相当警戒されているな、と理香は感じた。事実でなければ「そんな荒唐無稽な話」と一笑に付して否定すれば済む話のはずだ。それを守秘義務を盾に回答を拒否。なれば、理香の憶測が、僅かでも当たっている可能性があるということだ。
「では閑梨。私にはセーラー服を着せた理由を答えていただけるのですよね? 私は当事者なのですから」
閑梨はため息を一つ吐く。
「大した理由ではありませんよ?」
「構いません」
「……さすがに、犯罪臭がすると指摘されたもので」
「いや、意味もなくセーラー服を着せる方が犯罪だと思いますが」
「有罪ですね」
理香の突っ込みにテールも便乗してきた。
「突っ込むところ、そこ!? 普通は『誰に?』とかじゃないですか!?」
「いや、セーラー服を着せることで免責される犯罪に思い当たる節が全くないものですから」
とは、理香。
「むしろ、理由も告げずに『着ろ』と強要されたのは、何かしらのハラスメントに抵触しているのではないかと思います」
当事者のテールが告げる。
「強要なんてしていないじゃないですか!? ちゃんと『着てください』ってお願いしましたよね?」
「人間界のルールに疎い異世界人に対して、それ以外の選択肢を提示しないお願いは、強要以外の何物でもないと思います」
テールの言葉に、理香も賛同を示す。
「だって、いくら何でも姉妹には見えないと皆が言うんです! だから、せめて中学生に見えるように、この近くの中学校の制服を調達したんです!」
この閑梨の叫びに、理香は閑梨とテールを交互に見比べる。
片やスーツ姿で見た目できるビジネスウーマン。
片や多少眼光が鋭い小学校低学年の女児――制服がなければ。
「親子ですね」
理香のポツリとした呟きに、閑梨が顔を両手で覆って反論を試みる。
「それが納得できなかったんです!」
テールがポンと閑梨の肩を叩く。
「誰も私と閑梨を親子なんて思いませんよ。似ていませんから、せいぜい姪とおばさんです」
悪意があるのかないのか、テールの真面目な表情から読み取ることはできないが、その音の響きから、おそらく「母親」と認識されるよりも閑梨のダメージは大きいだろう、と理香は考える。
「まぁ、セーラー服の件は納得しました」
「何に納得したの!?」
「理由が取るに足らない事項だったということよ」
理香の言葉に閑梨が疑問を投げつけ、テールが答えるということで、この話は、一旦の終息を迎えた。閑梨の心に深いダメージは残ったが。
「……さて、本題に戻ります」
咳ばらいを一つして、テールが話を進める。
「キイナさんの言わんとすることは正しいことではあります。ですが、もとより第二審を仕切る童話保佐人が、チート過ぎるのです」
「チート、ですか?」
疑問形が口を突いて出てきたが、発した理香自身、思い当たる節はあった。
「お判りでしょう? 弁護人は、裁判の対象となっている童話を知る人物でなければなれない。そして、弁護保佐人は、人間界からその人物を連れてくることができる」
確かに、キイナから、そう説明を受けた。
理香は童話「白雪姫」と同一の演劇台本を書き上げたが、それでも弁護人になる資格はないと言われた。
人間界からその存在を抹消され、記憶からも除去された状態でもなお、記憶を保持していた人間でなければ、弁護人の資格はない。
結果、選ばれたのは、酒挽だった。
「童話を知る『人間』は、登場人物らが知りえない情報や事実を知っています。私がどんなに事細かに事情聴取をして情報を掻き集めても、人間が知る童話の情報量には、敵わないのです」
「だから、あなたは手段を選ばない、と?」
「そういわれても仕方がない手段を使ってきたのは事実です。第一審の際に、控訴されないよう徹底的に無罪の可能性を潰したり、第二審での審理を有利にするために、作為的に立証の薄い部分を作り、争点がそこになるよう誘い込んで、こちらが注目してほしくない部分から目を逸らさせたり……」
「それを、今、弁護側であるボクに、明かしてもよろしいのですか?」
「すでに私の講じたそれらの手段は、悉く突破されています。今更種明かししたところで、今後の審理に何一つ影響はないものと、当職は愚考いたしました」
それは、ともすると敗北宣言にも聞こえた。
だが、審理が完全に終了していないところで言われたところで、単なる空手形にしかならないだろうと、理香は警戒する。こちらを油断させるための発言の可能性も否定できない。
「なので、せっかく面会の機会を与えられたので、一つ事実を提供しようと考えました。そしておそらくそれは、あなたが私に面会を求めた理由でもあると推察しています」
テールは初めからわかっていた。それは理香も感じていた。
そうでなければ、会って早々「初めまして、というべき? それとも『お久しぶりです』とご挨拶するべきかしら?」などと、挨拶内容を選択させる質問をする理由がない。
「おそらく、あなたの推察は正しいと考えています」
「では、答え合わせと参りましょうか」
理香とテールは、お互いを見つめ合う。ほんの数瞬の間。そして、テールがゆっくりと瞼を閉じて、言葉を紡ぐ。
「私は、あなたの幼少の頃から、あなたの夢を覗き見ていました。そして、それを参考に、審理を進めていた。だから、私は、今まで裁判に負けたことがなかったのです」
「……夢を?」
ある意味では予想どおり。ある意味では想定外。
夢で何度かテールに似た姿を見た記憶があった。だから、夢で何かしらの繋がりを持っていたのは予想していた。
テールは童話世界の住人。
なので、テールが本来所属している童話を見ていた可能性があると考えていた。
しかし、目の前にいる幼女検事は、理香の夢を覗き見ることで、自分が関わった裁判を有利に進めたと証言した。
それは、語り継がれてきた、所謂昔ながらの童話とは、全く異なる「童話裁判」そのものに、理香の夢が利用されてきたと告げられたに他ならない。
「あなたは、昔から物語、特に、童話や伝承に非常に造詣が深かった。行間を読み解き、大人が子供に口伝する際に不都合となる事実が隠されているところを、見事に復元していました」
理香には、そんなことをした記憶は全くない。時折、簡単なストーリーを描いていたぐらいだ。
そしてそれが、演劇の台本へと生かされている。
「そう。あなたは古今東西の忘れ去られた物語の断片――童話裁判で敗訴し、抹消された一部分は言うに及ばず、童話として体系化される前に各地域で口伝により伝えられていた伝承のうち、伝えられなくなった部分を、収集して修復する能力を持っているのです」
嫌な、予感がした。
今までの話を聞いても、そんなことをした記憶が全く残っていない。
だから、次にテールが自分に何を告げて来るか、予想ができてしまった。
表情は冷静を保っていた。しかし、本能には逆らえない。大して暑くないはずなのに、額から汗が一筋流れ落ちていくのを、自覚する。
「再度申し上げます。私は、あなたの夢から得た情報を得て、裁判を勝ち取ってきました。結果、あなたの記憶から、それらの物語は抹消されています――その中に、キイナさんが連れてきた弁護人との思い出も、いくつか含まれているのでしょうね」
次の更新は水曜日の予定です。




