079 幼女、受け入れる
子供たちが自己紹介を終えたところで、菊一郎を始め、大人たちも名乗る。
そうして、その場の全員が名を名乗ったところで、黒いパンツスーツに身を包み、大きなサングラスをかけ、ふわふわと広がる長い髪をなびかせた女性が姿を見せた。
その姿に気が付いた千穂が「あ、監督」と声を上げる。
「みんな仲良くなれた?」
笑みを浮かべて尋ねる監督と呼ばれた女性の問いに、彩花が真面目な顔で答えた。
「いえ、まだ自己紹介を終えたばかりなので」
「そう? 穂乃香ちゃんはこの先も共演するかもしれないから、仲良くしてあげてね」
シレッと爆弾を放り投げた瞬間、その場の全員が驚いた表情を見せる。
直後、呆然と周りの様子を窺う一同の中で、陽子、ゆかり、そして、穂乃香が視線を菊一郎に向けた。
「どういうことだい?」
「旦那様、穂乃香お嬢様には何も言っておられませんよね?」
「…………」
陽子は怒りに満ちた目を、ゆかりは呆れと不満の混じった顔を、穂乃香は眉を寄せた困惑の表情を、菊一郎に叩きつける。
そうして、三人の女性の視線に耐えきれなくなった菊一郎はよろめくように一歩後退った。
「わ、わしはじゃな。ロケの見学だけでなく、作品に参加出来たら、穂乃香の良い思い出になるかと思ったのじゃよ!!!」
その言葉に、陽子とゆかりは盛大に溜息をつく。
「世間の注目の眼を浴びせたくないから、大事に隠し育てると言ってたのはどこのジジイだい!?」
「いくら穂乃香お嬢様が天才児でも、演技までできるとは限りません。トラウマになったらどうなさるんですか!」
右に陽子、左にゆかりが立ち、板挟みの状態で責められる菊一郎に反論の言葉はなかった。
何しろ二人が言うのは事実と正論である。
穂乃香が喜んでくれると夢想した瞬間から、イエスマンの第3秘書に命じて手配したロケチームの招待と穂乃香出演のねじ込みは、昨今のサプライズ文化の波に乗った少し早めの誕生日プレゼントのつもりで『ありがとう!おじいさま!!』は確定だと菊一郎は踏んでいたのだ。
なのに、現実は立場上、自分に付き従うはずの部下たちに責められ、穂乃香には困惑の目を向けられるというバラ色の予想を大きく逸脱してしまった光景が自分の前に広がったことで、菊一郎は不貞腐れる。
「わし、女の子の好きなものなんてわからないじゃもん!」
菊一郎の子供のような態度に、陽子は盛大に溜息をついて見せた。
それから、監督を見て、陽子は尋ねる。
「穂乃香お嬢様の代役を立てることはできますか?」
監督は、陽子の問いに首を大きく左右に振った。
そうして、肩から掛けていたバックからタブレットを取り出すと、そこに制服姿で歩く穂乃香の映像を映し出す。
「正直、外見も雰囲気も想像通りでした。特にうちの妹から知能の高さも、普段の落ち着き具合も聞いていて、この子……穂乃香さんしかないと思っているので、お願いできないとなると、大変困ってしまいます」
サングラスを外しながら真剣な目で訴える監督の言葉に、陽子もゆかりも自然と穂乃香を見た。
その視線に応えるように穂乃香は、監督に問う。
「妹さんに、私のことを聞いたんですか?」
それは陽子もゆかりも聞き逃していた部分の指摘であった。
「そうね、まだ自己紹介もしていなかったわね」
そう言って監督はバックから今度は名刺を取り出して、穂乃香、陽子、ゆかりに手渡す。
「私は今回の『プリティーウィッチ・フローラル』秋のスペシャルの監督を務めます、藤倉あおいと申します」
一度頭を下げてから、手を伸ばしてきた奈菜やみどりにもあおいは名刺を配った。
「藤倉って、あかね先生の?」
みどりから名刺を見せられた由紀恵がそう尋ねると、あおいはしゃがみこんで視線を合わせてから笑顔を見せる。
「ええ、そうです、藤倉あかねは私の妹です、えーと、みどりさんのお母さま」
「すごい、みどりのなまえもしってるの?」
「ええ、知ってますよ、みどりさん、もちろん奈菜さんも」
あおいはそう言いながら、加奈子にしがみついている奈菜にも微笑みかけた。
「穂乃香さん、みどりさん、奈菜さんは、とても仲の良いお友達で、クラスの皆をまとめてくれている子たちで、優しくていい子だって聞いてます」
あかね先生がそう言ってたと聞くと、みどりも奈菜も誇らしそうに、そして嬉しそうにそれぞれの母親を見上げる。
対して、母親たちも優しいまなざしでそれぞれの子の頭を撫でた。
その様子を確認した上で、あおいは「できれば、2人にも一緒にウィッチに出て欲しいんだけどなぁ、2人には穂乃香ちゃんを助けて欲しいの」と子供たちの気持ちをくすぐりながら、シレッと外堀を埋めてみせる。
もちろん、それに陽子もゆかりも、そして穂乃香も気が付いたが、その時にはみどりも奈菜もやる気に満ちた目をしていた。
興奮気味の表情で、みどりと奈菜は、穂乃香と自らの母親の間で忙しなく視線を行き来させる。
こうなれば、穂乃香の答えなど決まったも同然だった。
「お役に立てるかわかりませんが、精一杯頑張ります」




