811 幼女、封印の時を迎える
私の全てを預けると穂乃香に言われた時、みどりの中に確かな喜びがあった。
自分を選んでくれたという優越感である。
だが、その直後にみどりはその言葉の重みにも気が付いた。
どんなことでも出来てしまう魔法の力が無くなれば、穂乃香は自分よりも遙かに弱い存在になってしまう。
力を取り戻させることも、そのまま取り戻させないことも、自分と茉莉の考え次第だという事実が、みどりの中の僅かな黒い感情を刺激した。
優越感、独占欲を始めとした全能感に近い感覚である。
だが、その感情をみどりの中にある穂乃香に関する記憶が、瞬時に白く塗りつぶした。
どんなときも一生懸命に自分やクラスメートを守ってくれた穂乃香の後ろ姿は、みどりの憧れである。
みどりがそう思うと、何故だか、ほんの少し前に奈菜に言われた『穂乃香ちゃん、真似すぎ』という言葉が胸に浮かんだ。
何故、その言葉が浮かんだのか、みどりは真剣に、しかし手早く思考を巡らせる。
そして、みどりは、ああ、と思った。
目標とする存在が穂乃香である自分には、奈菜の言葉はまだ真似に過ぎないと言われているように聞こえたのだと、みどりは理解したのである。
そして、そこに思い至れたからこそ、みどりは黒くつまらない感情に支配されている場合じゃないと、それらを完全に振り切ることが出来た。
ただ真っ直ぐ、穂乃香に代わって、彼女のように強く雄々しく皆を守れる存在になろうと、みどりは強い思いで瞳を輝かせる。
そうして、みどりはその湧き上がった強い上昇志向と共に断言した。
「まかせて、穂乃香ちゃん。みどり、がんばる!」
みどりの言葉に、穂乃香は大きく頷いてみせる。
それからゆったりとした口調で、穂乃香はみどりに自分の気持ちを伝えた。
「もちろん、みどりちゃんならやってくれると思ってる。だから任せるんだよ。みどりちゃんには黒華、青葉、朱種、蜜黄、白果のこともお願いしてるし、大変だと思う……だけど、他にお願い出来る人がいないの……だから、よろしくお願いします」
少し丁寧な言い回しで締められた穂乃香の言葉に込められた申し訳なさや信頼の大きさを、黒華達の繋がりを通じてみどりはしっかりと受け止める。
その証として、みどりは穂乃香に見せるために、自らの召喚獣を全て呼び出して見せた。
「みどり?」
みどりの行動の意図がわからなかった黒華が首を傾げながら、最も相性の良い玄武の甲羅の上に着地する。
他の眷属達も、自分の司る五行に沿った聖獣たちに触れたところで、みどりは穂乃香に向かって「みて!」と告げた。
穂乃香が聖獣と眷属達を順番に見たのを確認して、みどりは更に言葉を放つ。
「みどり、しょうかんじゅうのみんなも、けんぞくのみんなも、ちゃんとささえられるよ。だから、穂乃香ちゃん、あんしんしてね」
みどりの言葉に、穂乃香は嘘だと思いながらも頷いた。
穂乃香を安心させるためにみどりは満面の笑顔を浮かべているが、その額や首筋に玉の汗がふつふつと浮かび始めている。
みどりが明らかに無理をしていることを承知で、穂乃香は「ありがとう、みどりちゃん」とだけ告げて、すぐさま元の立ち位置に戻った。
「さあ、それじゃあ、二人とも早くお願い!」
「みどりちゃん」
「茉莉お姉ちゃん」
穂乃香を間に挟んだ茉莉とみどりがお互いの名前を呼んで頷き合った。
直後、それぞれを起点とした大型の魔法陣が、魔力の光で宙に描かれる。
「それじゃあ、二人とも、魔法陣に自分の魔力を流し込んで」
宙に浮かぶ魔法陣を見ながら、穂乃香が指示を飛ばすと、茉莉とみどりは魔法陣に向けて自分の魔力を流し込み始めた。
茉莉の魔力が注ぎ込まれた魔法陣は黄色の僅かに混じった赤、朱色に輝き始める。
一方、みどりが魔力を込めた魔法陣は、僅かに青みを帯びた黒にとても近い紺に染まっていた。
「当たり前かもだけど、フラワーズのイメージカラーとは違う色になるんだねぇ」
魔法陣の変色を見守っていたクルミがポツリと呟くと、五行をよく知る島村が自分なりの分析内容を口にする。
「これは推測ですが、魔法陣の色はそれぞれの近しい五行の色になっているように思われますね」
そんな島村の言葉に頷いた朱種は、魔法陣の色から茉莉の五行の質を語った。
「茉莉は火行が主軸で、僅かに土行の影響もあるようですわ。それゆえに、朱色なのですわ」
「みどりは水行が軸で木行の要素もあるようですね。ですから黒と青の混ざった紺色なのでしょう」
朱種に続いて、青葉がみどりの質を語る。
そうしている内に、茉莉とみどりの魔力で、それぞれの魔法陣の色が均一になった。
「それじゃあ、二つの魔法陣を重ねるようにイメージして」
穂乃香の指示に従って、茉莉とみどりは自分達の魔力を込めた魔法陣を自分の手元から穂乃香の方へと移動させる。
するとまもなく、穂乃香の頭上で茉莉とみどりの魔法陣の外周部が接触した。
直後、接触点を中心に強い白色の光が放たれる。
その光が収まった後には一つの魔法陣だけが残り、穂乃香の頭上に浮かんでいた。
「それじゃあ、タイミングを合わせて魔法陣を下ろして」
穂乃香の言葉に茉莉とみどりが小さく頷く。
「私の頭から足まで魔法陣が通り抜けた瞬間、封印は完成するわ」
単なる事実として、穂乃香は淡々とそう言い放った。




