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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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085 幼女、切り札を掴む

「まずい……これはすごくまずい」

 トイレの個室、蓋を閉じたままの便座の上に座りながら、穂乃香はドアの向こうに待機しているであろうゆかりに聞こえない程度の声で、呪文のように『まずい』を繰り返していた。

『主殿、どうにも良くない向きに感情が傾いておるが、すっぱりとあきらめるわけにはいかんのかの?』

 あまりにも呪詛の様に同じ言葉を繰り返す主人を見かねて、ユラが解決策として投げ出せないのかと尋ねる。

 が、責任感が人一倍、いや、数倍の穂乃香に、投げ出すという選択肢はなかった。

(……それはできないわ)

『しかし、幼子ゆえ、無理という理屈なら、断われよう?』

 ユラのもっともな意見に対しても、穂乃香は首を左右に振る。

(年齢のせいにして逃げるなんてできないわ。少なくとも、心は大人なんだから、そんなの詐欺よ)

 穂乃香の言い分を聞いた上で、しかしユラは、ズバリと尋ねる。

『主殿が上手くできないのは、そのせいであろう?』

(え? どういうことかしら?)

『最近では、ぷらいど、というのかの? 要は自分が幼子でないという自負が足を引っ張っているように思うがの?』

 ユラに言われて、ギクリと、穂乃香の心が反応を示した。

 自覚がまるでなかったわけではないので、穂乃香もその一言で原因に思い至る。

 能力によって、穂乃香の心を完全に見透かしているユラは、察したことをはっきりと感じ取った上で、一歩踏み込んだ。

『要は、幼子の振りをすることを、主殿の心が無意識に拒絶しておるので、うまくいかないわけよの』

 穂乃香はその断言にがっくりと肩を落とす。

 まさに仰る通りなのだから、否定の言葉も反抗の言葉もあるわけがなかった。

『で、その主殿に朗報があるのだがの』

「え?」

 想像していなかったユラからの光明さす一言に、先ほどまでは動揺しながらも続けられていた会話を思わず声に出してしまう。

 それから、慌てて口を両手で隠すように塞いでから、ユラに問いかけた。

(それって、どういうこと?)

『うむ。要は羞恥心が枷になっておるのだから、我が術で主殿の羞恥心を麻痺させるというのはどうかの?』

 ユラの提案に顔を上げた穂乃香は、コクリと頷く。

 そして、真剣な顔で「それで行きましょう」とゴーサインを出した。


「すみません、お待たせしました」

 撮影チームに合流した穂乃香は、早速とばかりに頭を下げて回る。

 少なからず自分の離脱で待たせたのだ、という自覚からだが、その幼女とは思えない謝罪の姿に、一同は戦慄を覚えた。

 誰もが、穂乃香が化けて戻ってきたと思ってしまうほど、その態度や声にわずかな動揺も焦りも含まれていない。

 そして、それは千穂を胸躍らせるだけの進化の片鱗でもあった。

「ちょっと、千穂、すごい顔をしてるわよ」

 獲物を前にした肉食獣の様な獰猛な笑みを浮かべる千穂の肩を叩きながら、茉莉は今触れたばかりの化け物と出て行った時の焦りを完全に払しょくした化け物に、内心で冷や汗をかかされている。

(冗談じゃないわよ……)

 自分の中で誰にも負けないと思っていたモノで、自分以上の、しかも、手が届かないと思わせるだけの存在を前に、それでも表面に動揺を見せずに、役割を演じ切れるのは茉莉の演技者としての能力の表れでもあった。

「あー、ごめんねぇ、全然気づいてなかったよ」

 ヘラっと笑って見せた千穂はいつも通りで、茉莉はその変化にも背中を寒くさせられる。

 だが、そこで心折れることなく、むしろ、化け物同士の出会いの瞬間に立ち会えたことを感謝するだけの向上心と上昇志向が茉莉には備わっていた。

「でしょうね……それよりも、本番始まるわよ」

「あ、うん、行ってくるね、穂乃香ちゃん~」

 嬉しそうに笑いながら駆け出していく千穂が、お詫びをし終えた穂乃香に声をかける。

 その姿に、茉莉は思わずつばを飲み込んだ。

「いや、まつりん、胆力ヤバいね……私、近づけなかったよ」

 クルミがいつもよりもやや低めのテンションで、茉莉に話し掛けながら苦笑する。

 その飾ってない様子が、クルミの本心を口にしたのだとありありと物語っていた。

 何しろ、彼女もいくつものキャラを使いこなす演技者であるのだから、茉莉とは多少差があっても、千穂と穂乃香に対する評価に格別の差はないのである。

 つまり、二人は化け物たちを見て、同じような感想を抱いているに他ならなかった。

「要は受け止め方かな」

「ん?」

「天才な二人を前にして、ドンだけショックを受けるか想像もできないけど……」

「けど?」

「でも、天才同士の化学反応を目にするチャンスに立ってるんだと思えば、最高に幸せな事じゃない?」

「……なるほどねぇ~」

 クルミは茉莉の意見に頷きながらも、その踏みとどまれる強さに、呆れと尊敬を混ぜた視線を向ける。

 逆境であろうと自分の利を見つけ出し、その一点で突破して見せる思考の強靭さこそが茉莉の強みだ、とクルミは思うのと同時に、穂乃香や千穂とは違う才能だと感じるのだ。

「あー、もう」

 思わずしゃがみ込んだクルミは、ぶつけどころのない嫉妬を込めた怨嗟を吐き出す。

「なに、クルミ?」

 クルミが急な行動を見せるのはいつものことながら、それでも、今しがた千穂達について交わした言葉がやや重めだったので、茉莉は心配そうに声を掛けた。

 すると、ぴょんと飛び上がるように立ち上がったクルミは、ニカリと笑って「いや、なんか嫉妬心を吐き出してた」と宣言する。

「んで、これから天才たちの演技を勉強するぅ」

 普段と変わらない明るい声で宣言すると、クルミは本番の準備が進むエリアへと歩み寄っていった。

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