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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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087 幼女、誘惑する

「ふふふ」

 手足に絡みついたツタで身動きが取れないのか、ソファに体を沈ませたまま、抜け出そうと弱々しくもがく千穂を見下ろしながら、穂乃香の演じる精霊の姫は笑う。

 そうして、一度目を閉じて気持ちを切り替える仕草を見せた穂乃香は、一転して無邪気な声で問うた。

「ねぇ、お姉ちゃん、どうして起きようとするの? そのまま寝ていればいいじゃない。すごく気持ちいいでしょう?」

 ふわりとまるで宙に舞う鳥の羽のように軽い動きで、千穂の横に寝そべった穂乃香は、上目遣いで千穂を見る。

 まるで恋人同士がひそかに語り合うような、呼吸の吐息でさえ肌をくすぐるほど近くまで、穂乃香は顔を寄せる。

 直前まで近づいた顔に、目を奪われるように千穂は抗いを止め、二人は見つめあった。

「おき……ないと……だめだから?」

 自分の言葉に自信を失ったように、千穂のセリフの語尾が疑問形に変わる。

 対して、穂乃香は甘えるような甘ったるい声で尋ねた。

「ほんとぅにぃ?」

 幼女なのに、ドキリとするような妖艶な色気を感じて、千穂は思わず演技を忘れて頬を染める。

 だが、その素の反応すらも取り込んで、天才はシーンを進めた。

「ほ……んと……だよ」

「ねぇ、おねえちゃん、何が本当なの?」

 薄く笑みを残して、穂乃香は急に顔を千穂の顔から離す。

「あ……」

 名残惜しさを存分に滲ませた千穂の声が漏れた。

 わずかに漏れた切ない声が消えるその瞬間、今度は穂乃香は千穂の首に腕を絡めて抱き付く。

 顔と顔が再び接近するが、近づいたのは穂乃香の口と、千穂の耳だ。

「ねぇ。ほんとうってなぁに?」

 耳元で暖かい吐息の混ざった声で囁かれ、千穂の体から力が抜ける。

 抱き付いた穂乃香に身を預けるようにして、目の焦点がぶれやがてまぶたが閉じた。

「ほん……と……あれぇ?」

 舌が上手く回らずに、千穂の言葉は徐々にろれつが回らなくなっていく。

 その様子に、わずかに千穂の耳元から顔を離した穂乃香が深い深い笑みを覗かせた。

「ねぇ、もう余計なことは考えずに、お休みしましょう?」

 深みのある声で囁いた穂乃香は、そのまま千穂の体をソファに横たえる。

 そうして、ぴょんとワンピースの裾が舞うほどのジャンプで体を離すと、穂乃香は千穂の視線が自分を追うのを待った。

 ややあって、千穂の目が自分を捉えたのを確認して、穂乃香はセリフを放つ。

 とてもとても可愛らしい声と、とてもとても無邪気な笑顔で、穂乃香は言い放った。

「わたし、おねえちゃんとおやすみしたいなぁ」

 ねだるような甘い声、それでいて不快さをまるで感じない。

 幼い少女だから醸し出せる保護欲を刺激するセリフと笑顔に、その場のだれもが息を呑んだ。

 そして、それは千穂とて例外ではない。

「うん」

 最後のセリフを言うなり、ぱたりとソファに身を投げ出した。

 精霊の姫にアネモネが落とされるシーンではあるが、千穂も穂乃香の強烈な愛らしさと妖艶さの二重奏に落ちてしまう。

 その証拠にカットが掛かっても、千穂はなかなか再起動しなかった。


 続くシーンは、一度、落とされたアネモネが精霊たちと食事をするシーンから始まる。

 このシーンのさなかに、アネモネは仲間たちを思い出し、そしてみんなを守るという使命を取り戻すのだ。

 同時にこのシーンは、無邪気を装って口にする誘い言葉がセリフ1つだけだった先ほどのシーンよりも、和気あいあいとコミュニケーションを取るシーンであるため、無邪気を装い続ける時間が長く、穂乃香が苦手を発揮して、クルー全体を不安にさせたシーンである。

 だが、先ほどの大人にも迫るほどの色気と、相反する無邪気さをほんの一瞬で切り替えて見せた穂乃香に、誰一人不安を抱いてはいなかった。

 むしろ、先ほどよりも穂乃香にべたべたし始めている千穂の方が、大丈夫かと心配されてしまっているほどである。

「大丈夫かな、あおいちゃん?」

 心配そうに、二人の容姿を視界に入れながら、監督であるあおいに声をかけるのはメイク担当の女性だ。

「あー、うーん、女の子が中学生くらいで発症する同性の先輩に憧れるアレみたいなのだとは思うけど……」

「でも、穂乃香ちゃんって、まだ……」

「そうはいっても、すごい色気出てたから、さっき……あれを中学生の千穂ちゃんが、目の当たりにしちゃうと、惚れかねないよね……」

 二人とも経験上、友達以上に距離を詰める同性同士というのは幾人も見てきているので、プライベート的な部分で別段問題視はしていないのだが、恋愛感情が演技に及ぼす影響はビジネス的な部分で看過できない立場であった。

「とにかく、撮ってみて考えよう」

「そ、そだね」

「ほら、千穂は天才だし、プライベートとビジネスはきっちり切り替えられそうでしょ?」

 かなりの大き目の願いが籠った監督の言葉に、同意とも否定とも取れない曖昧な笑みを残して、メイクは自分の仕事をこなすべく駆け出していく。

 一人残されたあおいは、わずかに興奮を滲ませて独り言を口にした。

「いや、ほんと凄い子だわ。逸材だけど、危険物……超面白いわ」

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