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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第三章 幼女と夏の孤島
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063 幼女、対峙する

『待て、我に争う気はない』

 水の人型が発したらしきそれは、音を介したものではなく、直接脳に響く不思議なものだった。

 だが、当然その一言でゆかりが気を許すわけもなく、その眼は脱出路を探して忙しなく動いている。

 一方で、穂乃香はゆかりの腕から逃れると、すとんと着地して、宙に浮く水の人型を見た。

「穂乃香お嬢様!」

 慌てるゆかりに続いて、みどりもその名を呼ぶ。

「ほのかちゃん!?」

 だが、二人の声にゆっくりとした動作で振り向いた穂乃香は、笑みを浮かべて「大丈夫だと思う」と告げ、再び水の人型に視線を戻した。

「あなたが私達に危害を加えるつもりがないことは理解した」

 ゆかりとみどりに掛けたのとは違う抑揚の少ない声で、穂乃香は淡々と言い放つと、それに水の人型が頷くような動作で応える。

『言葉を受け入れてくださり感謝するぞ。術師殿』

 すまし顔で話していた穂乃香は、水の人型に『術師』と称されるや、急に慌てふためき出した。

「いや、あの、術師って何のことかな? もう、私はただの子供ですよ、ふひーふひー」

 ごまかしのために投入されたできもしない口笛が、ただの音漏れになって空気の抜ける間抜けた音を奏でる。

 そこへ、無邪気の爆弾が投下された。

「そうだよ、ほのかちゃんは、まほうつかいさんだけど、じゅじゅし、じゃないよ!」

「わぁお!」

 驚きのあまり普段は使わない感嘆詞を口にして、ブンと勢いよく振り返った穂乃香は、目を点にして、伏兵の思わぬ横やりに驚きの表情を見せた。

 一方、視線を向けられたみどりは、言ってやったとばかりに、鼻息荒めに満ち満ちた顔をしている。

 そして、この場にいるゆかりも、主人である菊一郎の指示の手前、処理に困る爆弾を投下されて困惑していた。

『なにやら面倒な状況になっているようだの』

 三人の様子を宙に浮かんだ状態で見降ろしていた水の人型が発した言葉は、音を介していないのに苦笑じみた響きがある。

 そこからしばらく、膠着した三人を見降ろしながら、ふよふよと所在無さげに浮かんでいた。


「お待たせしたみたいね」

 しばらくして、動けるのが穂乃香と水の人型だけとなった周囲の変化を確認した穂乃香が、その原因であろう水の人型に向かってぺこりとお辞儀をした。

『ヒトにはヒトの事情があることくらいわかるぞ。これでも、ヒトだったこともあるのでの』

 そう言ってふよふよと漂っていた水の人型は、ゆっくりと地につけると、透明な水の体を一瞬で着物姿の女性へと変化させる。

 それは、白い肌に黒く長い髪の毛、着物も白く、帯は灰色で、水墨画から浮き出てきたような独特の美しさと怪しさを秘めた姿だった。

「この方が話もしやすかろう」

 そう言って女性が浮かべた笑みは、とてもあどけない。

 言葉や纏う雰囲気よりも、内面は幼いかもしれないと思う穂乃香に、ヒトの姿へと転じた水の人型『水の人』はおかしそうに笑った。

「そういう意味では、貴女と我は正反対かもしれぬの」

 タブレットを駆使して調べ上げた東洋の術式や妖怪の知識をフル回転させて、穂乃香はポンと手を叩く。

「あー、そうか、思念が読めるんだっけ?」

 対して『水の人』は感心した表情で頷くと、説明を加えて肯定してみせた。

「水のは、水……転じて『見ず』……つまり見ないという言霊を名に秘めておるゆえ、ヒトの様に見ることはできぬが、その分、見えぬものの機微には長けておるの」

 そんな『水の人』に対して、穂乃香は「まあ、おかげで助かったかな」と笑いながら、立ち尽くしたままで動かないゆかりと、同じくその左脇に抱えられたまま、勝ち誇った顔を続けるみどりの姿を見る。

「でも、時間から切り離すなんて、相当力を使うんじゃないの?」

 今、この場で動けるのは、穂乃香と『水の人』だけで、それは風も、植物も、海でさえも例外でなく、言葉通り彼女たちの他に動くものはなかった。

「それは我が住まうのは『海』ゆえ……つまり、無限の如く『生み』出すがゆえに、ウミなのよ」

「なるほど……言霊かぁ」

 穂乃香は頷きながら視線を波の止まった海へと向ける。

「しかり」

 穂乃香のつぶやきに頷いた『水の人』だったが、そこで表情を曇らせた。

「さりとて、ウミは『膿』とも繋がっての……それが先ほどの黒き水人よ」

 言われて穂乃香は頷く。

「ウミは多くを生むが……生むは有無でもあり、存在有るものを無きモノへと転じさせもする。が、消し切れぬ無念や邪念は黒いシコリとなって残ってしまう……そうして貯まった黒いシコリが集まって、あのようなものを生み出してしまう。術師殿、改めて、あれを消してくださって感謝する」

 深く頭を下げた『水の人』に、穂乃香はいやいやと頭を振ってみせた。

「私は私の友達を助けたかっただけだから、その……えーと……」

 気にしないでというつもりで、穂乃香は相手をどう呼んだものかと首を傾げる。

「名か?」

 そうストレートに止まった理由を尋ねられ、穂乃香ははっと顔を上げた。

「名前はいいよ。でも、呼び方は教えて欲しいかも」

 穂乃香の脳裏に浮かんだのは『真名』についての知識である。

 東洋呪術の世界においては、相手の『真名』を知ることで、ヒトであれ、妖怪や精霊の類であれ、操ることができるとされていた。

 当然、それを求めることは、つまり『私の配下になれ』と同義であり、それによって争いが生じたという伝説も多い。

 もちろん、穂乃香には支配に置く意図がないので、微妙な言い回しになったのだが、思考も読み解ける『水の人』には、心情の全てが伝わっていた。

 ゆえに『水の人』は満面の笑みで「気を遣わせたな、偉大なる術師よ」と称賛の言葉で返す。

 そうして『水の人』はためらいもなく名乗った。

「我が名は『ユラヒメノミコト』である」

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