第72話 『白雪姫』と『森の姫君』
申し訳ありません。少し遅れてしまいました。
2019/06/30 2:10頃 誤字等を訂正。
・「童話保佐人」→「弁護保佐人」
・キイナのセリフ中の「当利」→「トーリ」
「さて、キイナ。一つ確認しておきたいことがある」
酒挽は家に帰した。部屋には理香とキイナの二人っきりだった。
「な、何です?」
キイナはさっきと変わらずベッドに腰かけていた。酒挽を見送った理香は、彼女の横へと腰を下ろしている。結果、キイナは上半身を斜めにして、少し理香から距離を取ろうと試みていた。これまでの数々のセクハラ被害を考えれば、彼女が警戒するのも仕方のないことだろう。
「なぜボクは、『白雪姫』と同じ物語を書いた?」
消えているはずの物語。記憶にないのに全く同じものを作り上げる。そんな偶然があるのだろうか。
キイナは、体を真っ直ぐに直すと、理香の方を見て、真面目な表情で答えた。
「童話『白雪姫』はまだ完全には消えていないからなのです」
「どういうことだ?」
キイナは深呼吸をひとつしてから、話し始める。
「物語には始まりから終わりまで一連の流れがあるのです――」
人間界での物語の抹消は、正確に言うと、物語自体を消去するのではなく、流れを断ち切ってしまうこと。
通常、断片化された記憶は、思い出すきっかけがないため、そのまま忘却の彼方へと追いやられることになるのだが、記憶に残っている以上、何かのきっかけで思い出すこともある。
そのため、偶然が重なれば、その断片をかき集めて、似たような話を作ることは不可能ではない。
それがキイナの説明だった。
「大抵の場合、断片化した物語は、物語の体をなさないので、エピソードだけ独立したいわゆる『都市伝説』になることが多いのです」
「都市伝説?」
「よく聞くのは、井の頭公園のボートに乗ったカップルは別れるという類のやつなのです」
随分と人間界の噂話には詳しい異世界人である。
「井の頭公園の池に祀られている弁財天が嫉妬深いのが原因という説があるのですが、本来は、井の頭公園の地にまつわる弁財天のきちんとした伝説や伝承があったはずなのです」
それが裁判の結果消され、断片化されたエピソードだけが独り歩きする。
ただ、キイナは「調べたことがないからわからないのです」と言葉を継ぎ足した。
「つまり、ボクは『都市伝説』と化したエピソードを繋ぎ合わせたということになるわけか」
キイナは首を捻るが「間違いっていないと思うのです」と自信なさそうに肯定する。
「今まで理香は、ほんの少しの断片をつなぎ合わせて色んな推理をして見せてくれたのです。理香ぐらいの能力があれば、物語を復元してしまってもおかしくはないのです」
とはいえ、白雪姫を巡る殺人未遂事件2つを取りこぼし、存在しないキスシーンを継ぎ足している。復元した、というには聊か正確性に欠けている。
「だが、いくら偶然でも、知り合いであるボクと当利が両方とも『白雪姫』に関わるとは思えんが?」
酒挽は、童話裁判の結果抹消されたはずの「白雪姫」の記憶を持っている。
理香は断片化された「白雪姫」を偶然にも「森の姫君」という元の話と似たように作り上げた。
偶然にしてはでき過ぎだと考えるのは、理香だけではないだろう。
キイナが理香の方を見る。
「……私には、答えられないのです」
「なら、これ以上は聞かないさ」
理香は立ち上がると、イスに近づく。
「もう一つ確認しておきたいことがある」
「はい……」
「君の所属している童話世界は、何だ?」
「え……」
キイナは目を見開いて理香を見た後、ゆっくりと目線を下げた。
「……わからないのです」
ぽつりと呟く。
「正直だな。『ない』ではなく『わからない』……キイナ自身、覚えていないわけか」
キイナはコクリと頷く。
「童話裁判では第一審で負けると即日人間界からその存在が記憶ごと抹消される。では、第二審で負けたらどうなるか? 人間界から抹消されるだけではなく、物語そのものが消されてしまうのではないか? 『童話世界』から」
キイナは目を軽く閉じて、大きく深呼吸をした後、苦笑いを浮かべて理香に顔を見せた。
「何でわかったのですか?」
「『童話世界』の矛盾だよ」
童話世界は、童話が形成している世界。もっと言えば、童話の登場人物が形成している世界――理香は今までそう思っていた。
だが、その割には、弁護保佐人のキイナがいて、テールという検事がいる。裁判長もだ。
この3人が所属する童話世界――童話が見えてこない。
だから、逆に考えた。童話の登場人物が形成している世界ではなく、登場人物が童話を形成している世界なのではないか、と。
そうであれば、童話は抹消されても、登場人物はそのまま存在できることになる。
「だから、少し考えた。最初からどこにも所属していないのではなく、所属していた童話が消えてしまったのではないか、と」
「敵わないのです、理香には。やっぱり何でもお見通しなのです」
「わからないことはわからないさ。現に今だって、半分以上、カマをかけてみただけだからな」
「なぜ、そんなことを確認したがるのです?」
カマをかけたということは、理香が確認をしたかったということに他ならない。
だが、人間界ではすでに『白雪姫』の存在を抹消されていて、それ以上裁判に負けても大差はない――『白雪姫』の記憶を持つ、酒挽を除いては。
「結論として、この裁判に勝った場合と負けた場合、ボクと当利の思い出に齟齬が起こりうるのか……そこが心配なのでな」
勝った場合は『白雪姫』は人間界に復活する。思い出も当然のように元に戻る。
だが、負けた場合、相変わらず酒挽と理香の間に思い出のギャップが生まれるのかどうか。理香にとってそこが最大の懸念だった。
「この裁判に負けたら、童話『白雪姫』は、童話世界から抹消されるのです……だから、トーリの記憶からも、消えるのです」




