083 幼女、熱をまき散らす
「穂乃香ちゃん、大丈夫だった?」
穂乃香を吊り上げる為に、ワイヤーを付けて引っ張っていたのは男性スタッフだが、穂乃香のハーネスを外すのは女性のスタッフだ。
衣装担当の女性と協力しながら、穂乃香を吊るために装着されていた器具を外していく。
その横では、比較的露出を抑えているため、夏にしては厚めの衣装で汗ばんだ穂乃香の汗をぬぐい、それに加え、セリフを口にしたことで、やや乱れた化粧を整える為に、メイクが手早く修正を加え始めた。
本来なら演者が子供の為、一発撮りで終えるところなのだが、穂乃香の実力を加味して、出会いのシーンの印象を強める為に、穂乃香と千穂それぞれのバストアップを別に撮影することに決まっているので、演技中のテンションを維持してもらうためのスタッフの動きは素早い。
穂乃香が「大丈夫でした」と答えた時には、穂乃香の前方、下から見上げるアングルでカメラが設置されていた。
「じゃあ、次は、穂乃香ちゃんを寄りで撮るけど、できるかしら?」
「はい」
歩み寄ってきたあおいの問いに、穂乃香が答えた時には、修正を終えた衣装とメイクが穂乃香から離れる。
背後では特効チームが、穂乃香のアップ映像に映り込まないように手早くワイヤー類を回収していた。
「じゃあ、穂乃香ちゃん、準備いい?」
あおいに続いて、歩み寄ってきた千穂が、ワクワクと目を輝かせて穂乃香に問う。
向上心の塊である千穂にとって、年下であろうと素人であろうと、光る演技をこなす穂乃香は尊敬の対象であり、自分の糧になるとも思っているため、その目には並々ならぬ熱が籠っていた。
「はい、いつでもいけます」
こくりと穂乃香が頷くと、千穂はあおいに視線を向ける。
「おっけー、じゃあ、感覚が消える前に始めましょう」
あおいの指示に動き出したのは、今度は助監督ではなく千穂だった。
軽くカメラさんに視線を流し、頷かれたのを確認した千穂は、カメラに灯った撮影中を示す赤いランプを視界に収めつつセリフを口にする。
「みんなは?」
千穂のセリフきっかけに、頭の中で先ほどの間を再現すべくカウントしてから穂乃香は自分のセリフに取り掛かった。
「ようこそ、魔女の娘」
カメラに対して、見下すような視線を向けてセリフを放ち始めた穂乃香は、そのまま威厳のある態度を貫いて演じ切る。
そうして、最初のシーンはあおいの喜びが滲む『カット!』の掛け声をもって終わりを迎えた。
「みんな、どうしたの?」
シーンを撮り終えてメンバーと合流した千穂が目にしたのは、台本を手に読み込む彩花、何パターンも動きを試すクルミ、発声を確かめるようにぶつぶつと自分のセリフを繰り返すアリサと、いつもとは気合の入れ方が一段階以上上がっているメンバーの姿だった。
そして、そんな仲間の様子に首を傾げた千穂に答えたのは、自身も台本を手に動きを確認していた茉莉である。
「きまってるでしょ、千穂と穂乃香ちゃんに当てられたの。普通にいつも通りにやったら持ってかれちゃうからね」
茉莉の言葉に、千穂は闘争心の滲む力強い笑みを浮かべた。
「確かに、穂乃香ちゃんすごいよね。数年後にはライバルどころか、抜かれてるかもだよね」
チロリと出した舌で唇をなぞる千穂は挑戦者を迎え撃つ王者の風格を纏い、茉莉は思わずこめかみから一筋汗を垂らす。
「でも、ほんとに経験ないのかな?」
「アレだけの子が業界にいたら既に噂になってるよ」
疑問を口に首を傾げた千穂に、茉莉はもっともな意見を返した。
そして、それは千穂も納得できるところだったのであろう。
「それも、そうかー」
にこやかな表情で頷くと、千穂も自分の台本を取り出した。
「え? 千穂が台本?」
千穂自身は台本を受け取ってから撮影日までどれほど時間がなくとも、完璧に暗記して、当日には覚えたセリフに対して載せる感情を深めるタイプである。
ゆえに撮影が始まってから、台本を取り出す千穂を茉莉は初めて見た。
「あー、うん。もっといい演技が出来そうな気がするんだよね……私も、皆と一緒だよ」
メラリと目の奥に燃え上がる炎を幻視するほど、茉莉は目の前の千穂に滾るモノに「そ、そうだね」とあいまいに答える。
だが、その心中は穏やかではなかった。
長く共に演じてきただけに、茉莉は千穂の異常さには慣れたつもりだったのに、今目の前の彼女はさらに化ける準備に入っている。
天才が天才と出会い更に飛ぶ準備をしている姿に、そして、すでに化け物級の後輩がいることに、茉莉は正直なところ恐れを抱かされた。
だが、彼女とて、女優である。
次に挑むために駆け出そうとする仲間でありライバルであり親友である千穂を、遠ざかっていこうとする彼女を、茉莉は決死の想いで怯えを退けて追いかけるために意識を切り替えた。
「なら、千穂、私と読み合わせしよう!」
熱い想いの籠った茉莉の言葉に振り返った千穂は少し驚いたような顔を見せてから深い笑みを見せる。
高め合えるからこそ、仲間であり親友なのだと示すように、千穂は深く頷いた。
「うん! やろう、茉莉ちゃん!」




