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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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090 幼女、産み落とす

 あおいのカットが掛からないせいで長回しになったシーンの中で、妖艶な笑みでシーンをけん引する穂乃香のささやきに、千穂は頭を振って拒絶の色を見せる。

「ちが……あぅ……」

 苦し気な千穂の耳元に、穂乃香が再び顔を寄せた。

「ちがわないのよ……わかるでしょう。あなたの大切な仲間たちを、みんなを否定するの?」

「えぅ……ちがっ」

 華麗にすり替えられた否定の矛先に、戸惑い苦しみ頭をより強く振るが、千穂に纏わりつく穂乃香の囁きは消えない。

「うふふ、強情ね、凛華お姉ちゃん……じゃあ、沙百合」

 穂乃香に再び呼ばれて彩花はゆったりとした歩みで、穂乃香たちの元に歩み寄った。

 ウィッチ組でも素がクールな彩花は、誰よりも早く自分のすべき演技を理解し、極上の笑みを浮かべてスゥッと千穂の背に手を置く。

「凛ちゃん、たまにはね、お休みしてもいいと思うの。凛ちゃんは、頑張りすぎだよ」

 正義感で突っ走る凛華をいつも心配しながら労わるのは、幼馴染である沙百合の役割であり、劇中でも幾度も繰り返している『頑張り過ぎないで』は、視聴者にもおなじみのセリフであった。

 沙百合のキャラを一番に象徴するセリフ、労わるように背中に添えられた手と、このシーンに完璧にハマるセリフと演技を選び出して彩花は繰り出す。

 もっとも冷静にして、自分の役割を瞬時に理解できる彩花ならではのアドリブだった。

「さゆ……」

 思わず顔を上げて背に立つ彩花を見る千穂は、戸惑いを大きくする。

 そこへ畳みかけるように、穂乃香は「桜花」と次の参戦者を指名した。

 名前を呼ばれた茉莉は、既に次が自分だとわかっていたにもかかわらず、体をうまく動かせない。

 それでも、穂乃香と千穂の世界に違和感なく踏み込んだ彩花を見て、茉莉は無理やり心を奮い立たせて、根性で体を動かして見せた。

「何してるのよ!」

 それはセリフであると同時に、自分に言い聞かせる言葉である。

 茉莉はたった一言、腹に力を込めて放った言葉で、自分の体にかかったブレーキを強制的に排除して、自分の役がどんな役だったかを思い出しながら演技を組み立てた。

「沙百合に心配かけるなんてらしくないわよ? 気を抜くときはちゃんと抜かなきゃだめよ?」

 強めの口調でありながら愛情の籠っているのだと感じさせるセリフは、男勝りな桜花を象徴する言い回しである。

 直前の怒鳴るようなセリフを破綻しないギリギリで、強制的に方向を変えて見せた追加のセリフは、桜花らしさを演出しつつも、どうにか落ち着けたという力技だった。

 そして、セリフ運びに大きな破綻がない上に、あおいが止めない以上シーンは続く。

「ご、ごめんね、桜花さん」

 申し訳なさそうにシュンとする千穂に、茉莉はポンポンと肩を叩いて笑って見せた。

「気付ければそれでいいんだ、だから、それ以上は気にすんな。そういう日もある」

 茉莉のセリフに、コクリと頷く千穂と二人のやり取りに安心した表情を見せる沙百合、そのやり取りを見て穂乃香は口角を上げると、視線をクルミに向ける。

「菊乃」

 名を呼ばれた瞬間には、クルミは既にスイッチを切り替えていた。

 しかし、クルミのそれは演じ分けではなく、文字通りそのものに成り代わる。

 菊乃となったクルミは、その一歩一歩の歩みですら別人だった。

 小動物の様に恐る恐る足を踏み出すクルミは、足元がおぼつかなく見える。

 それでも、懸命に動く足が、菊乃の不安と早く友の元にたどり着いて安心を得たいという欲求を雄弁に物語っていた。

「りんかちゃぁん~~」

 怯えと凛華という安らぎを見つけたわずかな安堵の混じった声で、よたよたと歩み寄ったクルミは、奈菜とみどりの隙間を縫う様に入り込むと、ちょうど千穂の胸の下、おなかの当たりに顔をうずめるようにして飛び込む。

「菊乃ちゃん、大丈夫だよ」

 クルミを受け止めながら千穂が見せるのは穏やかな慈母のような表情だ。

 劇中でも、菊乃は年下の設定であり、対等な幼馴染である沙百合との関係とは違った親愛の情を感じさせる先輩後輩の慈しみあう姿は良く描かれるシーンである。

 だが、このシーンに限っては、場の空気が異常なせいか、見ているものの心に訴えかけるものがあった。

 思わず頬を染めてしまいそうな甘酸っぱい空気が猛烈に放たれる中で、アリサは胸の中で悲鳴を上げてのた打ち回っていた。

 何しろアリサの演技は、目前の別人格に変わるクルミとは違い、多くの人間が思い描く外国人の少女のステレオタイプをベースに、シーンの状況やセリフなどのスパイスを加えて完成させるタイプである。

 つまり、事前の綿密な準備が大事な役作りの仕方であり、アドリブにはまるで向かないのだ。

 それでも、仲間たちが、組み上げたこのシーンを台無しにすることなんてできない。

 普段、ファンサービスの一環として、ローザらしいセリフは百近くは頭にストックしているアリサは、穂乃香の視線が向くまでの間に、それこそ鼻血が出そうなほど猛烈な負荷を頭に掛けて、最適解をくみ上げた。

「ローザ」

 穂乃香の呼び出しに答えて、アリサは脳内で自分はローザだと、なり切れと言い聞かせながら、左右にわずかにお尻を振りながら歩き出す。

 ファンの間で『ローザウォーク』と呼ばれるそれをすることで、自然とアリサの心の内は落ち着いていった。

 そうしてアリサは、頭に浮かんだセリフを素直に口にし始める。

「皆そろってたデスね! それにしても、皆で仲良くしててズルイデース。私も仲間に入れて欲しいデース!」

 アリサのセリフに、先ほどまで穂乃香の言葉に惑わされていた筈の千穂が立ち上がり、皆の手を振りほどいてよろよろと距離を取るように後退った。

「あら、どうしたの?」

 笑みを崩さずに問う穂乃香に、頭を振りながら千穂は言う。

「ちがう……そろってない……みんな……似てるけど……違う」

 最初は弱弱しく、そうして言葉をつづけるごとに力強くなった千穂の言葉が、最後に断言で結ばれた。

「へぇ」

 ニヤリと笑みを強めた精霊の姫が、幻惑を振りほどこうとする年若き魔女に目を細める。

「さゆも、桜花さんも、菊乃ちゃんも、ローザも、ここにいる皆は、見せかけだけ!! ここにいる皆には魂がない!!!」

 絶叫に近い千穂の言葉が響き、それでようやく我に返ったあおいが叫ぶ。

「カット! カットッカットーーーー!!!!」

 それが後に、ファンの間だけでなく、一般にまで大変な話題を呼ぶことになる伝説の長回しシーンが生まれた瞬間だった。

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