061 幼女、勝利する
アーマードファイターに触れられない理由として、穂乃香の中には周りの子たちに影響を与えないという根本からできていなさそうな誓いがあったが、それよりも大きな隠す理由があった。
それこそが『アーマードファイター』知識の情報取得源である。
穂乃香は手に入れたタブレットによって、このアーマードファイターを視聴し、興味を抱き、そしてドはまりすることになったのだが、それをゆかりを含め、榊原家の誰にも報告していなかった。
それはつまり『お爺様の許可を得ていない』ということである。
祖父の許可など、普通の子供であれば別段問題のないことかもしれないが、榊原家では大問題であった。
穂乃香が怒られる程度なら構わないが、場合によってはゆかりたちの監督不行き届きなどという謎の責任問題が発生する可能性もある。
何しろ、同じ子供向け番組であっても、プリッチは女の子向けだが、アーマードファイターは男の子向けなのだ。
問題にはならないと思いたいが、なる可能性がほんのわずかでもあるなら、これは伏せるしかない。
それもあって窮地に陥るまで、穂乃香の中で抑え込まれていたアーマードファイターへの思いが、海に激突するほんのわずかな瞬間で爆発したのだ。
抑圧されたアーマードファイターへの作品愛が、プリッチへの変身で鍛えたイメージを再現する能力と合わさることで、わずか一秒にも届かない刹那の瞬間に、穂乃香は『クレナイ』へと変身を遂げる。
そして、助かったという安堵感と、今現在皆が時間停止しているという目撃者がいない、あるいは出ないだろうという状況判断が、穂乃香のリミッターを解除した。
その表れこそがノリノリで放った『クレナイ』の劇中の決めゼリフである。
もはや穂乃香を止めるものは、何もなかった。
穂乃香の使う魔法は、魔力によって現実にその現象を引き起こす力の事である。
炎を望めば、いずこから可燃性のガスを呼び出し、火種を産み落として、炎を吐き出すのだ。
その力を十全に引き出すためには、目的の効果に至るまでの自然現象を理解することが重要であり、その精確さが増せば増すほど、魔力の浪費は抑えられるが、逆に言えば、自然現象を知らずとも、魔力でゴリ押しすることで、目的の効果を発揮することができる。
そして、クレナイは製作者サイドの拘りによって、謎のエネルギーというあいまいな部分を除けば、その他の科学考証は現実の物理・自然現象をベースに組み立てられていた。
つまるところ、それを完全に鵜呑みにした穂乃香は、あいまい部分を魔力のごり押しで乗り越えて、虚構世界のヒーローをほぼ完璧に再現して身に纏っている。
「それにしても、スーツの中は快適って言ってたけど、蒸し暑さもなくていいわね。魔力消費がなければこれで暮らしたいくらい快適かも……」
仮面の中でスーツの着心地に微笑む穂乃香だが、快適なのは彼女自身が『それが当然』と思っているからであった。
先程『海の人』を切り裂いたクレナイブレード一つとっても、超高温を発するそれが自然界に存在すれば、周辺の空気はもちろん地面であれ、建物であれ、木々であれ、海でさえも、その強大な熱量を浴びれば多大な影響を受けてしまうのは避けられないというのに、穂乃香の魔法は『劇中ではそんな現象は起きてなかったから』という理由で、周囲にまるで影響を残すことがない。
穂乃香が知らない現象は起こさず、存在を信じる能力だけが発現する理不尽そのものの体現である小さなヒーローが、いよいよ『海の人』に向かって動き出した。
「魔力の減りが多いから、申し訳ないけど、すぐに終わらさせて貰うわ!」
宣言と共に弾丸のような速さで、穂乃香の体が『海の人』に迫る。
繰り出した小さな拳に、体のひねりが加えられ、完璧なタイミングで水の塊である『海の人』の円筒状の体に沈み込んだ直後、拳を中心に球状に黒い液体が飛び散って霧散した。
劇中で水の怪人と戦ったクレナイが、拳で成したのと同じ現象が、穂乃香の手で再現される。
「散れ、黒き魂よ」
ブンと空気を割く音を立てて、宙を閃く灼熱の赤い光を放つ刃が、宙に散った水滴を撫でるように触れた。
そうして周囲に蒸発による水蒸気が立ち込めた浜辺には、赤く輝くクレナイブレードを手にする小さなヒーローしかいない。
圧倒的力で『海の人』を倒し切った穂乃香は、最後に「終炎」と劇中通りのセリフを口にして、仁王立ちを決めた。
直後、穂乃香の体を覆っていた黒いスーツと金属の装甲、そして仮面がばらばらと小さな塊に崩れ落ちる。
崩れた破片は、赤い光を放ち、火の粉の様にふわりと舞い上がり宙に溶けていった。
そして、敵を倒し、勝利を味わい、最後までなりきっていた穂乃香は、海を抜けてきた風に、パタパタと愛用のプリッチパジャマの少し幅広くなっている裾を撫でられて、ようやく自分を取り戻す。
だが、運命は、穂乃香に優しくなかった。
格好つけてなりきっていた状態から、現実に帰還した瞬間、こちらをじっと見つめている視線と眼があった。
「ほのかちゃん」
みどりに呼ばれ、穂乃香は無事だった喜びよりも、なりきっていた自分を見られた恥ずかしさで悲鳴を上げる。
「うわああああああああ」
そこからしばらく、月明かりにわずかに照らされた浜辺で、恥ずかしさのあまり絶叫する少女と、その光景をうまく理解できず瞬きを繰り返す少女がただお互いを見つめ合うだけの時間が続いた。




