807 幼女、収める
茉莉は素直に納得した。
穂乃香がプリスラーフマーナとの波長が一致するから請け負えないならば、残るは自分とみどりと言うことになる。
そして、みどりはまだまだ幼稚舎に通う幼子だ。
自分が受け持ちになるのは実に当然だと茉莉は納得する。
だが、これに異を唱えるものが現れた。
「なんで、なんでみどりじゃだめなの?」
穂乃香の言葉に茉莉は納得したが、逆にもう一人の候補に名前が挙がったみどりが異論を唱えたのである。
それを聞いた皆は一様に驚いた。
まず、みどりが自分ではダメなのかと主張したこと自体に、そして、その主張が切羽詰まって聞こえたことにである。
そんな中で、茉莉が一番最初に名前を呼んだ。
「みどりちゃん」
自然とみどりの視線だけが茉莉に動くが、しかし、その体は未だ穂乃香に正面を向けたままである。
その態度に、茉莉はみどりも自分と同じなのだと悟った。
つまり、ちゃんと穂乃香に説明して貰って納得が出来なければ、茉莉に譲ることも、自分が引き下がることも、みどりには出来ない。
茉莉はそれがわかったからこそ、そして背負うと決めたからこそ、攻勢に出た。
「みどりちゃんがまだ小さいからだよ」
それが残酷な言葉だと茉莉自身理解している。
年齢なんて、自力ではどうしようも出来ない事を理由にして、みどりの芽を摘むのだ。
残酷以外の何物でも無い。
だが、それくらい強く出なければ、みどりは引き下がらないだろうと茉莉は感じていた。
みどりにも強い思いがある。
これまで助けてくれた穂乃香を助けたいという思い、月奈や奈菜という同志にして親友が候補に挙がらなかった今自分が皆を代表したいという思い、そして、五体の聖獣という僕を得た事による自分に対する自信、それらがみどりにこれまでにはない強さを与えていた。
だからこそ、同格の茉莉の言葉に、みどりは引き下がらない。
「それなら」
そう言うなりみどりは、全身に魔力を纏わせた。
「おとなになればいいよね!」
皆が驚きの表情を見せる。
身に纏う魔力を調整して、みどりはかつて目にしたゆかりの魔法を逆ベクトルで組み上げた。
単なる模倣ではなく、模倣した上で逆転させる。
即ち、強制的に体を成長させる魔法を、その場の流れでみどりは組み上げて見せたのだ。
そのセンスに、魔力を操る技量に、そして何よりも、思考は短絡的であったが、即座に答えに至りそれを躊躇うことなく選択する気迫に、皆は一瞬にして呑まれる。
周囲を囲む大人も子供も皆が唖然としてみる中で、みどりを包む魔力が加速を始め、その身に魔力が吸い込まれ始めたところで、ただ一人、普段と変わらない態度でいた穂乃香が待ったを掛けた。
「ダメだよ、みどりちゃん」
「ほの……」
名前を呼びきる前に、みどりを囲んでいた魔力が全て消し飛ぶ。
「急な成長は良くない」
ふるふると左右に首を振って見せた穂乃香に、みどりは「でも」と唇を噛んで見せた。
茉莉に否定されたからというよりも、みどり自身、自分が幼いから選ばれないという自覚があったからこその魔法行使である。
条件を覆せば可能性があると考えて起こした行動を、穂乃香に止められたと言うことは、みどりに対して決定は覆らないと断言されたに等しかった。
少なくとも、みどりはそう理解して、表情を曇らせる。
今にも泣き出しそうな顔のみどりに、穂乃香は一歩歩み寄って「みどりちゃんが茉莉お姉ちゃんより小さいからお願いしないんじゃないよ」と告げた。
だが、みどりにとってその言葉は、より心を冷え込ませる。
年齢というわかりやすい理由ではないなら、もっと違う、もっと決定的な理由があると言うことだとみどりは思った。
それはより自分が必要ない理由に繋がるものだと、みどりは恐れを強くする。
みどりはそう感じたことで、ようやく自分が何故無理にでも茉莉の役割を奪おうとしてしまったのか、その理由に気が付いた。
穂乃香への恩、皆を代表してという思い、そして身についた自信、それらが嘘であるとは言えない。
だが、それ以上に穂乃香に必要とされたいという欲が自分の中にあったのだ。
あまりにも心の成長が早すぎて、本来向き合うには経験が足りないのに、みどりは自分の中に黒く嫌な感情があることに気付いてしまったのである。
その黒い感情、即ち自分に対する嫌悪感で、みどりは叫びだしそうになった。
だが、それを止めたのもまた穂乃香の言葉である。
「私の為に頑張ってくれて嬉しいよ、みどりちゃん」
みどりはその言葉に思考が止まるのを感じた。
許されたという安堵感が、穂乃香が醜い自分の感情を否定せずに、受け止めてくれたという思いが溢れ出してくる。
それはみどりの都合の良い解釈でしかなかったが、しかし、気持ちを落ち着け、聞く耳を取り戻させるには十分、いや必要以上の効果であった。
だからこそ、みどり自身も直前とはまるで違う穏やかな心で、穂乃香の言葉を耳にする。
「勘違いしないで欲しいんだけど、みどりちゃんには他にやって欲しいことがあるから、茉莉お姉ちゃんに掌握をお願いしたの」
その言葉に、ただみどりは思ったままを口にしていた。
「そうなんだ」




