076 幼女、着岸を見る
ロケチームが乗る船は青海島への定期連絡船でもあるため、普段は榊原家の地下施設に常駐している職員や運搬用の重機も総出の盛大な出迎えになった。
穂乃香を中心に、奈菜とみどり、ゆかり、由紀恵、加奈子、そして、菊一郎と陽子が一団となり、エリーたち使用人組は運搬用の重機などと共にそれとは離れた位置で塊を形成していて、それ以外にもライフジャケットを身に着けたスタッフが2、3人ずつ持ち場で待機している。
そんな一同が視線を向ける先の海上では、外洋の高い波に翻弄されて、大型の船が船体を大きく上下させていた。
「おふね、だいじょうぶかな?」
不安そうな顔で船の動きを見るみどりは、真横に立つ穂乃香に尋ねる。
一見するとその上下の幅は大きく不安を掻き立てられる有様だが、持ち場に立ったまま、じっと船の様子を見るライフジャケットのスタッフに動揺がないのを見て、穂乃香は問題ないのだろうと判断して答えを返した。
「たぶん、大丈夫だと思うよ、皆慌ててないし」
穂乃香の言葉に、みどりは安心したのか、小さく「よかったー」と漏らすが、直後、その口からは驚きの声が飛び出す。
「わああ!!」
びっくりしたと言わんばかりに両手を上げたみどりの視線の先で、桟橋から一瞬離れたように見えた大型船が大きく弧を描く軌跡で、180度ターンを決めた。
「すごいすごい!!」
ぴょんぴょんと跳ねて、感動を表現するみどりにつられて、奈菜も目を輝かせる。
「ほんと、すごい……」
奈菜が思わず零した声に、みどりが「ね~」と同意して嬉しそうに笑った。
そうして奈菜とみどりが仲睦まじく笑い合っている間も、大型船は接岸に向けて、巨大な船体を近づけてくる。
やがて、船体の側面が見上げるほどに近づいたところで、穂乃香がデッキから自分たちを見る少女たちの姿に気が付いた。
「あれは……」
穂乃香の声に、顔を上げたみどりも奈菜も、デッキからこちらを覗く少女たちの姿を目にした。
そして、自分の目を疑うかのように恐る恐ると言った口ぶりで、みどりは穂乃香に問う。
「ね、ねえ、ほのかちゃん、あれって、りんかちゃん?」
「そうみたい」
自分の問いかけに穂乃香が頷くと、みどりは大きく口を開けて「うわ~~」と感激の声を漏らした。
「さっき、お母様が言ってたけど、この島で撮影するんだって」
奈菜の補足情報に、みどりがふんふんと頷く。
それから、奈菜に向かって「さつえいってなに?」と無邪気に問いかけた。
みどりの問いに奈菜は、少し悩んでから「えーとね、プリッチがテレビで見られるように動画を撮ること、かな?」と返す。
「なるほどー」
今度こそ理解できたとばかりに力強く頷くみどりに、奈菜はほっと胸を撫で下ろした。
それから、説明を求められて答えられない苦さを姉からの質問で、嫌というほど味わっている奈菜は、確かな手応えとささやかな喜びを感じて、口角を上げる。
奈菜が小さく喜んでいる間にも、定期連絡船の接岸作業は続き、まずは船首側に立っていた船員が、ブンブンと錘のついたロープを振り回して桟橋へと投げた。
カンカッと音を立てて、コンクリート製の桟橋に一足先に着地した錘が、結び付けられたロープを引きながら表面を滑っていく。
それを素早く拾い上げたライフジャケットのスタッフが、引っ張りながら船の接岸を補助し、前部のロープがピンと張ると、後部でも錘付きのロープが投擲された。
前後でロープが張られ、桟橋に接近した船体が、壁面に設置された大きなタイヤに接触して、弾みで揺れる。
そうして、ようやく接岸作業が終わりを迎えた。
船から降ろされたタラップを踏んで最初に船を降りてきたのは、プリティーウィッチ・フローラルの主役を務める5人の少女のグループだった。
その先頭を歩く凛華役の少女が興味深そうに周囲をきょろきょろと確認しながら、興奮気味に嬉しそうな声を漏らす。
「ここが青海島? すごい、浜も森もある!」
感激したとばかりに目を潤ませた凛華役の少女は、自分たちの進む先にこちらを見る穂乃香達の姿を見つけて「あ!」と声を漏らすと、やや小走りに駆け寄った。
一方、自分たちに近づいてくる凛華役の少女の行動に、みどりが嬉しさのわずかに混じった戸惑いの声を上げる。
「ね、ねぇ! りんかちゃんが、こっちにきたよ、ほのかちゃん!」
「う、うん、来たね」
一応みどりの言葉に応える穂乃香だったが、柄にもなく緊張でカチコチになっているせいで、いつもの余裕が見られず、みどりも安心感を抱くことができなかった。
そんな頼れる友達の余裕がない様子に、みどりは不安に駆られて、もう一人の友人を見る。
だが、期待を込めて見た奈菜の状況は穂乃香よりもひどかった。
奈菜は緊張でカチコチなうえに、体をわずかに震わせた上に顔を青くしている。
穂乃香の横にいるときは、いつも押し込めることができていた筈の人見知りに奈菜は囚われていた。
「え、うわ、どうしよう」
そうして、頼れる友達が二人とも機能不全を起こしてしまっている状況に、一人ワタワタと慌てだしたみどりの前に、駆け寄ってきた凛華役の少女が、手を差し出しながら名乗る。
「初めまして、私、春咲凛華や……で」
自分よりだいぶ幼い少女たちを前に、凛華役の少女は瞬時に『夢を壊さないようにしなければ』と閃いて、いつも通り『役の』と言いかけた自己紹介を無理に止めた結果、謎の関西弁のようになってしまった。
そこへ凛華役の少女のすぐ後ろを追ってきていたサイネリア役の少女が、ため息まじりに「てい」と力のこもっていないチョップを叩き込む。
「もう、何ボケてるのよ、凛華」




