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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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084 幼女、逃走する

「えーーーと、あれ?」

 千穂は目の前の状況に首をかしげた。

 精霊の姫の試練とは、楽しく笑いの満ちた幸せな空間の中で、それを夢だと看破し、自分の使命や願いを胸に現実へと帰還するという設定である。

 その夢の中には、穂乃香もみどりも奈菜もゲストとして登場して、アネモネ役の千穂を夢の世界に留めようと誘惑するのだ。

 求められるのは、子供らしい無邪気さであり、演技である必要はまるでない。

 みどりは言わずもがな、奈菜も無難に幼子らしさを見せられたのだが、抜群の存在感を見せていた穂乃香にトラブルが発生していた。

 何しろ、肉体は幼女であっても、頭の中身は人生という旅を一度は成し遂げた人間である。

 そのせいで、見た目の幼女らしい愛らしさに反して、セリフ回しや動きに子供らしさや無邪気さといったものが、まるで感じられないというちぐはぐな状況に陥ってしまったのだ。

「大人びてるせいで子供っぽくないっていうのは予想外だったかも……」

 千穂の横で、茉莉がつぶやく声に、若干の安堵が混じっていたのは、抱えていた焦りのせいだろう。

「まー意外ではあるけど、得意不得意ってあるよねー」

 クルミも同意しながら、穂乃香たちのテストを見守っていた。

 幼女3人に囲まれ、楽しい時間を過ごしつつも仲間を案じるアネモネの前に、試練の主である精霊の姫によって呼び出される幻の仲間たちという設定のため、この場にいる千穂を除く全員がシンプルな白のノースリーブワンピースに身を包んでいる。

 サイズは当然違うが、穂乃香たちの着ているものも同じデザインなので、魔女衣装の千穂だけが少し浮いていた。

 さらに汗を抑えるために、髪型や帽子のセットを崩さないよう体には、扇風機の風が強めに当てられているので、待機組の中でも薄いワンピース一枚の他の4人は、スカートがまくれ上がらないように若干千穂から距離を取っている。

 当初その疎外感に微々たるダメージを負っていた千穂だったのだが、穂乃香の変調に目を奪われ、そんなことはもうすでに忘却の彼方だった。

 年下のライバルの誕生にものすごい興奮と対抗心を燃やしていた千穂は、だいぶ意気消沈してしまっている。

 それ自体は個人が勝手に抱いたことであり、穂乃香の年齢でちぐはぐさが出るのは、仕方のない事であり、あおいなどはすでに演技プランの変更などを検討し始めていた。

 が、その中であって、ただ一人、穂乃香だけは、長い人生経験が災いして周囲の目線から感じる感情をほぼ正確に読み取ってしまい、自分で自分に乗っかる重しを増やしてしまう。

 結果、うずたかく積みあがった責任という重責に押しつぶされかけながら、穂乃香はどうにかテストを終えた。


「あ、あの、ちょっと、お手洗いに行ってきます!」

 勢いよく宣言した穂乃香は、全力と言って差し支えない速度で、その場を逃げ出すように走り去った。

「あ、穂乃香お嬢様!」

 誰よりも早くゆかりが、穂乃香を追って駆けていく。

 それは誰がどう見ても、天才児の初めての挫折と、それに起因する逃走であった。

 ゆえに他のメンバーは気になりながらも動かない。

 みどりと奈菜も、穂乃香の様子や周りの大人たちの態度に、心配そうな顔でお互い視線を交わし合うのが精一杯だった。

 そんな暗く重い空気の中でも、仕事を進めなければならないのが、監督の役目であり辛いところである。

「さあ、穂乃香ちゃんが戻ってきたら、本番いくわよ!」

 あおいの宣言に、演者の子供の中でもとびきり冷静な彩花が問うた。

「本当に、大丈夫なんですか?」

 穂乃香の行動を客観的に見れば敵前逃亡であり、普通であれば、その状況から立て直すのは大人でも難しい。

 彩花の質問はその前提の上になされたもので、大丈夫であってほしいという実感や予感というよりは、希望に近い気持ちで号令をかけたあおいは、思わず答えに窮してしまった。

 こうなると、その沈黙がその場の一同に、不安という形で広がってしまう。

 しかし、そんな中で、ただ一人、アリサが確信と共に断言した。

「彼女はどうにかしてしまうと思うわ。それこそ、どんな手を使っても……」

 アリサの言葉に、千穂が尋ねる。

「どうして、言い切れちゃうんですか、アリサさん?」

 千穂の少し不安そうな顔に、アリサはビシッと指をさした。

「え!?」

 思わず驚きつつ後退った千穂に、アリサはニヤっとどこか含みのある笑みを見せる。

「彼女の去り際の顔、そっくりだったの……千穂に」

「私に?」

 アリサの言葉に戸惑い、そして、瞬きを幾度か挟んだ後で、千穂の顔に笑みが生まれた。

「そうか……調整しに行ったんだ」

 戻ってきた穂乃香を見逃すまいと、ギラリとほんのわずかな時間だけ獰猛な光を、千穂は瞳に宿す。

 そしてそれは、撮影スタッフ全員を落ち着かせ、穂乃香は大丈夫だと納得させるには十分な雰囲気を作り上げていた。

「……これが『座長』よね」

 呆れと憧れと嫉妬の混ざった複雑な苦笑を、千穂の最大の理解者であり親友である茉莉が浮かべる。

 演者の中にあって『座長』とは、いわゆる主演の事であるが、その格は千差万別で、他の演者が盛り立てねばならないいわゆるお飾りもいれば、一人で試行錯誤する独裁者タイプもいるのだ。

 だが、千穂はその中にあって、生来の気遣い能力で細かな気配りができるおっとりとしたタイプでありながら、内には強い情熱を宿していて、それを意識せずに周囲に感染させて感化させてしまう。

 それはもはや技術ではなく、生来の能力に等しく、少なくとも茉莉に体得することはできないモノだった。

 ゆえに、浮かべるのはただただ複雑な心情を含んだ苦笑である。

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