068 幼女、見解を聞く
「純粋?」
『左様』
穂乃香の言葉に同意を示したユラはさらに続ける。
『幼く純粋ゆえに、影響を強く受けやすい……おそらく『森の人』も『膿』もそこに付け込んだのであろうの』
ユラの意見は、穂乃香にもしっくりとくるものだった。
だが、その反面、他にも候補がいたのではないかという思いがある。
『森の人』の件では、他にも多くのクラスメイトがいたし、浜辺には穂乃香自身はともかく、奈菜だっていたのだ。
純粋という基準で言えば、みどりと奈菜に大きな違いなどないだろうと、穂乃香は唸る。
だが、ユラはそんな穂乃香にあっさりと答えをもたらした。
『みどり殿と奈菜殿の違いなら明確だの』
「へ?」
自分では見つからなかった答えに早々と到達したのであろうユラの発言に、穂乃香は間の抜けた声を上げる。
次いで、自分もどうにか思い当たった答えを口にした。
「『森の人』の影響下にあったから?」
そう尋ねる穂乃香に対するユラの答えは沈黙である。
長いようで短い時間が流れた後で、心底疲れたような『主殿』という呆れを多分に秘めた声が響いてきた。
「な、なに?」
『主殿は『森の人』の残した異能の影響を言っているのだろうがの……』
まさにその通りなのだが、否定的な語尾で切られたせいで、穂乃香はやきもきし始める。
「な、なに?」
思わず繰り返しになった言葉を自覚しつつも、穂乃香は複雑な心境でユラの言葉を待った。
そもそも穂乃香の心境など簡単に読めるユラが言葉の間隔を開けるのは、心底呆れたからである。
と、同時に、おろおろする主に好奇心を刺激されたのもあるが、とはいえ主をいたぶる趣味はユラには無いので早々に伝えることにした。
『主殿の異能の影響の方がはるかに大きいの』
「なっ!」
またもベッドの上で跳ね起きることになった穂乃香は、告げられた盲点に目を丸くする。
『それほど驚くことかの? 『森の人』も『膿』も討伐した主殿の方が強いのは当たり前だと思うがの』
「それはそうだけども……」
穂乃香の口籠ったのは自分の影響の大きさが理由ではなかった。
むしろ、否定されたばかりの『自分のせい』が再燃された方にある。
もっとも思考を読むユラはそれを、ある意味では穂乃香よりも正確に把握しているのでフォローも欠かさなかった。
『要は異能と関わったからと言って、それで巻き込まれるものでもないの……主殿は気をもんでおるようだが、そもそも『森の人』の一件より先に主殿に多く触れている奈菜殿の方が呼ばれぬのだから、主殿に係わっていたせいというのは成り立たぬのではないかの?』
「……うっ」
ユラの理路整然とした物言いに、穂乃香は返す言葉もない。
返す言葉もないのだが、否定できないということは『自分の影響である』という可能性も希薄になるのだ。
その些細な事実にほんのわずかにだが、穂乃香は表情を緩める。
『我の思う違いとは、個人の習性の方だの』
「習性?」
『うむ』
ユラの頷きに、穂乃香は首を傾げたまま、眉を寄せて唸り出した。
だが、生憎なことに、穂乃香の頭にはその言葉にカチリとはまるものは浮かんでこない。
穂乃香は早々にギブアップすると「つまり?」と続きを催促した。
『我から見て、奈菜殿もみどり殿も幼子ゆえに、その純粋さに大きな違いはなく見えるが、向いている方向が少々違って見えるの』
「向いている方向?」
『うむ。主殿の記憶を参考にすれば、みどり殿は何にでも興味を示し、壁を作らぬ。実に幼子らしい幼子と言えるの』
ユラの言い回しに、穂乃香の中でわずかにギクリと心が跳ねる。
幼子らしいと評されたみどりに対して、奈菜はどう評されるのかという疑問が、穂乃香を緊張させていた。
『主殿、そう構えなくともよい。とんでもないことを口にするつもりもない』
ユラはすぐさま緊張して体をこわばらせた穂乃香に、そう声を掛ける。
「そ、そう?」
穂乃香の確認するような問いに頷きで応えると、あまり間を開けても緊張を助長するだけと、自らの評価を言葉にした。
『奈菜殿も同じく純粋であるが、主殿への執着が強く思うの』
「……執着」
『幼子と言えど情はある。その見分けは難しいが、奈菜殿のそれは『独占したい』という思いが強いように見えるの』
「独占」
言われてみれば、穂乃香にも心当たりが多い。
幼稚舎では常に横にいるし、みどりと差ができるだけで泣き出しそうだったのも記憶に新しかった。
そして、独占の対象が自分であり、当然執着しているのも自分だと、穂乃香にも察することができる。
『奈菜殿にとって、主殿は『特別』なのじゃ』
ユラに断言されて、穂乃香はいやいやと首を横に振った。
「奈菜ちゃんもお母さんとは仲良さそうだし、私が特別ってことは……」
『いや、それは違う。姉妹が多い奈菜殿にとって、母親を独占するというのは無理だからの……対して、主殿は姉妹の邪魔の入らない相手であり、自分に秘密を打ち明けてくれた心から頼れる存在……執着が強くなるのも頷けるの』
「……そ、そうか……」
『主殿はいまいち事の重大さが分かっておらぬようだが、あけすけに言えば、主殿に思慕の情を抱いておる』




