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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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094 幼女、狼狽える

「それじゃあ、行くよ、ジジイ」

 陽子は容赦のない言葉とともに、菊一郎の襟首をつかんで引き摺って行く。

 一大グループの会長である菊一郎に与えられた休暇予定が終了したのだ。

 そのため、一足早くヘリで本土へと帰還させられることとなったのだが、まだまだ撮影中の千穂たちも夏休み真っただ中の穂乃香も残るので、菊一郎は盛大に駄々を捏ねている。

「もう、会長職は小池、お前に譲る!」

 じたばたと地面に転がって子供の様に暴れる菊一郎の発言に、陽子は盛大に溜息をついた。

「わかった就任する」

「おお!」

 陽子の言葉に、菊一郎は目を輝かせて立ち上がる。

 そこへ口角をわずかに上げた陽子が言い放った。

「次期会長に、菊一郎を指名する、私は即隠居する」

「は?」

「というわけで、会長に戻ったんだ、行くぞ」

 グイッと引っ張られて、菊一郎は再びズルズルと引き摺られ始める。

「ちょっと待て、それは詐欺ではないか!?」

「あほが、口頭で辞任も禅譲もできるわけないだろうが、お遊びに付き合ってやっただけ、感謝しろ」

 容赦のない陽子の返しに、菊一郎は何事か言い返そうかとしたところで、その手にそっと触れてきた小さな手の感触に、開けかけた口はそのままに声を発さずに踏みとどまった。

「おじいさま!」

 高めの可愛らしい声で呼びかけられて、菊一郎は瞬時にデレッと表情を緩ませる。

 自らの手に触れる小さな穂乃香の手に温もりを、可愛らしい声に安らぎを感じながら、菊一郎が他人が見たらやや引きそうな気味の悪い笑顔を浮かべて猫なで声を発した。

「何だい? 穂乃香や」

 穂乃香はこっそりユラに羞恥心を和らげて貰って、厳重に猫を被ると甘えるような声で囁きかける。

「お仕事頑張ってね、お爺様。穂乃香、応援してるね」

 軽く小首を傾げた上で、上目遣いを上乗せした穂乃香の甘え声が、ガッチリと菊一郎の心を鷲掴んだ。

 直後引き摺られていた菊一郎はしゃきっと体を起こすと、直前の駄々を捏ねる老人など幻想であったかのように、キリリと表情を整えて大きく頷く。

「任せておけ、穂乃香。穂乃香の為に、ジイジは張り切っちゃうゾ!」

 年にはまるであってない語尾の響きに、陽子はあからさまに嫌な顔を見せたが、もはや頭の中で二人の世界を形成してしまった菊一郎はそれに気づかなかった。

 それどころか、カッコイイ祖父を演じている気になって、颯爽と身を翻す。

「行くぞ、小池」

 機嫌よく歩き出した菊一郎を生ごみでも見るような目で見送った後で、陽子は穂乃香に歩み寄り囁くほど小さな声で礼を伝えた。

「助かりました、穂乃香お嬢様。成り行きでしたが、撮影の方も頑張ってください」

「はい、こい……陽子さん」

 穂乃香は呼び方を名前に切り替えて微笑みかける。

 そんな穂乃香の様子に目じりを下げると陽子はさらに続けた。

「ですが、穂乃香お嬢様は責任感が強すぎます、できないことはできないと言っていいんですよ」

 優しい手つきで頭を撫でられた穂乃香は「はい」と柔らかい声で応える。

「では、また会える日を楽しみにしています」

 陽子は最後にゆかりを見て『後は任せる』と視線で告げてから踵を返した。

 颯爽と菊一郎の後を追った陽子が、二人そろってヘリに乗り込むと、ブワっと強めの風を一つ巻き起こして上空へと舞い上がっていく。

 エンジンとプロペラの立てる轟音は、秒単位で遠ざかっていき、それに合わせて機体も離れていった。

「行っちゃいましたね」

 メイド服姿で傍らに立つゆかりの手に、するりと手を伸ばした穂乃香は「うん」と小さく答えて、ギュっと手に力を籠める。

 ゆかりはその手を握り返しながら「大丈夫、また、すぐに会えますよ」と微笑みかけた。


「青海島での撮影は以上です!」

 スタッフの声に、演者、技術、そして観客の全員が歓声を上げる。

 この回からお披露目になる新たな魔女服に身を包んだ千穂が、精霊の姫姿の穂乃香に抱き付いた。

「穂乃香ちゃん、終わったよー」

「はい、お疲れ様でした~」

 ここ数日で慣れてしまった千穂の抱き付き癖を、ただの習慣程度に流しながら穂乃香は頷く。

「長いようで短かったですが、これでお別れですね」

「え?」

 穂乃香の言葉に、千穂は直前のハシャギ様など見る影もないほどに、顔を青ざめさせた。

「明日もう帰ってしまうんですよね? あおいさんが言ってましたよ」

 穂乃香はあおいから伝え聞いたスケジュールを思い浮かべながら、千穂に声を掛けるが、声を掛けられた当の本人はそれに答えることはできない。

 千穂にとっては、突然目の前に別れを突きつけられて、それに過敏に反応したからだがボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

「え!? 千穂お姉ちゃん?」

 突然の涙にギョッとした穂乃香は、狼狽えながら慌てて周囲を見渡す。

 撮影スタッフは撤収の準備に取り掛かっていて、すでに散り散りに動き始めていた。

 救いの手を求めて、最後のシーンでは観客になっているみどりも奈菜も、自分たちの母と話に盛り上がっていて、穂乃香の目線に気付く様子はない。

 頼みの綱のゆかりはと言えば、この場では榊原側の一番上の役職になっている為、スタッフの指示出しにいってしまっていた。

 目の前で泣く年上の少女を前に、穂乃香の焦りは急加速で増量されていく。

 攻撃であれば突発的なものでも対処できるにもかかわらず、少女の涙に対して穂乃香は、ただ動揺しながら見つめることしかできなかった。

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