065 幼女、言葉を交わし合う
ゆかりにベッドに寝かしつけられた穂乃香は、目を閉じると、新たに生まれたつながりを頼りに声をかける。
(ユラって、長い名前だったけど、ずいぶん昔の人なの?)
『昔と言えば昔かもしれぬな。それと我の真名だが、これはヒトであった時の名ではないの』
明瞭に響くユラの声は、心地よく穂乃香の内に響き渡った。
(どういうこと?)
脳裏に響いた言葉に疑問を抱いた穂乃香が、さらに踏み込むが、それに不快感を示すこともなくユラはすらすらと答える。
『今の我となった時に、我はユラヒメノミコトなのだと、理解したという感じかの。主殿にうまく伝わるかはわからぬが、気が付けばそうであったという感じだの』
「ふむ……」
ユラの言葉に、穂乃香は思わず声を漏らした。
もっとも、今現在ゆかりは状況報告を兼ねて、みどりの母親のもとに出向いているので、その声を聴かれることはない。
『言うてしまうと、『ユラヒメノミコト』というのは、種族名のようなもの……いうなれば、主たちの総称であるところの『ヒト』とさほど変わらんの』
(そうなの?)
『うむ、我らはヒトと違い緩やかな意識の繋がりはあるが、それ以外はそう変わらぬの』
ユラの答えに、そんなものかと、かつての世界にいた『精霊』と呼ばれる存在を穂乃香は思い浮かべた。
世界を漂う魔力が集まって塊になり、意識を持った存在である『精霊』は、子供のような無邪気さで、平然と大破壊をも起こしてしまう。
半面、魔法使いには従順であることが多く、恐るべき自然の凝縮であり、身近な友人であった。
『ふむふむ、そうだの。主殿の思い描く『精霊』に近しいかもしれぬの。そして我は、主殿の記憶で言うところの『使い魔』と言ったところかの』
ユラの言葉に、穂乃香はなるほどと頷く。
が、納得しかけたところで、穂乃香は肝心なことを思い出した。
(……って、私の認識の使い魔って、主人に絶対服従を誓わせられた存在じゃない! 自分からそんなものになったって言うの!?)
穂乃香の世界において『使い魔』とは、魔法使いが小動物を魔法で従属させた存在であり、自由はもちろんその生殺与奪さえも握り、術の代償の肩代わりをさせたり、自らの囮として使われたりと、命の重さはひどく軽い。
しかも、魔法使いによっては、小動物ではなく、ヒトを使い魔にする者もいて、かつての穂乃香はこれに異を唱え、使い魔廃絶を訴えていた。
それゆえ、自身が『使い魔』を持つなどという考えがなく、その言葉の持つ意味を思い浮かべるのに時間がかかったのだが、その悪しき情報を思い出した穂乃香は、すでに解約の方法を考え始めている。
が、ユラは『はっはっは。主殿は優しいの』と笑うだけだった。
(ちょっと、笑ってる場合じゃないでしょ。ユラの命運が私に委ねられたってことじゃないの?)
『そうだの。何しろ使い魔だからの』
(そうだのって……)
あっけらかんと同意するユラに、穂乃香は言葉を失う。
『もともと、主殿に恩を返さねばならなかったしの、それに今のヒトの世にも興味もあるしの』
(だからって)
『なによりだがの。我のことをそんなに心配してくれる主殿が、我をぞんざいに扱うとは思えんからの』
(……む)
ユラに織り込み済みだと言わんばかりの理由を投げられて、穂乃香は唸った。
『我から見ると、主殿はあれほどの力を持っておるのに、どこか危なげだからの』
(むぅ)
自覚のある自分の欠点だけに、穂乃香はさらに唸りを重ねるしかない。
だが、続く言葉に穂乃香は一瞬言葉を失った。
『ゆえに、我は主殿と共にあり、主殿を守ってみたいと思ったのよ』
躊躇いがなく、それゆえにウソ偽りがないのだと簡単に察することができる言葉に、穂乃香は思わずガバリと布団をめくりあげ体を起こす。
それに呼応するように、空中に水が現れ集まり水球へと変わり人の姿を取った。
「ユラヒメノミコト、なぜそこまで……」
「気に入ったからよ。他に理由は無いの」
時を止めた時に見せた女性の姿へと変貌を遂げたユラは、大人びていながらも幼い不思議な顔立ちで微笑む。
少しも後悔が感じられない顔に、穂乃香は「……はぁ」と大きなため息を落とした。
それから表情を引き締めて、穂乃香はユラを見る。
「後で後悔しても遅いよ?」
「そんなことを思うのであれば、真名を名乗ったりせぬよ」
ユラはヒトならぬ存在でありながら、実に人間臭い笑みで断言して見せた。
「まったく……」
穂乃香はユラの態度に対して、呆れ顔で肩を落とす。
それから、完全にベッドから抜け出して、絨毯の上へ裸足で飛び出すと、宙に浮くユラに向けて手を差し出した。
「改めてよろしく、私のユラ」
そんな穂乃香を前に、ユラは同じく絨毯の上に降り立つと、片膝をついて頭を垂れる。
恭しく、穂乃香の手を自らの両手で包むように握ると、頭を下げたままで口上を口にした。
「はい。我が真名に掛けて、主様の為に我の全てをもってお仕えいたします」
そうして顔を上げたユラはどこまでも嬉しそうで、穂乃香はかける言葉も思い浮かばす、代わりとばかりに最大の笑みをもって頷きで応える。
こうして、改めて主従の契りを交わした穂乃香とユラは、一層お互いの距離を縮めた。




